第664話 男騎士と護りの一手

【前回のあらすじ】


 男騎士と若船団長相まみえる。

 剣先と口元から魔力を漏れ出させて男騎士へと迫る若船団長。若くして北海のあらくてたちをまとめ上げる彼は、確かな実力の持ち主であった。


 それだけではない。

 彼が持ったカトラス――それはエロスと同じく魔剣の類。


「行くぞ。我が魔剣は霧立つ一振りダインスレイブ。汝の死の匂いを嗅ぎ分ける。貴様にまとわりついたその霧の先が、切っ先の行き着く先よ。一度この剣を抜かせたことを後悔するがいい、中央大陸の戦士よ」


「……面白い!!」


 魔剣VS魔剣。

 かつてないガチバトルが、今、このおとぼけずっこけお色気小説に吹き荒れる。


「おい、良い所なのに、なんでそんなボケる」


 いや、読者の皆が求めているのは、こういうボケかなと思いまして――。


◇ ◇ ◇ ◇


【魔剣 ダインスレイブ: 北海傭兵団に伝わる魔剣。緑の模様が刀身に煌めくカトラス。その刀身に魔力を通わせることにより、敵の急所へと至る道筋こと致死の霧を発生させる魔剣である。その霧を走るように剣を繰り出せば、相手に確実にダメージを与えることができる。問題は、そのような剣技を繰り出す技術があるかどうかであり、魔剣としての権能はそれほど強くはない】


 フレーバーテキストの通りである。

 魔剣ダインスレイブは、敵の致命傷へと誘う道筋を浮かび上がらせる、恐るべき魔刀に間違いない。しかしながら、それを操る腕がなければ、十全に使いこなすことはできない。


 まさに、使い手を選ぶ魔剣であった。


 しかし、それをあえて任されているということは、それだけの実力があるということ。


「参りますよ!! このGTR、死者が出ても問題としないと運営からは聞いています!! 北海傭兵団の名にかけて、貴殿の首をもらい受ける!!」


「威勢がいいな――だが、そうやすやすとくれてやるわけにはいかん」


「そうだぜ。こいつの首はそんな軽いもんじゃねえ」


 ダインスレイブが放った霧。

 その一番複雑な軌道――男騎士の背後へと延びるそれを手繰って、若船団長が舞うような剣筋を見せる。

 男騎士の身体を躱すようにして、左半身に飛び込んだ彼は、身体をつま先で回転させながら、また横薙ぎの一振りを男騎士へと打ち込んだ。


 これに、男騎士、急いで合わせる。

 先ほど魔剣を防いだような曲芸ではない。

 魔剣エロスを両手で抱え、柄を天に向けるような格好になった彼は、血溝の辺りでダインスレイブの刃の先を受け止めた。


 致死の軌道を寸前の所で止めてみせる。

 若船団長の剣士としての才覚もさることながら、男騎士の才覚もまた一級品である。彼の死角を衝くことは容易ならざることであった。


 にやりと笑って、若船団長。また、カトラスで魔剣を弾いて船底を蹴る。

 くるりくるりと、踊るような足さばきで、縦横無尽の船の上で身体を動かす若船団長。そして、そんな身軽な若船団長の、神出鬼没ともいえる太刀筋に、全て紙一重で反応して見せる男騎士。


 まさしく実力者同士の白熱の戦いに、つい、傭兵団の者たちも、男騎士の仲間たちも、手をとめてその成り行きを見守った。


「……すごい、一進一退の攻防。どちらも譲らない激しい戦いだ」


「ござる。ティト殿と互角にやりあう人物がまだこの世にいるとは」


「だぞ。けど、魔剣の権能によるところが大きいんだぞ。ティトの方が、騎士としての経験値が高いんだぞ。大丈夫なんだぞ。きっと、大丈夫なんだぞ」


 そう言いながらも、ワンコ教授の顔色は今一つ冴えない。

 男騎士の剣の腕前を信用していない訳ではない。彼の冒険者としての経験を今更になって軽視している訳でもない。どちらかと言えば、あまりに若い船団長と、その若さに見合わない剣才に、警戒しているのだった。


 何かあるのではないか。


 世に、才能溢れる剣士なぞまたぞろいる。

 中にはこれ一芸というものを極めて、男騎士に肉薄するようなものもいるかもしれない。今、男騎士が目の前にして戦っている者は、そういう一芸を極めた者ではないのか。


 もくもくと剣を合わせる男騎士たち。

 それを眺めながら、ワンコ教授は若船団長の動向をつぶさに観察する。


 一方で、男騎士も剣を合わせながら、この若い魔剣使いの青年の真骨頂がどこにあるのか、それを探っていた。


 魔剣ダインスレイブ。


 致死へと至る剣筋を見せる魔性の剣。

 しかしながら、ただそれだけの権能で魔剣と呼ばれるものなのだろうか。

 実は何か、隠し玉があるのではないのか。この通り、致死と言いつつ、その剣筋は男騎士の魔剣によってことごとく遮られている。


 まったく持って、致死の一撃ではない。

 矛盾する状況に男騎士が眉根を寄せたその時だ。一段、これまでよりも踏み込みの深い攻撃が男騎士に迫って来た。


 必殺の一撃という奴である。


 逆に言えば、これを躱せば相手は大いに体勢を崩すことになる。冷静に、男騎士はその太刀筋を見極めて、いなす段取りを整えた。


「……エロス、すまんが耐えてくれ」


「……いや、待て、ティト。


 魔剣の囁きに、とっさに受けの構えに入っていた男騎士が、強くその柄を握りしめる。強襲した横薙ぎの一撃を、腕を添えた魔剣エロスで受け止めるつもりだったが、肘で剣の腹を押して、襲い来る敵の太刀筋を受けるのではなく弾いてみせた。

 それと共に。


「ちぃっ!! 気付いたか!!」


 弾いた先で、魔剣ダインスレイブの剣先が、にょきりと動いた。


 硬質な剣先がちょうどその反りに合わせて更に折れ曲がる。


 それこそ、受け止めたモノの背後に回り込むように。


 危ない。

 もし、剣を受けていたら、今頃は餌食であったであろう。


 男騎士の背中に冷たい汗が流れた。


「……なるほど。それがその魔剣のもう一つの権能」


「いいや、違うんだな、それが」


 そう言って、また若船団長が構え直す。するとどうしたことか、彼が握っていたカトラスは、いつの間にか鋭利な反りのない直刀へと姿を変えていた。


 これはいったい。

 一瞬の気の緩みに漬け込むように、鋭い突きが男騎士を襲った。

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