第748話 ど長男さんと十三番目の型

【前回のあらすじ】


 セーラー服の爺とおっさんが、大挙して押し寄せてきたらどうする?

 ⇒ 逃げる(パニクりながら)


「……いや、そりゃ当然でしょ」


 迫りくるたいへんなおっさんたちに狼狽える最強のからくり娘たち。

 かつてモッリ水軍の強兵たちを、為す術もなく滅ぼした彼女たち。

 しかし、今度は打って変わってこちらがやられる方。一方的な精神攻撃の前に気を抜いたのが命取り。


 背後から、気配を殺して近づいた勝海舟。

 その一刀により上半身と下半身が泣き別れ。からくり娘『キタカミ』と『オオイ』は、あっけなく討ち取られたのだった。


 さてさて、残すところはからくり娘もあと一体。

 相対するのはエルフリアン柔術の使い手、モッリ水軍長男と青年騎士たち。彼らは果たして、類まれなる幸運の持ち主に勝利することができるのか。


◇ ◇ ◇ ◇


 エルフリアン柔術には十二の基本となる型がある。

 それぞれの型は、続く型にスムーズに移行できるようになっており、いわゆる、一度決ると抜け出せないスーパーアーツ。より言葉を選ばなければハメ技となる。そういう造りになっているのだ。


 これは力を持たないエルフの民が、最小最低限そして最良手にて常に攻撃をし続けるために、ごく自然に編み出された術利である。


 決して、先週からの某鬼を滅する刃の話のパロディではない。

 これはただの、柔道のスーパーアーツについての業である。


「いや!! そもそも柔術って一発キメたらそこで終わるもんでしょ!! なんでスーパーアーツでハメ技しなくちゃいけないのよ!!」


 あらすじからどエルフが飛び出してきたが問題ない。

 ここまで予想の範囲内である。


 モッリ水軍長男、ここで呼吸を整える。

 彼は目の前に現れた、人ならざる強運を持つ者に対して、どう仕掛けるべきか。〇ンチンの構えのまま思考を巡らせる。

 次々に頭の中に去来する、通信講座で習った技のかけ方。

 はたして実物を見た訳でもないのにこの技はこのかけ方であっているのだろうか。テキストに解釈違いが混じりこんでいないか。技の完成度は申し分ないか。そもそも金で買った段位だが問題ないか。


 問題があるかないかではない。

 やるかやらないかだ。


 長男は再び気炎を上げて咆哮した。


 エルフリアン柔術に退路はない。

 常に、前に進んで挑み続ける。

 通信講座のテキストの最後の頁にも書いてあった。


 エルフリアン柔術は無敵だ、と。


 それを今、信じずにしていつ信じる。


 踏み込む。

 攻撃を仕掛けるのは先の先。

 からくり娘――『ユキカゼ』の幸運が発動するよりも早く、自分の流れに持ち込んで見せる。そんな凄絶な覚悟を胸に、モッリ水軍長男は腕を伸ばしてからくり娘の破いた胸倉を抉るように掴んだ。


 自ら死線に飛び込んでくるか。

 その意気や良しとからくり娘、それに応じる。

 しかしながらむざむざと流されるような玉ではない。


 させるものかと引っ張るモッリ水軍長男に合わせて身を引くと、文字通り肉を斬らせて骨を断たんと、脚を空に向かって蹴り上げた。

 すわ、木製の甲板を削って踝が空へと昇る。


 モッリ水軍長男の一手を見事に躱して『ユキカゼ』、七人の最初の原器は一つとしての意地をみせんと、その細い体を捻らせた。

 繰り出すのは、彼女を基に造られた、小型のからくり娘たちが得意とした、小回りの利く技。


 踵落としからの、足先に仕込んだ暗器による斬撃。

 さぁ、受け止められるかと、その毒蛇の牙が如き一撃が舞い降りたその瞬間。

 モッリ水軍長男はスーパーアーツを炸裂させた。


 そう、エルフリアン柔術三の型――。


「妙技、男大好ワイルド・ワイルド・アイラ―ビューンきホールド!!」


「なっ、なにぃっ!!」


【妙技 男大好ワイルド・ワイルド・アイラ―ビューンきホールド: そのまんまである。脚で相手の身体を固める必殺技】


 これでど長男、大きく開かれたからくり娘の下半身をがっちりとホールドする。

 もし相手がオリエンタルな工業的人形のようなものでなかったら、セクハラとして訴えられる所業である。

 しかしながら、命のやり取りを前にセクハラだなんだと些事であろう。


 そう、ここにエルフリアン柔術の一手が決まった。

 となれば、あとはめくるめくまま。


 十二の型を高速で叩きつけるのみである。

 しまったと『ユキカゼ』が不運を嘆いてももう遅い。

 それは、彼女の身体をど長男が掴んだ、その瞬間から始まったのだった。


 そう、息もつかせぬスーパーアーツが。


「四の型!! ケツで箸を割ること谷の如く!! 第五の型、ぺったんぺったん尻ぺったん!! 第六の型、大臀部スパーク!! 第七の型ァ!! 六と九ノ字固め!!」


【妙技 ケツで箸を割ること谷の如く: ケツで割る宴会芸である】


【妙技 ぺったんぺったん尻ぺったん: 尻を叩きつける奴である】


【妙技 大臀部スパーク: 逆マッス〇スパークな技である(どう考えても、あれはかける方も相当痛い)】


【妙技 六と九ノ字固め: 説明すると問題になる奴である】


 目くるめくセクハラアーツ。

 そう、そうなのだ。


 セクハラなのだ。


 エルフリアン柔術は、先にも言ったように、弱き者のための術利にかなった技である。力の強き者を倒すのに、いったい何が必要か。単純な筋力で及ぶべくもない相手に、どうすれば拮抗できるのか。


 もっともシンプルな回答、それは――。


「精神面を折るのがエルフリアン柔術!! さぁ、めくめくセクハラの技!! どこまで耐えられるかな!!」


「ひっ、ひえぇええええっ!!」


 もっと根本的な所を折ってしまえばいいのだ。

 肉体は鍛えられても、心までは鍛えられない。


 現代社会でこそ、いろいろな方法が確立されて、メンタルを強くすることもできたが、ここは異世界。筋力こそがモノを言う。

 そんな世界で、心を折りに行く。


 まさしく、エルフリアン柔術は慧眼の極み。

 弱きエルフが強き者たちに勝つために、考えつくされた技であった。


「さぁ、さぁさぁ、俺のセクハラはまだまだ続くぞ!! 耐えられるか、セクハラ十二変化!! 音を上げるなら早いうちだぞ!!」


「ギブ、ギブギブ!! ギブアップ!! 許して、許してください、これははんそ――ぎにゃぁあああああ!!」


 讃えよ、エルフリアン柔術。

 そして、決して真似するなエルフリアン柔術。

 異性にかけたら、こんなん一発で豚箱だぞ。


 けれども、讃えよ!!


「もっ、もうやめてくださいっ!! そんな汚いものを近づけないで!!」

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