第702話 どエルフさんとシスターズ
【前回のあらすじ】
「……すがすがしい、本当に夏の嵐のような奴らでした」
「だぞ」
「嵐みたいな人たちでしたね」
「……だから、紛らわしい言い方するのやめてお願いだから」
先週のどエルフさんはややこしかった。
固有名詞と一般名詞が混在し、混乱をもたらすようなややこしさだった。
だが、一般名詞なので安心してほしい。
どこにも迷惑はかけていない。
だって、そんなこと言い出したら、いろんな媒体がその漢字を使えなくなるから――。
「だからってこれはやり過ぎでしょう!?」
◇ ◇ ◇ ◇
なんにしても、ヤベー奴らがヤベー感じに、ヤベー具合に戦ってくれたことで、女エルフたちは危機を脱した。
このままいけばどうなるのか、肖像権の危機まったなしという感じであったが、なんとかそれを乗り切った。一般名詞しか出ていないが、大変なことになる寸前で、女エルフたちは危機を切り抜けたのだった。
ほっと一息つけば、嵐の切れ間に光が差し込む。
波はまだ、穏やかとは言い難い状態だが、どうやら難所を彼らは一つ越えたらしかった。
「姐さん!! 水路は良好、あとは風に任せるままで次の島までは着きますぜ!!」
「勝の兄貴たちの鉄鋼船は、まだまだ荒波と風に操舵が安定していない様子」
「いくら馬力のある鉄鋼船だからって、ここからまくるのはむーりぃー」
さらにさらに、第一レースでトップを独走していた勝海舟率いる威臨社を大きく引き離しての先行である。
これは女エルフたちにとって、とても嬉しい事態であった。
しかしながら、嬉しいことばかりが続くわけでもない。
彼女たちはこのレース、トップを走っている訳ではなかった。
そう、小さい船の優利は変わらず。
独走状態にあったヤベー奴らは意図せずして倒れたが、この荒波を越えて先陣を切る船は別にある。
竜の船首を持つ船は、凪の海でも、嵐の海でも、越えるだけの力がある。
人力の恐ろしさを見るがいい。
そう、今、第二レースの先頭をひた走っているのは他でもない。
「さぁ!! 第二レース!! 嵐も落ち着いて残り半分を切った所で、先頭に躍り出たのは北海傭兵団だ!! 第一レースの面目躍如!! 荒れ狂う波間をするりと抜けて、大きく二位のパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムを二船分も引き離しております!!」
北海傭兵団であった。
第一レース五位からの大躍進。
いや、もともと男騎士たちが横やりを入れなければ、第一レースもトップでひた走っていた。なんだかんだ、かませのような扱いを受けている彼らだが、横やりさえ入らなければその実力はトップクラス。
こうして第二レースをけん引するだけの力は持ち合わせていた。
船首に立っていよいよ目視できるようになってきた、第二レースのゴールを見据える若船団長。昨日の戦闘からすっかりと立ち直っている。
彼もまた歴戦の勇士なのだ。
じっと船の行く末を力強く見つめるその姿には、若さとはまた違う、洗練された戦士としての頼もしさがある。
そんな背中を見つめつつ、男騎士が腕を組む。
むぅと眉根を寄せるのは彼なりに頭を働かせているからだ。知力1だが、冒険の駆け引きについては頭が巡る。すなわち、今考えている事は一つ。このレース、ここからトップに躍り出る方策についてだった。
ここで北海傭兵団を蹴落とすことは、先日のやり取りから簡単だが――。
「流石に連日襲うというのは、なんというか申し訳がないな」
「そういうこと言っている場合?」
「いや、戦略的に見て、北海傭兵団は地力のあるチームだ。ここで脱落してもらうより、レースに絡めて他のチームと戦ってくれた方がこちらとしても都合がいい」
「そう簡単にいくかしらね。けどまぁ、確かに連日こっちが奇襲を仕掛けるっていうのはよくないかもね。こっちの手の内が読まれてしまうというか」
襲うか、襲うまいか。
そもそもこの第二レース、このままいけば順当に、男騎士たち率いるパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムは二位のまま着順出来るだろう。まだレースは中盤にも差し掛かっていない。ここで無理に一位に固着する必要はない。
なにより一位が、他のチームの注目を集めることを、先のレースで彼らもよくよく思い知っている。ならば、あえて一位のポジションを北海傭兵団へと譲り、彼らに他チームの注意を逸らすのも一つの手だろう。
考えている間にも、ゴール地点の次の島は近づいてくる。
しかけるべきか、見逃すべきか。
後方の船団の影は遠い。
まだ、嵐の中にある彼らは、大きく順位を狂わせている。
昨日のレース結果から、着順が大きく変わることは間違いない。ともすれば、優勝候補の中かから脱落者が出ることも考えられる。
ここは静観が吉か――。
そう男騎士が判断した時、水面を激しく切って走る人影があった。
「……馬鹿な!?」
「どういうこと!? 風の精霊王の加護持ちのティトならいざ知らず、どうして海の上を人が走行しているの!?」
疾駆するのは間違いなく人の姿。
それも可憐な乙女たちである。
翡翠色と緋色の目をした乙女たちは、まるでスケートでもするように水面を切って進むと、穏やかな波間を縫ってトップの北海傭兵団の船尾へと取りついた。
かぶりを振って振り回すは鎖鎌。
そして銃砲。
わぁと北海傭兵団の乗組員たちが、櫂を離して戦闘態勢に入る中、男騎士たちは突然現れた刺客の姿にしばし息を呑んで黙考した。
いったい彼女たちは何者なのか。
鎌を振るい、銃を放ち、瞬く間にむくつけき北海傭兵団を制圧していく。これほどの猛者がいったいどこに隠れていたのか。
唯一、その存在に昨日接触した青年騎士だけが、アレはと誰にも聞こえぬ声で呟いて生唾を飲み下す。
「おぉっと、ここでまたしても刺客が襲う!! トップを独走する北海傭兵団に迫ったのは、今回初めてのレース参加!! しかしながら、船団としての伝統ゆかしい小野コマシスターズだ!!」
そう、彼女たちこそ、今回のレースの優勝候補の一角。
小野コマシスターズであった。
そして同時に、現行政府の走狗に間違いなかった。
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