第860話 ど法王さんと天秤の守り手

【前回のあらすじ】


 デビちゃんの活躍により処女宮を突破した男騎士達。

 しかしながら、魔性僧侶との闘いで疲労した魔性少年とデビちゃんはここで一旦離脱。塔の攻略は、後衛職が主体の法王ポープたちに任されることになった。


 魔性少年達を背に次の階へと進む法王たち。

 そんな彼女たちがたどり着いた次のフロアは天秤宮。


 善悪を計る天秤を現わすその文様が刻印された間は、これまでの宮と違って木造の扉でできている。それだけではない。扉を開いて中に入れば、そこは紅葉が舞い散る清閑な森の中である。


 朱塗りの門が幾重にも建ち並び、それをくぐるように石畳の道が続く。

 その先、神楽台に待ち受けるのは緋袴の巫女。

 龍の紋章が描かれた旗を手にした彼女は――。


「我が真名はジャンヌ・A・ダルク!! 中央大陸に生まれ、動乱の中で死に、再び神の奇跡により東洋の地に生まれ変わった聖女!!」


 なんともまた、いろいろな所に迷惑がかかりそうな名前をした聖女であった。


「……いや、いろんな所に迷惑って。えぇ、そんな、直接的な」


 天秤宮の時点で察していただきたいですね。

 そして、塔バトルという所で今後の展開も察していただきたいですね。


 さぁ、いつもならこういう汚れ役を引き受けるどエルフは不在。

 はたしていったいどうなってしまうのか――。


◇ ◇ ◇ ◇


【人物 ジャンヌ・ダルク: 中央大陸の前々時代の英雄。中央大陸連邦と南の王国がまだその民族的な結束を持たず、大陸に幾つもの国が乱立していた頃の英雄。大陸の西端にあるオルレアン王国に産まれた聖女である。海母神マーチの加護を受けた彼女は、当時周辺の列強国家に領土を侵略されて、そのままでは滅び行く宿命であったオルレアンの民を奮い立たせ、剣と槍を取らせた。祖国独立のために戦い続けた彼女とその仲間達は、ついにオルレアンの領土を回復。その偉業と、戦乱の中で見せた数々の奇跡を讃えて、彼女は救国の英雄の称号を賜った。しかしながら、戦乱の終結と共に彼女はその姿をどこかへと消す。まるで、平和な時代に自分は不要とばかりに。その清廉潔白な生き様と、戦乱の中においても揺るがなかった海母神マーチへの信仰を評価して、後に教会から聖女の名を送られた。まさしく、英雄オブ英雄である】


 その名は、中央大陸に生き、教会の教義を守って生きる者達にとって、知らぬ者のいない名前であった。


 聖女ジャンヌ・ダルク。

 清廉潔白にして自由のために闘った戦乙女。


 多くの歴史家が懐疑的にその存在を思いながらも、彼女に関して記述された当時の資料が確かにその存在を証明している。紛れも無く、彼女はその昔、中央大陸の西にあった地方・王国に存在し、国を救った救国の英雄だった。


 時に、民衆は自らの道を示してくれる指導者の下に結束し、当人以上の力を発揮するものである。鉄の規律と鋼の精神により軍隊が造るそのあり方を、たった一人の人間が持ち合わせた神聖性により成してしまう。


 それを奇跡と言わずになんと呼ぼうか。


 また、そんな人物を、英雄と言わずになんと言おうか。


 まさしく彼女は、それを成した人物。

 正真正銘の聖女。


 その武勇は、今になっても語り継がれ、中央大陸に生きる者で知らない者はいないほどであった。


 特に法王ポープ

 聖女として彼女を列し、今も崇め奉っている教会の頂点に君臨している彼女には、言葉にしがたい戸惑いがあった。


 まさか、本当に、このような娘が、あの伝説の聖女だというのか。

 そもそも、なぜ東の島国に住む人々のような姿をしているのか。


 転生したと彼女は言うが――。


「おかしい。そもそも海母神マーチさまの教義によれば、生まれ変わりという概念はありません。死した人の魂は、こうして、冥府へと送られて地に還るのが宿命」


「だぞ!! そうなんだぞ!! 輪廻転生は、東洋の宗教独特の考えなんだぞ!! ジャンヌ・ダルクの転生なんてあり得るはずがないんだぞ!!」


「……えっと、その、不勉強で申し訳ないのですが。ケティさんとリーケットさんが申されるのならそうなのでしょう。何者ですか、聖女ジャンヌの名を語る不届き者。そのような不敬は、この私が許しませんよ」


 おやおやと、手を口元に当てて哄笑する聖女を名乗る乙女。


 その黒色の髪を再び揺らして顔を上げれば、法王たちの言葉を意にも返さず跳ね返すような、自信に満ちあふれた顔が向かってきた。


 いったい、どうしてそんな顔ができるのか。

 やはり彼女は本当に、ジャンヌ・ダルクの転生者なのだろうか。


 そう皆が思う中で。


「私がジャンヌの生まれ変わりであること。それを示すことは難しいでしょう。なにせ、貴方たちは転生前のジャンヌの姿を知らないのですから」


「だぞ!! そうだぞそうだぞ!! ジャンヌの肖像画とか、外見とか、そういうのを残す資料は今のところ残されていないんだぞ!!」


「姿が分からなければ幾らでも僭称できますが――それにしたって、貴方は姿があきらかに違う。どこからどう見ても、貴方は東の島国の人間。中央大陸の人間にはとてもではないが思えない。いえ、生まれ変わったとしても、どうしてそのような地に生まれ変わる必要があったのか」


「ちゃんとした説明を要求します!! ジャンヌ・ダルクは中央大陸に生きる人間にとって大英雄!! それを軽々しく語らないでいただきたい!!」


「ですが――これを見ればどうです?」


 ゆっくりと聖女は胸元に手を差し込む。

 白小袖の胸の襟から手を入れて、取り出したのは――小さな小さな十字架。

 いや、違う。


 それは、この世全ての裁定を任された者に送られる聖遺物。

 ジャンヌの伝承の中にも謳われている、神に選ばれし者の証。


 聖女の天秤。


「ジャンヌが使った聖女の天秤。それを私が持っている、これこそ、私がジャンヌの生まれ変わりであるという証拠以外の何者でもない」


「なんですって――!!」


「そして!! さらに、この聖女の天秤は、この私に摩訶不思議の力を与えてくれる!! かつて東の島国で起こった宗教戦争!! その戦いに赴く私に、摩訶不思議の力を与えてくれた――聖女ジャンヌの力を与えてくれたのがその証拠!!」


 眩く輝く聖女の天秤。


 その光が、それを握りしめる乙女の身体を包み込んだかと思えば、彼女の結い上げていた黒髪が突如として弾ける。


 いったい何が起きているのか。

 神々しい光の奔流を前にして、またしても黙る法王達の前で、聖女はその姿をみるみると変えていく――。


 そう、東の島国の住人から、中央大陸の住人へと。

 それはまさしく変身。


「まさか!! これは!!」


「だぞ!! もしかして!!」


「お姉さまと同じ、魔法少女ではないですか!!」


 これまで幾度となく見せられた、ウワキツアラスリエルフ女の変身バンク。

 それと酷似する光景だった。

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