第1003話 どエルフさんとクローンELFたち

【前回のあらすじ】


「クソザコおじさんって呼ばれたい!!」


「けど、その前にクソガキがいない!!」


「いいから!! もう分かったから!! 落ち着けこのバカども!!」


 ロリとショタの気持ちを熱唱する隊長と大剣使い。

 なりふり構わぬ魂のシャウトは、女エルフ達の心を震わせる。ただ、マイナス方面に。またしてもちっとも笑えない。男どもの半狂乱の乱痴気騒ぎを前に、女エルフと女修道士シスターは目をしかめるばかりであった。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 二人とも、確かに人に言いづらい趣味を持った男達だが、こんな風に半狂乱になって騒ぐような奴らではなかったはずだ。なのに、なんでこんな自分を見失ったようなことを突然しはじめたのか。


 いや、そもそも他の者達もそうだ。

 店主もヨシヲも、本来そんなことをするキャラクターじゃない。

 

 もしや男ダークエルフたちが何かを彼らに施したのか――。


「アンタ。まさか、私たちの仲間に洗脳とか施してないわよね」


「とんでもない。そんな手荒で非効率なこと、するわけないじゃないですか」


「……その口ぶり。洗脳はしていなくても何かはしていると認めるのですね?」


 はたして男ダークエルフが語ったのは、女エルフたちの想像を絶する行い。

 彼らは、女エルフ達の脳波を読み取り、そこから知り合いの店主たちそっくりなELFを作り上げていたのだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「そんなことをしていったい何になるっていうの!! 悪趣味よ!!」


「お互いの信頼関係にひびを入れかねない行いですね。きちんとした理由を説明願いたいものです」


「そこまで怒られるとは。ちょっとした好奇心ですよ。なにせ、ここ熱帯密林都市に人が訪れたのは久しぶりですからね。外部の人間についての詳細なデータを得る機会なんてなかった」


 それがみすみすこちらに転がってきた。

 やらない訳にはいかないでしょう。

 光のないマットな目でそう告げる男ダークエルフ。


 ロボットという存在を知っているものからすれば、それほど忌避感のないものかもしれない。しかし、この世界はファンタジー。ロボットという存在もなければ、人間そっくりにそれを造るという行いを、正しく理解することは難しい。


 勝手に自分と同じ人間が造られる。それは生命に対する冒涜のように女エルフたちの瞳に映った。


 当然、許せるはずがない。


「どうやら私たちが軽率だったみたいね。楽しいからという理由だけで、禁忌に踏み込むような奴らと、一緒に行動することなんてできないわ」


「モーラさんの言うとおりです。冗談で済ませられるようなことではこれはありません。笑いのセンスがズレているだけならかわいいものですが、生命に対する考え方まで異なっているのなら、歩み寄る余地はないです」


 断固たる拒絶。

 この手の事には口うるさい女エルフ。基本的に人に対して寛容ではあるが、聖職者として生命の尊厳については一家言ある女修道士。二人は即座に男ダークエルフに対して、協力関係の解消を求めた。


 しかし。


「待てモーラさん、それにコーネリアさん。彼らが悪気があってしたかどうかは分からないだろう。この街に暮らす人達は、俺たちの文化圏の外にある。俺たちと同じ価値観で断罪したり、善悪を判断することこそ軽率じゃないか?」


「ティト!?」


「ティトさん、しかしこれは!!」


「コーネリアさんも落ち着いて欲しい。そもそも、君が信奉している神に疑いが浮かんだのが今回の話の発端だ。破壊神ライダーンに比べれば、彼らのしたことなど別に些細なことだろう」


「いや、確かにそうかもしれないけれど」


「……それでもこのような生命を弄ぶような行為を、私は見過ごせません」


「なら、もっと大勢の人間が死んでもいいのか? もし、破壊神ライダーンがここを滅ぼせば、次にその矛先が向けられるのは折れたちなんだぞ?」


 答えに窮する話であった。

 言っていることは間違っている。どれもこれも、目の前の男ダークエルフが冒した蛮行から、言葉巧みに目をそらせるための詭弁に過ぎなかった。けれどもその詭弁は女エルフ達人類の存亡に絡められていた。


 たしかにここでアリスト・F・テレスとの協力を拒めば、人類は滅びの道を歩むことになる。ここはなんとしても、彼らと協力して破壊神を倒すべき局面なのだ。

 背に腹は代えられない。代えられないのだが――。


「じゃぁ、何をされても許せっていうの? 知らなかったで見殺しにされても、敵に売られたとしても、それを受け入れるっていうの?」


「それは場合にもよる。俺だって自分の命は惜しい」


「だったら!!」


「けれども今回の件は話し合えばすむことだろう。考え方や文化の違いにいちいち目くじらを立てていては、手を取り合って事をなすなど不可能だ。どうしようもなくわかり合えないと絶望する時が来るまで、自分たちから手を離すような行いは慎むべきだと俺は思う」


 正論だった。ぐうの音も出ないほどに、男騎士はまっとうなことを言っていた。

 女エルフが唇を噛み、女修道士シスターが眉根を寄せる。

 彼ららしくない剣呑な空気に、慌ててワンコ教授と新女王が戻って来て、三人の間を取りなす。言葉の意味や現在の状況を理解できない女エルフではない、ここで意固地になって突っ張ねても仕方ないこともよく分かった。女修道士も同じだ。


 今は人類の危機を救う旅路の途中に居るのだ。

 ならば神々を利用するくらいのつもりで、多少のことに目を瞑るべきではないか。


 どんなにその思考が理解し難く、人の命や尊厳に無頓着な存在だとはいっても、彼らは神だ。人類を作り出したものだ。そして今、人類の存続を求めている者達だ。

 多少の齟齬はあるかもしれないが、根底にあるのは自分たちへの愛にちがいないのではないだろうか。


 それでも、やはり、一度芽生えた疑念はそう易々と払えない。

 頷く代わりに視線を男ダークエルフの方に向ける女エルフ。鋭い視線に射すくめられて、男ダークエルフが少し緊張した表情をする。

 そんな彼に向かって、助け船を出すように男騎士が語りかけた。


「どうだろうマイコー。今回の一件は、我々の意識の違いから来たものだと思う。今後、このようなことを俺たちに黙ってしないと、約束してくれるだろうか?」


「そうですね。我々も少し軽率なことをしたかもしれません。どうか許してくださいモーラさん。今後、このようなことがないように、我々も気をつけますので」


「……どうかしら」


 そう一度吐き捨てて、それから女エルフは首を振る。

 意固地になっても仕方ない。そう自分に言い聞かせるように彼女は静かに目を伏せると、分かったわと小さな声で言った。


 ちっとも分かっていない雰囲気ではあったが、それで、この丁々発止の場はとにかく収まった。

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