第976話 どエルフさんと個室風呂
【前回のあらすじ】
いろいろな説明を終えて、一行はマザーコンピューターから割り当てられた部屋の前へとたどり着いた。近未来的な装いだが、高級な寝所であるのは分かるそこに、思わず貧乏冒険者たちの口から感嘆の声が漏れる。
ただ、部屋はまるで見計らったかのように三部屋。
きりよく、男と女で別れるのに適した数だけ用意されたその状況に、男騎士、またしても何か仕組まれているのではないかと、勘ぐってしまうのだった。
とはいえ、ここで迂闊に騒ぐこともできない。
結局、女エルフと新女王、
後で話をしにいくからという約束を交わし、男騎士と女エルフは別れた。
はたして、本当に男騎士達は、何か知恵の神たちの思惑に巻き込まれたのか。
この部屋割も何か意味があって――男騎士達を罠に嵌めようとして行われたものなのか。疑い出すと切りがない状況に、男騎士がため息を吐いてベッドに座る。
なかなか、知力の低い男騎士には気の重い頭脳戦の匂い。
ようやく休まる状況になったというにも関わらず、新たな波乱の匂いに男騎士は重たい気分に浸ってしまうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
さて。
いつになくシリアスモードで気疲れしている男騎士はさておき、右手側の部屋へと入った女エルフと新女王。彼女達は、二つ並んだふかふかのベッドを前にして、きゃあと黄色い声を上げていた。
つらい・しんどい・きたないの冒険者稼業である。その暮らしぶりは察して知るべし、こんな上等なベッドで寝られる機会などそんなにない。
それに加えて、二人ともまぁまぁいい生活をしていた身である。
女エルフは田舎とはいえ一軒家、恵まれた家庭に育っている。男騎士に助けられて冒険者に身をやつすまでは、人並みな生活は送っていた。なのでまぁ、初期の頃はいろいろとぶぅを垂れていたわけだ。
それこそ今では部屋ごときで文句を言わなくなったけれども――。
「うぅっ、ようやくシーツが敷いてあるベッドで寝られる!! しかも、ちゃんと洗濯してある!! 手持ちの毛布にくるまって寝なくていいなんて!! ほんと助かるわ!! こんなの、普通に宿屋で泊っても出てこないサービスよ!!」
目の前の状況がどれだけ幸福なことなのか判断はできる。
そして喜ぶくらいの気持ちも持ち合わせている。
いろいろと心配してやきもきしていた女エルフだが、この部屋の状況にはご満悦。一気に機嫌を良くすると、るんるんとその場に荷物を下ろすのだった。
同じく、新女王。こっちは言わずもがなの高貴な生まれ。生まれたときから豪奢な白で育った彼女には、この程度の部屋ではまだまだ及第点。しかしながら、慣れぬ冒険者としての旅にその心は割とすり減っていた。
ぽてりと、部屋に入るやすぐにベッドの上に転がり落ちる。
そのまま身体をマットに沈み込ませると、うわんと彼女は泣き出した。
「ベッドが、ちゃんとベッドをしている!! 体重を預けたら沈み込んでくれる!! 朝起きたら身体がガチガチになってるような、固いベッドじゃないよぉ!!」
お嬢様故にちゃんと整ったベッドがよく刺さる。
すっかりと、設備の充実ぶりに骨抜きにされた新女王は、旅装束もそのままにポテポテとベッドの上で泳ぎ出すのだった。
先ほどの警戒はもはやどこへやら、すっかりおくつろぎモードの二人。
「ティトのことも心配だけれどもまずは一休みよ!! なにせ、ここまで連戦に次ぐ連戦だったんだからね!! そもそも、GTRが終わってからその脚で怪奇メフィス塔を攻略するあたりどうかしてたのよ!! もうちょっと休むべきでしょ!!」
「まぁそれは、あまりもたもたしている場合じゃなかったというのもありますし。けれど、確かにちょっと疲れましたよね」
「そうよ!! 確かに私たちは冒険者だけれど――その前に年頃の乙女なのよ!! オーバーワーク反対!! 適度な休憩と休息を!! リフレッシュ無しに働けると思うなよ!! 冒険者にもちゃんとした休暇を――!!」
すっかりとお仕事オフにスイッチを切り替えた二人は、あはははいひひと壊れた笑いを交わす。実際、ここ最近の男騎士達の冒険は過酷を極めていたので、豪華な休息につい気が緩んでしまうのは仕方なかった。
とまぁ、そんな間の抜けたやりとりの中で、ふと女エルフが何かに気がつく。
「そういえば、やけにここに出るまで通路が狭かったけれど、どうしてかしら」
「あ、そういえばそうでしたね。扉を開いてすぐ部屋かと思ったら、なんだか通路になっていて――」
見返したのは、二人が入って来た通路の方。
白い光に天井から照らされていてよく見えるそこには、目をこらすと何やら壁に扉がついている。取っ手のない、そして壁に対してフラットな扉なので、まったく気がつかなかった。
まるで隠し扉のようなそれに、女エルフと新女王がおそるおそると近づいてみる。どうやって開けるのだろうかとその継ぎ目に手を当てれば、この部屋に入る時にしたような、空気の抜ける音と共に継ぎ目がスライドした。
開かれた扉の向こう側、見えてきたのは乳白色のスペース。
温かい照明に、人が二人くらい入れそうな大きな桶。壁一面に張られている鏡。そしてそれを前にして据え付けられているガラスのテーブル。
そしてそのテーブルの上には、真っ白な絹のガウンとバスタオル。
これはまさか――女エルフと新女王が肩をふるわせる。
「え、エリィ、これってまさかと思うけれども!!」
「私も初めてこれは来ました!! 高級ホテルにはVIP用にそういうのがあると聞いたことがありますけれど!! まさかここがそうだったなんて!!」
「じゃぁ、やっぱり、そうなのねエリィ!!」
「そうです、これは間違いありません!!」
「「個室風呂だぁ!!」」
そう二人の歓喜の声が上がったと思うや、桶に向かってだばぁとお湯が流れ込む。あっという間になみなみと桶にたまったそれは、濁りもなければ色もついていない、変な匂いもしてこない清潔な水だった。
飲み水さえ苦労する冒険者生活。
こんな清潔な水に浸かる事なんてまずできない。
いや、普通に生活していても、そんなことできるだろうか。風呂に入ることができたとしても、こんな飲み水として使えそうな水に入ることなぞまずできない。
王族でも村エルフでもそれは一緒。
女エルフ達を待ち受けていた個室風呂は、この世界の人間の感覚で言えば、一生に一度入ることができるかどうかというくらいの、スペシャルなものだった。
当然、そんなものとの遭遇に、女エルフと新女王、湯船に浸かってもいないのにのぼせあがってしまう。
仕方がない。彼女達もなんだかんだで、年頃の乙女なのだ。
「どうしようエリィ、ここもしかして天国なんじゃないの?」
「エルフ達の失楽園、その名に偽りなしですね!!」
「私、ここに永住しようかしら」
とまぁ、先ほどまでのシリアスなやりとりを忘れて、二人は身を寄せ合って感動に打ち震えるのだった。
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