第1001話 どビクターさんとどハンスさん

【前回のあらすじ】


「分かっていたんだ!! 俺だって!! 俺だってもう、自分が異世界から転生してきた勇者じゃないって、そんなのとっくの昔に気づいていたんだ!!」


「いまらさ!?」


 ヨシヲ、いまさら自分が転生者でないことを認める。

 作中でどんなことがあろうとも、自分が転生者であり選ばれた勇者である――という設定を頑なに主張してきたヨシヲ。しかしながら、その前提が作り物であることを彼は認めた。


 元ネタである○島よしおのギャグとは一八〇度真逆。

 世間一般の常識を吹き飛ばし俺は俺だぜと主張する芸に対して、ヨシヲは世間の評価を肯定して自分自身を否定するというメソッドをとったのだった。


 卑屈、あまりにも卑屈。


「こんなん流石に心配になるわよ」


 女エルフと女修道士シスター。揃いも揃って心配になるようなネタの仕上がり。

 大丈夫かヨシヲ。そうなる前から、ちょっと心配な感じだったが、大丈夫か。


 はたしてヨシヲになにがあったのか。

 そもそもどうして、他の大陸に居るはずの彼がここにいるのか。


 トンチキがはじまったと思いきや、思いがけない謎展開。はたして、その真相と今日のお話はいかに――。


◇ ◇ ◇ ◇


「大丈夫よヨシヲ。転生者でなくっても立派な勇者になる方法はいくらだってあるわ。ティトを見なさいよ。あんなアホでも世界を救った英雄なのよ?」


「そうですヨシヲさん。時に他人の芝生は青く見えるというだけで、自分にないものを追い求めて仕方ありません。ある程度の年齢になったら、自分が持っていたりこれまで培ってきた持ち味を活かして、戦うというのも大切なことですよ」


「そうは言うけれどな、やはり、転生者のような分かりやすい選ばれし者としての証拠がないと、俺は俺は」


「アンタにはレベル8の雷魔法があるじゃない!!」


「そうですよ!! 他はダメダメへっぽこぴー、冒険者としてはみそっかすも良いところの口だけ野郎ですけれど、その魔法があるじゃないですか!! なかなか居ませんよ、魔法レベル8なんて!! 雷限定かもしれませんけれど!!」


「……どうせ俺には雷魔法しかないんだ!!」


「「こんなんどうやって笑えって言うんだ!!」」


 笑えなかった。まったくもって笑えなかった。

 笑うような状況でもないし、キャラクターでもなかった。というか、下手に笑ったらヨシヲが普通になにかやらかしそうで怖かった。


 人を傷つける恐怖。おそろしいかな自虐に走った人間への対処。

 どんなに普段やっかいな言動を繰り返して、自分に迷惑をかけている人間でも、やはりそこは気を遣ってしまう。これ以上傷つけてしまうのはどうかなと、どうしても言葉が優しくなってしまう。


 これは女エルフがどうこうではなく、人間として当たり前の反応であった。

 そして――。


「これで、だったら笑ってよとか、もっと優しくとか、そういう展開にならないのもどうなの。これ、ネタじゃなくてマジで凹んでるじゃない」


「モーラさん、今はネタのことを考えるのはよしましょう。ヨシヲさんに集中です」


 またしても、笑い取りに来たんと違うんかい案件だった。

 頼むから形だけでも笑わせに来てくれ。笑ったらダメみたいな空気をネタから出さないでと、訴えかけたくなるような惨状だった。


 笑ってはいけないのに笑えないとはこれいかに。

 まるで高度なとんちでも仕掛けられているのかという気分に女エルフはなる。だが、ヨシヲもダークエルフもいたって真面目。もしかして、中央大陸と南の大陸では笑いの文化が違うのかなと、そんなことを思わずにはいられないのだった。


「そこまで!! お見事ですモーラさん!! またクリアしましたね!!」


「いや、クリアとかそんなのどうでもいいわよ!! ヨシヲもうちょっとちゃんとケアしてあげて!! なんでこんなことになってんのよ!!」


「……うぅっ、もう嫌だ。死にたい。死んで異世界転生したい」


「言ってることはヨシヲさんですけれど、こんな弱気なヨシヲさん、ヨシヲさんじゃありません」


 いつだって元気いっぱい中二病。

 いい歳して、俺は転生者だとか言っちゃう系男子。

 そんなヨシヲの衰退は、下手な男よりよっぽどショックだった。いったいどんなことがあれば、こんな事態になってしまうのかと、状態よりもバックグラウンドの方が気になった。


 しかし、それに男ダークエルフは答えてくれない。彼はまた、粛々とヨシヲを舞台袖へと通すと、それでは次のコンビに行ってみましょうと華麗にスルーした。


 まるでその質問を意図的に無視しているようなやりとり。

 なんなのだいったいと女エルフが流石に勘ぐる。


 男騎士にはこの熱帯密林都市ア・マゾ・ンに住む彼らを信じようとは言われたが、今更彼女の中で彼らに対する疑念が浮き上がってきた。

 もしや彼らは、自分たちを騙そうとしているのではないか。

 いや、まさかそんな――。


「さぁ、三組目はこの二人組。ギターを弾かせても歌わせても一流。今日もギターの音色と絶妙かつ軽快な舌弁がフロアに響き渡る。エントリーナンバースリー。誰が読んだか、人様の前にお出しできないアウトローブラザーズ」


 開いた台座からゆっくりと人影が出てくる。

 黒いスーツに身を包み、ギターを手にする男が二人。

 サングラス。一方は長い髪を後ろにポマードでなでつけている。もう一方は男らしい角刈り。どちらもどちらも、ドーランを塗りたくって真っ茶色になった顔。にかっと笑えば、なんだか妙に爽やかな笑顔がそこに咲いた。


 髪型は違っているが誰だかは分かる。

 ヨシヲと違って、特徴的な顔をしているからよく分かる。


 彼ら二人も、女エルフたちの知り合い。

 力を合わせて魔神の脅威からこの世界を守った英雄の一人。


「どうも!! マセガキからお嬢様まで、ロリっ娘大好き!! ビクターです!!」


「どうも!! 半ズボンから学生服まで、割と高年齢までいける、ショタ大好きのハンスです!!」


「俺たちロリショタ二人、今日からコンビを組みました」


「魂を込めて歌うので、聞いてください」


「「ペ○で――クソザコおじさんと呼んでおくれ!!」」


「酷すぎる歌ネタが出て来た!!」


 あまりにも安易であまりにも直球。そしてあまりにも組ませてはいけない二人組。

 そんなアウトローな二人による、あまりにもあまりにもなクソザコソングが突如として演奏されようとしていた。


 もう名乗ってしまったが、それでも男ダークエルフが彼らを紹介する。


「小さい子大好き!! ついついそういう目で見ちゃう!! 性別関係なくこいつら揃いもそろってペ○ね!! 妄想の中でしか楽しめない思いを、今日は白昼堂々と告白してもらいましょう!!」


「これ大丈夫!? そういう団体から苦情来たりしない!?」


 心配ごもっともな展開であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る