第667話 ど男騎士さんと甘ちゃん
【前回のあらすじ】
伸びる魔剣ダインスレイブ。
突き出される変幻自在の剣筋に、突き合いで勝負を挑もうと答えた男騎士だが、そこはブラフ。彼のゆさぶりにまんまと嵌った若船団長は、剣を捨てて、腕により掴みかかった彼により、肩甲骨を抑え込まれるのであった。
戦いでモノを言うのは武器でも技でもない。
それを適切に使いこなす駆け引きだ。
流石の男騎士。今回もまた奇手により勝利を拾うのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……さて。俺は別に今回のGTRにそこまで人生を捧げていない。命の奪い合いが認められているとは言っても、たかがレースでそこまですることはないだろう」
「……!?」
せっかく掴んだ若船団長の肩。
そこからひょいと手を離した男騎士。
彼はのんきな感じに若船団長に背中を向けると、船の縁へと突き刺さった愛剣エロスを拾いに動く。そんな彼の背中を目で追いかけながら、げほげほと若船団長が咳き込む。視線と表情には、どこかひりつく鋭さが滲んでいた。
「……貴殿。我らを馬鹿にしているのか。戦いを挑んでおきながら、そのような情けを」
「あぁ、そうか。傭兵団の長であったな。すまんすまん。戦の理は俺も理解しているし、命を賭けて金を稼ぐ貴殿らのことを知らない訳ではない。だというのに、いささか言葉が足りなかった」
申し訳ないと魔剣を腰に差しなおして男騎士が謝る。
どこまでもとぼけたその調子に、さらに苛立ちを募らせる若船団長。
先ほど彼に押さえこまれた肩を抑えながらも、その背後からは戦士としての矜持と、それを汚された怒りが蜃気楼のように立ち昇っていた。
しかし、どこまでもマイペースな男騎士である。
「そう怒るな。ここは戦場ではないだろう。貴殿らも、何やらやんごとなき事情で、傭兵団という立場を一時忘れてこの場に挑んでいるとお見受けする。ならば、命の取り合いまでする必要はなかろう」
「ふざけるな!! 我ら北海傭兵団!! おめおめと負けて恥を晒すくらいなら、いっそ自分から命を――!!」
「どのような汚辱を受けようとも、生きて再起するのが真の戦士だ。戦士の命は戦場において駒の一つではあるが、その心は常に誇り高くあらねばならない。くだらぬ矜持に振り回されて、自分を見失うなど言語同断だぞ」
口調は柔らかだが、言っていることは辛辣である。
なかなか、耳に入れるのが痛い、それは勝者の言葉だった。
男騎士の言葉に若船団長は黙り込む。
手厳しい。だがその根底には、彼が潜り抜けてきた幾多の戦場での真理が籠められている。傭兵団を率いて、幾多の戦いに臨んだ若船団長にも、彼の言葉が戦を知らない者が発したものではないことはよくわかった。
ただ強いだけではない。
冒険者としても、兵を率いる者としても、この男は自分の遥か先を行っている。
そう感じた瞬間、若船団長の身体にまとわりついていた怒気は霧散し、代わりに男騎士と同じどこか気の抜けた息が彼の肺腑から抜けた。
「……完敗ですね。戦士としても、人間としても」
「勝敗など一時のものだ。その場、その時、どちらかの力が勝っただけのことにいったいどれだけの価値がある。いや、傭兵団の貴殿らにはそれはすべてなのかもしれないが、だからと言って、大局的なことを見誤ってはいけない。一時の勝敗の先に求めるものこそが重要なのだ」
「つまり――目的は既に果たしたと」
そう言った若船団長の視線の先――ずいずいとこちらに向かって近づいてくる船の姿があった。大海に訪れた凪の中で、なんとか僅かにある潮流を捕まえて、進むのは海賊船である。
白百合女王国の御旗を掲げたその船は、男騎士たちパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムのもの。彼らは、櫂により圧倒的な速さで凪の海を突っ走っていた北海傭兵団に追いつくと、一息にそれを追い越した。
船の縁から男騎士を見下ろすのは女エルフ。
「ティト!! ほら、逆転したわよ!! さっさとケティたちを連れて戻って来なさい!!」
「分かった、モーラさん!!」
では、撤収と仲間たちに言う男騎士。
その言葉にすぐさまからくり侍は武器を納め、青年騎士は北海傭兵団の兵たちと距離を取り、ワンコ教授が氷の階段を作り上げる。
一目散。
北海傭兵団の船から海賊船へと戻る男騎士たち。その背中に、待ってくれと若船団長が声をかけた。
「戦士よ、名を聞かせてくれないか?」
「俺の名前など知った所でどうにもならんぞ?」
「それでも聞きたい。俺は、将として大切なことを、貴方に教えて貰った。なら、その名を知っておきたいのだ」
ふむ、と、男騎士。
ぼやぼやしていると溶けるわよと急かす女エルフに背中を向けると、男騎士はまたどこかのんびりとした表情で若船団長に名を告げた。
「エルフ・パイオツ・メチャデッカー。それが、俺の魂の名だ」
「エルフ・パイオツ・メチャデッカーか」
最後までつかみどころのない人だと笑う若船団長。
彼が名乗ったその名前が、本名でないことは彼にも分かった。けれども、決して自分を侮って、そんな名乗りをした訳ではないこともよく分かった。
というか、普通に彼の相棒のエルフがティトと呼んでいた。
だが。
全てにおいて敵わない。
諦観と共に男騎士を送る若船団長。
しかしながら、彼の顔にはどこか吹っ切れたようなさわやかなモノが――まるで快晴の海に吹く、さわやかな潮風のような心地よいモノが彼の中に吹いていた。
徐々に南に向かって過ぎ去っていく海賊船。
その船尾を眺めながら、若船団長は魔剣を腰に佩く。
「……ギリンジ閣下。よろしかったのですか?」
「よろしいも何も、負けた俺に選択肢はない。勝者に従うのが戦場の習いだろう」
「こんな西まで下りてきて、我らは飛んだ赤恥ですな。これでは、本国に戻ったところで、いったいなんと言われるやら」
「……いや、これは価値のある負けだ。いろいろと大切なことを教えてもらった」
どのような汚辱を受けようとも、生きて再起するのが真の戦士。
そんな男騎士の言葉を反芻する若船団長。
戦い、勝つことだけが存在意義であり、それ以外をそぎ落としてきた彼にとって、その在り方について何かが変わった言葉であった。
より戦士として、そして将として、彼を成長させたこれは一戦であった。
「そうだな。こんな東の海の果てで、腐っている場合じゃないな」
「はっ、閣下?」
「まぁけど、レースが終わるまでは、な。紅茶の荷も預かってしまっているんだ。まずはそれからだろう――」
遠く離れていく男騎士の乗る船。
感謝の言葉を、小さく、若船団長はその後ろ姿に贈った。
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