第973話 どエルフさんとエルフの祖先

【前回のあらすじ】


 男騎士が知恵の神ミッテルの思惑を訝しんでいる横で、安定のエルフ弄りに対する文句を言い始める女エルフ。


 人類がこの熱帯密林都市から発生したのは理解できる。けれども、この都市に住んでいるELFがエルフと似た格好をしているのは話として繋がらない。

 どうしてそのようなことが起こったのか。


 エルフの尊厳を守るためにそれを口にした女エルフだったが、彼女以外にもその奇妙な一致を訝しむ者達はいた。ワンコ教授と新女王の応援を受けて、食い下がった女エルフに、男ダークエルフはその秘密を語った。


 そもそも、人類という存在を神がデザインしただけで、他の生命体は独自に大陸に存在していたこと。彼らは、自分たちに必要な能力を獲得し、自ら進化することで種を繁栄してきたこと。


 そして、そこに神がデザインした人類が流入したことにより、彼らは適切な形にさらに進化しようとした。


「そうです。亜人種とはすなわち、人を模して進化した、他の生命体の進化の一例に他なりません」


 まず先に、人ありき。

 それは亜人種たちにとっても、そして人間と隔絶し孤高に生きるエルフにとっても衝撃的な事実であった――。


◇ ◇ ◇ ◇


「そんな!! それじゃ、私たちは間接的に人から生まれたってことなの!?」


「モーラさん、落ち着いてください!!」


 これが落ち着いていられるかと、男ダークエルフに組み付かんばかりに怒る女エルフ。これまた久しぶりに女修道士シスターが組み付いて彼女の暴走を止める。


 人間社会に揉まれたとは言っても彼女はエルフ。

 そこには、希釈されこそしたけれども、人間への対抗意識がたしかにあった。


 人間よりエルフは優れた種である。


 それが彼ら種族の思い上がりであることはもちろん承知していたが、それでも、このような咄嗟の場面で、古く長い思考の習慣が鎌首をもたげるのは仕方なかった。


 エルフが人間の後塵を拝するなんてありえない。

 そんな思いが女エルフを叫ばせたのだ。


 これに男ダークエルフは頷いて応える。


「確かに、今の形にエルフがなったのは人間の誕生以後になります。間違いなく、エルフは人間を模して己を定義し、そして人間との関わりの中で今の姿に変わっていったのです。それは逃れようのない歴史の真実」


「嘘よ!! そんな、エルフが人間から学ぶだなんて――」


「けれども勘違いしないでいただきたいのは、人類が大地に現われるより前に、今のエルフの先祖や獣人たち、鬼といった亜人の祖先は、既に存在していたということです。彼らは人類よりも先に、高度なコミュニティを形成しており、人類ほどの繁殖力は持っていませんでしたが大陸で繁栄していました」


 えっ、と、女エルフが言葉を詰まらせる。

 理解の及ばない彼女に代わって頷いたのはワンコ教授。彼女は、男ダークエルフのいわんとすることを察し、そして、分かりやすくその言葉を解釈した。


 つまり――。


「だぞ!! あくまで便利な人間の形を借りただけで、その前から動物のようにエルフも存在していたってことなんだぞ!! 確かに、人類の文献には人類誕生以前のことは残っていないけれど、エルフは人類より早く存在していたと多くの資料に書かれているんだぞ!! そういうことならば、納得できるんだぞ!!」


「……え? あぁ、確かに」


「その通りです。獣人たちが、獣が人の姿に変異した存在だとしたら、エルフもまた同じ理屈。元々の原始エルフという存在があり、それが人と接するウチに、その姿を模倣していっただけです。エルフの方が人間より優れている、歴史が古いというのはあながち嘘ではありません。あくまで、人間の形を模倣したというだけで、その文化歴史は、人間よりも遙か前からこの世界に存在していたのですから」


 そうか、と、女エルフがようやく落ち着く。


 なんとかエルフの誇りはここに守られた。それがちっぽけかつ感情的な発想で、地表の多くを人間に牛耳られた今となっては強調するのも恥ずかしいことでも、女エルフは少し救われた気分になった。


 エルフは人間から派生した訳ではなかった。

 あくまで、人間の姿を借りて進化しただけなのだ。


 姿形という点では、確かに人間の派生かも知れないが、それでも、エルフという種のアイディンティティはここに守られたのだった。


 ただ、またしても大切なことが一つ欠落している。


「それでも貴方たちと同じ姿というのが分からないわ」


 なぜELFとエルフ、この二つの姿が似ているのかだ。

 人類から学び人の形に進化した。それについては分かる。その素である、ELFとも共通した姿になるのは仕方ない。


 それでもここまで外見が一致することがあるのか。

 耳が尖り、人間とは違う肌の色をし、美しい髪を備えている。

 そんな容姿の一致が、果たして自然に発生するというのか。


「どうして、そんな進化の仕方をしたのよ。そもそも人間たちと同じ姿になるにしても、もっとこうあるでしょう。彼らより優れた姿になるとか――」


「まさしくその思いが貴方たちの姿を生んだんですよ」


「……え?」


 予想もしない回答に女エルフが口ごもる。

 その思いとはなんなのか。人間よりも、優れた種でありたいと思う、エルフ達の浅ましい選民思想だろうか。


 そうだとして、それが何故この都に住んでいるゴーレムの姿と重なるのか。


 いや、待て。


「……もしかして、エルフは人類が畏怖する存在になろうとしたってこと? この都市で住んでいたときに、自分たちより優れていた存在――貴方たちELFの存在を、人間たちの意識に察して、その姿を模倣した」


「はい。その通りです。私たちELFを本能的にあがめるようにできていた人類は、外の世界で出会った自分たちよりも優れた存在であるエルフに、それを無意識に重ねたのです。そして、それはエルフが人の姿を模倣する時に姿にも現われた」


 女エルフの推測に頷く男ダークエルフ。

 それで、すべて納得がいった。


 なぜ人がエルフをどこかで神聖視し、エルフが人を自分たちより劣っていると見なすのか。その関係性すらも、この都市の中で行われていた営みから、無意識のうちに受け継がれたものだったのだと。


 もちろんそこには、実際に外の世界に出てからの力関係もある。

 だが――。


「やっぱり、エルフは人間との関わりの中で、この形になったのね」


「……モーラさん」


「だぞ、モーラ」


「お姉さま」


 エルフの自尊心を打ち砕くには十分なそれは事実だった。


「エルフという呼称も、元々名称がなかったあなた方に、我々の読みを当てたものになります。原初エルフは、どちらかといえば今の精霊達に近い存在だったんです」


「精霊に近い存在」


「そうです、そして――同じ感じで、サキュバス、インキュバス、ドラキュラといった奴らも、だいたい同じような生命体だったんです。人から吸う系の原初生命体と同じ進化を、エルフもたどったんですね」


 そして、追い打ちをかけるように要らない情報が飛んだ。


 サキュバスたちと同じ進化をエルフが果たした。

 その情報を別に今言うことはなかったのではないか。

 最終的に違う生き物になっているのだし、指摘しなくてもいいのではないか。

 そして、エルフは何も吸わないのに、吸う系とか言われたらどうすればいいのか。


 白い顔をして戦慄する女エルフ。

 その横で、にっこりと女修道士シスターが笑う。

 はたして彼女の方を女エルフが向くと、良い笑顔で女修道士が口を開いた。


「エルフは、人間から何を吸う為に進化したんですかね?」


「……何も、吸わないわよ、バカ!! 卑猥なカテゴリでくくるな!!」


「おや、まるで何か、心当たりでもあるんですか?」


「ないわよ!!」


 そして炸裂する、女修道士シスターのどエルフ弄り。

 まったくスランプも迷いも感じさせない鋭い指摘に、すぐさま女エルフは頭から湯気を出して拳を振り上げるのだった。


「流石ですねどエルフさん、さすがです」


「吸わないって言ってるだろうが!! うがぁーっ!!」



 

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