第670話 どエルフさんとど水軍

【前回のあらすじ】


 東の島国GTR第一レース後半戦。

 トップに躍り出た男騎士たち。先頭集団を止めるのはレースの鉄則。そんな彼らを追いかけるようにやって来たのは、モッリ水軍とガリバー伊能探検隊の二隻。


 それぞれの船団の首魁レベルが追撃に向かってくる中、迎撃に出るのは男騎士・女エルフ・新女王に女海賊。はたして、彼らで東の島国のあらくれどもを倒すことができるのか。特に新女王――いままでこれといった個人戦闘の実戦経験の少ない彼女に、はたして戦闘が行えるのか。


 そんな一抹の不安を抱えつつ、ここにGTR第一レース後半戦の火ぶたが切って落とされるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 それはまるでトビウオのようだった。

 水面から飛び出すようにして甲板に上ってくるのは褌一つの細マッチョ。潮風に焼かれた茶色い肌に、荒くれらしい熊毛のような髭を蓄えて、彼らは次々に身の丈の遥か三倍はあるかという、白百合女王国の船の甲板へと飛び乗って来た。


 その身軽さは彼らの秘術。

 モッリ水軍が長年をかけて培った海上戦術のたまものである。


 つまるところ、彼らは海の中で腕を組み合わせて、簡単な人力いかだを作り上げると、それを踏み場として跳躍するのだ。しかしながら、その足場を矢継ぎ早に踏みしめて、次々と甲板へと飛び乗る手際の良さに妙がある。


 よもや一瞬にして敵軍に取り囲まれた獲物たち。

 ここは甲板の上、昇りつくまでに時間がかかると思ったが最後、気が付いた時には戦闘状態。


 海上での奇襲・強襲・陣形構築こそがモッリ水軍の得意とする戦法であった。


 ふへへと下卑た笑い声と共に、腰の得物を抜き放つモッリ水軍の海賊たち。

 そんな彼らに、すぐさま白百合女王国の海賊船の乗組員たち――女海賊たちはあわててカトラスを抜いた。


 女船長が上げた抜刀の掛け声とともに激しく打ち合う。

 奇を突かれたが、そこは見事な指示と応戦であった。


 さて、そんな中でどこかたどたどしい影が一つ。


「お、お、お姉さま。私はどうしたら」


「大将級がそうビビらないの。どんと構えて相手の出方を窺う、まずはそれからよエリィ」


 初陣。

 はじめて自分の喉元に剣が繰り出されるかという乱戦の中に身を置いた新女王である。


 先ほどの梁山パークとの戦いとはまた違う、猥雑とした戦いの中に身を置くことがはじめての彼女は、どうしていいか分からずただ握りしめた細身の剣を中段に構えて震えていた。


 うぅんと唸る女エルフ。

 一も二もなく義妹のサポートについた彼女だが、思いのほかのへっぴり腰にちょっと不安な気分になる。それこそ、梁山パークでの戦いでは、兵たちの先頭に立って戦を導いた武人の姿はそこには微塵も見て取れなかった。


 いったいあの時の勇ましさはどこに行ったのだろうか。


「……まぁ、自分の故郷を守る戦いと、こんな異邦の地での戦いじゃ身の入りようも変わってくるわよね」


「お姉様ぁ!!」


「はいはい、わかったからそんなに狼狽えないのエリィ。大丈夫、大丈夫だから」


 どちらかというと自分に言い聞かせるようにそんなことを言う女エルフ。ふと、そんな彼女たちの下に、抜刀した海賊が迫って来た。


 ひぃとひきつった叫び声を上げながらも――構える新女王。

 すわ、大上段から振り下ろしたモッリ水軍の海賊の刀が煌めいたかと思うと、その斬撃の合間を躱すようにすり抜けて、新女王は踏み込んでいた。


 はらり、舞ったのはモッリ水軍の海賊たちが身に着けていた衣服。

 股間を覆っていた褌が、海風にたなびいたかと思えば、白波のように波濤の上を舞う。


 ひゃぁと情けのない声を上げて、むくつけき男たちは股間を隠した。


「この女!! よもや、我らの身体を傷つけず服だけを引き裂くとは!!」


「なんというスケベ剣法の使い手!!」


「くっ、いくら見る者のいない海上とはいえ、おちん〇んをぶらぶらしながら戦っては居心地が悪い。これは不覚、完全に不覚」


「ちん〇んの重心移動に気を取られて太刀筋もそぞろとなろうというもの。恐るべきかな、西洋の剣使い」


 ほめ過ぎじゃない。


 女エルフが死んだ目をしてモッリ水軍の海賊たちを見る。

 くねりと腰を引き締めて内またを引き絞ったむくつけき男たちはいやんいやんとすり足で後退すると、剣を捨てて海の中へと飛び込んだ。


 これはまずい、一時撤退という感じであったが、絵面は限りなくマヌケそのものであった。


 それはそれとして。


「お、お姉さま!! 敵はいったいどこに!!」


「無意識でそこまで動けたらたいしたものよアンタ。なんでそんなびくついてるのよ」


 海賊の一団を相手に、一歩も引かない立ち回りを見せた新女王。

 しかも、男騎士のように尋常な立ち合いではなく、苦し紛れの一撃でこの手際である。なんだかんだで武門の子、それなりに剣術の才能はあるのだなと女エルフはそれまでの心配をため息に変えて杖を抱えた。


 杞憂。


 どうやら新女王。

 経験が決定的に足りていないだけで、こちらの方にも才能はあるみたいだ。

 やれやれそれならばそうと言ってくれという感じの女エルフの前で、また何人かの海賊たちが新女王に躍りかかる。


 しかし――。


「いやーん!! お股の布がァ!!」


「モロダシになっちゃうーっ!!」


「男の子の股間を狙うなんて卑怯よ!! とっても卑怯!! 許せないわぁ!!」


 許せない絵面でどんどんと股間の布を切り破られていく海賊たち。

 いやぁああぁあぁという叫び声とは裏腹、その剣捌きは精密・精妙、男たちの秘所を無残にも切り開いていくのだった。


 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 ぶらりぶらりと真夏の海にたなびくナマコの大軍。

 あるいはイソギンチャク。


 目を瞑っているから叫び声もこの程度で済んでいるが、もしこの惨状を目にすれば、更に新女王が慌てふためくだろうな。

 なんてのんきなことを思いながら、女エルフは突風魔法で、次々に下半身が露になった海賊たちを吹き飛ばしていくのだった。まるで汚らわしいものでも払うような、そんな感じの冷たい表情で。


「お姉さま!! ありがとうございます!! 助かります!!」


「いや、うん、そんな言うほど助けてないわよ」


 無自覚の天才って怖いわ。

 戦闘に入るまでの緊張が嘘のように、女エルフは冷めた顔を新女王に向けた。

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