第982話 どエルフさんと綺麗なティト
【前回のあらすじ】
どエルフさん、久しぶりの綺麗な寝所にその気になる。
言い逃れできないレベルでその気になってしまったどエルフさん。いつもいつも、人を勝手にエロキャラ扱いするなと言っていた割には――この体たらく。
久しぶりに男騎士といちゃいちゃするわよとスタンバイ完了。
男を惑わす女の色気をビンビンに振りまいて、胸がない分をそういう衣装やシチュエーションでかさ増しして、いざ尋常に勝負と彼女は部屋を後にしたのだった。
さて。
何か言い訳はあるかな、どエルフさん?
「……いいじゃないのよ、私だって、たまにはそういうのしたくなるわよ」
たまには? いつでもの間違いでは?
「たまにはよ!! 人聞きが悪いわね!! そんな、私が四六時中そんなの考えてる女みたいに言わないでよ!! 綺麗な宿屋に入って、身体も整えられて、久しぶりにゆっくりできるから――つい考えちゃっただけじゃない!! なるでしょ、普通に、パートナーと一緒に旅してたら、旅先でそういう気分になったり!! 異世界冒険者なら当然のことよ!!」
いや、エロ漫画の中だけじゃありません?
一般向けでそういう感じの描写ってないですよね。
一般向けエルフはそんなことしてませんよね。
どエルフさんだけなんじゃないですか、それ?
「うっさいわねぇ!! いいじゃないのよ!! 私だって、年ごろのエルフなんだからさぁ!!」
という訳で、ついに本当にスケベなことが露呈したどエルフさん。
はたしてこれからどんな怒濤のどエルフ展開が待っているのか。
という所で、今週もどエルフさんはじまります――。
◇ ◇ ◇ ◇
【アイテム ブレス草: 品種改良されたミントの一種。噛むと魔力が微量回復&息が爽やかになる。気になる異性と急接近する前にブレス草。餃子の後にもブレス草。ストレスを感じた時にもブレス草。そんな感じで、異世界でよく食されているお気楽アイテムである。袋にどっさり入って、なんとお値段1G】
ブレス草を口に含みはみはみと咀嚼する女エルフ。
充分にかみ砕いて口の中にこすりつけるようにそれを転がすと、ぺっと彼女はボロ切れの中に吐き出した。
すーはーすーはーと深呼吸してからほぅと息を吐き出す。
すぐさま吐き出した息を手でかき集めて鼻で嗅ぐ。生臭さの消えた清涼感のある匂いに、よしと女エルフは頷いた。
彼女は目の前の扉を控えめに叩く。
当然、女エルフが立っているのは男騎士が入った部屋の前。
ほぼ壁と見分けがつかない部屋の扉。溝があるおかげでかろうじてそこに扉があるのだと分かる、そんな前で、女エルフは最後の身だしなみをチェックする。
バスローブの袖から出ている腕や脚にムダ毛の処理のし忘れなどないか。
バスローブに変な汚れはついていないか。
乾かした髪の毛は椿油で艶っぽくなっているか。
最後にむにむにと頬をほぐせば、よしと女エルフは微笑む。んふふと楽しそうに含み笑いを漏らしたその時、ウィンという音と共に男騎士の部屋の扉が開いた。
「おぉ、モーラさん。来てくれたか、待っていたよ」
「ごめんごめん、支度してたら遅くなっちゃった」
「そうか。いや、いいんだ。呼んだのは俺だからな」
「いやぁー、この寝室ほんとすごいわね。ベッドもあるし、部屋に個室風呂まであるんだもの。おまけにこの寝間着よ。どう――似合ってるかしら?」
そう言って、年甲斐もなく胸の前で腕を合せて手を首付近に持ってくる女エルフ。少し中腰になって上目遣いに男騎士を見上げては、うるっという瞳を彼に注ぐ。
完全に、彼氏を誘惑する女のムーブだが――いい歳した三百歳女のすることではない。せいぜいこれが許されるのは、十代、少女から女性になる途中の娘くらいだ。
これで男を悩殺できると思っているのがなんとも痛々しい。
やはりその気になっても女エルフは女エルフであった。
さて、そんな女エルフの発情ムーブに対して男騎士――。
「うむ、まぁ、話は中でしよう」
「え……あ、うん」
華麗にそれをスルーする。
似合ってるのかしらという問いかけがまるで耳に入っていないかのような、そんな軽いあしらいに女エルフも思わず困惑した。
聞こえていなかったのかしら。
そんな表情で彼女が腕を下ろす。
さぁ入ってくれと男騎士がきびすを返して部屋の奥に移動する。それに大人しくしたがうしかない女エルフ。
男騎士の部屋を進みながら、うぅんと彼女は顔をしかめた。
「おかしいわね、いつもだったらアレでイチコロなんだけれど」
イチコロらしかった。
どうやら、男騎士にはあの年甲斐もないやんちゃ小悪魔ムーブが刺さるらしい。
なんだったら特攻も入るのか、女エルフはやけにその男騎士の反応がひっかかっている様子だった。
まぁ、なにやら大事な話があるようだ。
もしかすると、そっちが気がかりでそういう気分になりづらいのかも知れないと、女エルフは男騎士のその動きを一旦は納得する。
ただ、受け入れはしない。
「久しぶりにこんな綺麗な寝床で休めるのよ。今日は絶対にやるんだから」
めげない、しょげない、あきらめない、やることをとまどわない。
女エルフ不退転の覚悟であった。
そして、やっぱりどエルフとしか言いようがない発言であった。
恐ろしいかな三百歳エルフの性欲。
虎視眈々と、目の前のパートナーを狙う女エルフ。
やがて、部屋の奥へとたどりついた彼女は、それはもうさりげなくベッドに腰掛けた。まるで、これからここでいろいろやるから問題ないでしょうといわんばかりに、ごく自然に、彼女はそこに身体を預けていた。
さらにそこからの――。
「はぁ。お風呂上がったばかりだから、ちょっと熱いかも」
と、胸元をちょっとはだけさせてまたしても悩殺ムーブをしかける。
女エルフ、とにかく攻める。
男騎士が靡かないのならば、こちらから攻める。
かつてないどエルフムーブ。いつもだったなら、絶対にしないというのに、二人きりという状況がそうさせるのか、それともご無沙汰というのがそうさせるのか。
なんにしても女エルフは、身も蓋もなければなりふりも構わない、猛追を男騎士に仕掛けたのだった。
しかし――。
「そうか? 確か部屋を涼しくする機能があったはずだ。それを使おうか?」
「え? あ、うん? ありがとう……便利なのね、この部屋って……」
まさかのこれも不発。
男騎士、ぴくりとも食指を動かさないのだった。
ぐぬぬと女エルフが唇を噛む。
そうじゃないのよ、そういうことじゃないのと、彼女は拳を握りしめる。せっかく整えてきたので髪をかきむしることはできないが、ちょっと叫びたいほどのすっとぼけであった。
「なに、これはもっと直接的に迫らないとダメな奴? いつもだったら、ここで察してティトの方からムーブしかけてきてくれるのに? もっと私から行かないとダメってこと? それだけ疲れてんの?」
ここまではまだ女エルフでも許容できるムーブだったらしい。けれども、これ以上となると、流石に乙女的にNGの部分があるのだろう。
一応、羞恥心のかけらくらいは彼女の中にもあったようだ。
ぐぬぬと無念そうに女エルフが唸る。
久しぶりの休息。なんとしてもしたい女エルフだが、そうは問屋がおろさないというかなんというか。
男騎士の塩対応によって、彼女の思惑は思いがけず頓挫したのだった。
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