第975話 ど男騎士さんとご休憩

【前回のあらすじ】


 エルフとサキュバスが同じ存在。

 いきなり飛び出したどエルフ設定に、あきらかに狼狽える女エルフ。なんでいつもこういうことになるのよと嘆きつつ、久しぶりのこの展開に振り回される。


 ここ最近、バトルやパロディなどですっかりとやられていなかったどエルフ弄り。それでなくても女修道士シスターの不在で本調子ではなかった。

 そんな中、ようやく訪れた万全の態勢に、ちょっと和んだ男騎士一行。


 そして、次はお前の番だぞという感じで、話を振られた男騎士だったが――。


「すまない、ちょっと考え事をしていて話を聞いていなかった。いったい何の話だったんだ?」


 なぜかこれが上の空。

 これまで、どエルフチャンスには貪欲に食いついてきた、彼にしてはあり得ない反応に、男騎士パーティが戦慄した。


 なにかある、何か男騎士にあったのだ。

 察した女エルフ達がなんとかリカバーしたが、相変わらず男騎士は上の空。どうにも歯切れの悪いどエルフ弄りに終わってしまうのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 さて、そんなやりとりが男騎士パーティの間で行われる最中、男騎士達を先導して歩いていた男ダークエルフがその歩みを止めた。

 たどり着いたのは袋小路。人が三人並んで通れるかという通路の行き止まり。


 はて、休める所に連れてきたのではなかったのか。そんなことを思う男騎士たちの前で、おもむろに男ダークエルフが手をかざす。その指先から、緑色の光が走ったかと思うと、正面そして左右の壁に、その緑色の光で四角い枠が浮かび上がった。


 大きさは男騎士の背より少し高いくらいだろうか。人ひとりが通り抜けられるような、そんな大きさの枠。すると、次の瞬間音を立てて枠が横にスライドする。


 どうやらそこが男騎士達の為にあてがわれた部屋らしい。

 開いた枠の向こう側には、白い光に照らされた個室が見える。寝所。それもベッドがある所を見ると高級な宿と同じくらいの設備だ。冒険者家業で大部屋に転がって寝るのがデフォルトの男騎士達には、なかなか贅沢な部屋だった。


 思わず、おぉと感嘆の声が漏れる。

 船旅に次ぐ船旅でろくな寝所で寝られなかった男騎士達の目に、その部屋はとても魅力的に映った。今まで何をやっても上の空だった、男騎士まで思わず正気に戻るほどの立派な部屋だった。


「三室、部屋を用意させていただきました。今日はここでお休みください」


「三室。すると、部屋割りが大切だな」


「……どうする、コーネリア?」


「私はやはりケティさんと一緒がよろしいかと。積もる話もございますし」


「だぞ!! 久しぶりにコーネリアとお話したいんだぞ!!」


「でしたらお姉さま!! 私と是非寝所をご一緒しましょう!! 大丈夫です、このエリィ、夜の知識も一通り嗜んでおりますから!!」


 なに言ってんのよと新女王を小突きつつ、女エルフが男騎士の方を見る。

 彼の様子がおかしいのは先刻のやりとりから彼女も把握している。なので、その理由についてできれば聞き出したいところだ。

 そのためには、手っ取り早く男騎士と同室になった方がいい。


 しかしながら男女で部屋を分けるのがここでは自然だ。無理に男騎士と一緒になろうとすると余計な疑いをかけることになるだろう。

 もっとも誰に疑われるという話であるが。


 女エルフが黙り込む。


 すると、彼女が疑われまいと気をつけていた、男ダークエルフが彼女の方を見て首をかしげた。


「どうされましたか? 何か、心配事でも?」


「……いえ、まぁ、その。後でいろいろと話をしたいなと思ったんだけれど、この部屋、自由に出入りはできるのかなって」


「あぁ、それならばご安心ください。中にあるテーブルに、部屋の出入りに使うキーを置かせていただいています。それを使えば、自由にどの部屋でも出入りできます」


「あら、そうなの。便利なのね」


 ごく自然に、会議がしたかったという体で誤魔化した女エルフ。

 男騎士達が怪しんでいることに気づいているのかいないのか。男ダークエルフの対応は、どうにも分からないものだった。

 だが、とりあえず表面的には何事もなく乗り切ることができた。


 そういうことならと安心した素振りを見せて、女エルフは男騎士の方に向かう。


「ティト、そういうことだから、ここは男女で別れましょう。私とエリィ。コーネリアとケティ。そして貴方。この部屋割りで問題ないわね?」


「あぁ、それで構わない」


「それと。後でいろいろと相談したいから部屋を訪ねるわ。ノックするから、もし都合が悪かったら、返事して頂戴ね。よろしく」


 分かった、と、男騎士が応じるとすぐに女エルフはきびすを返す。

 待ちかねたという感じの新女王を伴って、彼女は突き当たりに向かって右手の部屋へと消えた。


 二人が入るや、その扉が閉められる。

 そうこうしているうちに、ワンコ教授に手を引かれて女修道士シスターもまた左の部屋へと消える。去り際、少し心配そうに彼女は男騎士を見たが、男騎士が大丈夫だと頷くと、それを信じるように自分たちの部屋に消えた。


 さて。


「どうされましたかティトさま?」


「いや、ちょっとな……」


 最後に残った男騎士が、意味ありげに立ち止まる。怪しまれるぞと魔剣に急かされて、彼は一歩を踏み出した。


 もし、マザーコンピューターや男ダークエルフに思惑があるとしたら、パーティーを分断した所を狙ってこないはずがない。男騎士が危惧した所はそこだ。

 これまた自然な流れで、男騎士だけを孤立させた訳だが、これも偶然か。

 自分が考え過ぎなのか、それとも何かに巻き込まれているのか。


「こうなってしまっては、もはやどうしようもないのだがな」


「なに、心配するなティト。閉じ込められたと分かれば、すぐに部屋を破って反乱すればいいだけのこと。逆に分かりやすい展開で助かるじゃないか」


「まぁ、そうだが」


 男騎士の背中で部屋の扉が閉まる。プスという空気の抜ける音と共に、男騎士は部屋の中央にあるベッドに腰掛けるとため息を吐き出した。


 ようやく連戦終わって、ここで一休み。

 ゆっくりと柔らかいベッドで寝ることができるが、随分と心安まらない所に来てしまった。そんな思いを込めて、男騎士が布団に拳を押しつける。


 今まで寝たどのベッドよりも柔らかいそれ。

 沈むように男騎士の拳を包み込む感覚。なんの忌憚もなくここで休むことができたならばと、彼は心の底から後悔した。

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