第1047話 どワンコ教授とサイバー宿屋

【前回のあらすじ】


 ダイナモ市に潜入した男騎士パーティ。

 破壊神およびダイナモ市の内情を探るべく、彼らは三つのチームに分かれた。男騎士とキングエルフ。女エルフと女修道士。そしてワンコ教授と新女王。


 情報がない都市への侵入。

 まずは情報収集がなによりも大事と、戦力のバランスよりも機動力を優先した人選。男と女で別れて、それぞれが侵入しやすい場所に入り込もうという腹である。久しぶりのシティアドベンチャーに、流石に女エルフ達も頭を使ったようだった。


 はたして、別れて調査に向かった女エルフ達。

 ひさしぶりの女修道士と一緒の行動に、ちょっと女同士ということもあり気が緩む。そんな安息も束の間、彼女達はこの街を影で動かす大きな企業に接触する――。


『ダイナモ市を支える主要産業、怪人工場で貴方も働きませんか。完全週休二日制、福利厚生に社員寮も完備。待遇はなんと正社員。成績によっては、すぐに役員怪人への登用もあります。みなさんの才能を是非イカスミ怪人工場で活かしてください』


 はたして怪人工場とはどんな場所なのか。

 かなり怪しい誘い文句だが、本当にこれ大丈夫なのか。

 動揺しつつも女エルフ達は、まずはこの工場についての情報収集に当たろうと動き出すのだった。


◆ ◆ ◆ ◆


 さて。


 女エルフ達と別れて人通りの多い街の中を行くワンコ教授と新女王。

 最近は、なんだかこの二人のコンビでの行動が多くなってきた。


 最初の頃は女修道士にべったりだったワンコ教授も、彼女が下についたことで少し冒険者としての自覚が出たのだろうか、物怖じしている様子もなかった。


 人というかELFたちが歩く街の中を、意気揚々と歩いて行く二人。


「だぞ。なんだかんだで今日もどっぷり疲れたんだぞ。皆にしっかり休みを取ってもらえるように、いい宿を探すんだぞ」


「ですね。昨日泊まった宿くらいの施設があればいいんですけれど、流石にそれは求め過ぎでしょうか」


「そんなことないんだぞ。ちゃんとしたお店なら、あの部屋以上のサービスをしている所もあるはずなんだぞ」


 とはいえ、肝心の宿泊所が見つからない。

 普通、この規模の都市や街に入ったら、関門を出て真っ先に目が着く辺りにそういう建物は並んでいるはずだが、そういう気配も感じられなかった。

 やはり文化が違うということだろうか。


 困ったなと表情に気持ちが出る。

 どこかいい場所はないだろうかと探し回る内に、どんどん二人は少しすえた匂いのする街並みに迷い込んでいた。


 ELFたちにもそういう感情や欲望があるのだろうか。色っぽい服装や化粧をした女型のELFを見る度に、新女王が青い顔をする。


「あの、ケティさん、ここはちょっと違うような」


「だぞ。そんなことないんだぞ。さっきから、寝間着みたいな格好の女の人ばっかりなんだぞ。きっとこの辺りが宿屋街なんだぞ」


「それはその、それとはまた違う理由でそういう格好な訳でして」


 対していつものぴゅあっぷりを発揮して、一人のんきに進むワンコ教授。それにあわてて追いすがる新女王。知らぬはなんとやらである。


 このまま何事もなくこの通りを抜けてくれと願った矢先、ぴたりとワンコ教授が足を止める。急に止まったものだから彼女に身体をぶつけた新女王が「どうしたんですか、急に」と尋ねると、ワンコ教授がキラキラとした目をして振り返った。


「ほら、あったんだぞ宿屋」


「えっ、どこですか?」


「大人の宿屋。ファンタジー&セクシーなんだぞ。この世界の建物と、僕たちの世界の宿屋を混ぜて半分に割ったようなお店なんだぞ」


「……やばい、ほんとうにやばいおみせにきてしまった」


 言えない。ここはそういうお店の中でも極めてマニアックなことをしているお店だなんて。いわゆる、そういう設定になりきって楽しむためのお店だなんて。


 姫である。

 王族である。

 女王である。


 それはもちろん、治世のためにいろいろな知識を持ち合わせている。

 このような、男の欲望を吐き出すような場所が、公的にも私的にも求められるのは世の常で、それと折り合うのが政治だというのも心得ていた。


 しかしながら、今はそれを知ってしまっている自分が恨めしい。


「だぞ!! ここにするんだぞ!! きっとみんな喜ぶんだぞ!!」


「言えない。こんないい笑顔でそんなことをいう子供相手に、残酷な真実を告げることなんてできない」


 自分も目の前のワンコ教授と同じで、世間の汚さや裏の顔なんて知りたくなかった。綺麗な心のままでいられたら、こんな辛い思いをしなくて済んだ。


 ぐっと苦しい顔をしてワンコ教授から顔を背ける新女王。

 ここに来て、彼女もちょっと義姉に似て苦労人のポジションを担当するようになったようだった。それにしたって、ワンコ教授のピュアぶりは、このエロバカだらけの作品においては逆にキツかった。


 なんにしても、目の前の特殊なお店を宿屋と信じてはばからないワンコ教授。

 彼女をがっかりさせる訳にはいかない。


「わかりましたケティさん。それじゃ、私がちょっと中に入って交渉してくるので、ケティさんは少し外で待っていてください」


「えぇ? 大丈夫なんだぞ、僕も一緒に」


「いいからそこでまっててください!! ステイ!! ステイステイ!!」


 いつにない厳しい言葉で黙らせると、新女王は単身夜のお店へと向かった。


 清濁併せのむ王族の娘とはいえ、一人でそういうお店に入るのははじめてだった。というかある訳がなかった。女の子なので。


 新女王には一生縁がないだろうその場所。

 濃い男と女の情愛の匂いに、うっと顔をしかめる新女王。

 大丈夫だ自分ならできると彼女は自己暗示をかけて、カウンターに陣取っている女店主と思われる人物に声をかけた。


「……いらっしゃい。お嬢ちゃん悪いけれどね、ここは男専用のお店よ」


「ですよね。知っています」


「なんだい身なりのいい娘さんがそんな悲痛な顔をして。かくまってって言うんなら、うちみたいな所じゃなくてもっと品のあるお店を選びなよ」


「そうですね。その通りですね。すみません……」


 ただただ平謝り。やっぱり夜のお店だったかとすごすごとその場を立ち去ろうとする新女王。さて、どうやってワンコ教授に誤魔化そうか。


 そう思って丸めた肩が急に重たくなった。

 誰かが呼び止めるように新女王の肩に手をかけている。


 誰だろうか。


 なんにしても気安い態度に少し頭に血が上った新女王。

 彼女は顔を紅潮させると、それまでのどこか情けない顔つきを拭い去って、「誰ですか」と少し険のある言葉を放った。


「ふむ。こんな所で会えるとは幸先がいいな。一人ということはないだろう。誰が一緒だ。ケティさんかな?」


「……お、お前は!!」


 はたしてそこに立っていたのはバニースーツのような衣装に身を包んだELF。つい先ほど、女エルフ達を襲撃した破壊神側でも知恵の神側でもない第三勢力。

 甲カク○頭隊のムラクモが少し気の抜けた顔をして立っていた。

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