第625話 ど維新獅子さんとどざえもん

【前回のあらすじ】


 騎士の身分を捨てて、冒険者としてこれから生きていくことに一抹の不安を感じる青年騎士。彼は、自らの師匠と頼む男騎士に、そんな不安を暴露する。

 本当に自分は冒険者としてやっていけるのだろうか。

 しかしそんな不安に対して――。


「難しい道だとは思う。いろいろなものに恵まれなければ、冒険者をやっていくのは難しいだろう」


 男騎士は素直な言葉をぶつける。

 先輩としていくらでも格好つけることはできた。

 世界を救う活躍もした冒険者の言葉として、それはいささか謙虚を通り越して、自己評価が低いともいえるような内容だった。


 けれどもそんな飾らぬ彼の言葉に、青年騎士は確かに答えを見出した。


「やっぱり大変なんだな、冒険者って。騎士団とはまた違うんだ」


 そういう青年騎士の顔は、まだ迷いはあるが、それでも確かな明るさが感じられるものになっていた。


 新たな人生の幕をなんとか歩み出そうと決意を決めた青年騎士。

 そんな彼――が握りしめている竿の先から。


「すもさん。なんだかお二人して大事な話をしているところすもさん。この釣り針を取ってくれんじゃろうか」


 なにやら、ちょっと、不穏な、台詞が聞こえてきましたよ。


◇ ◇ ◇ ◇


 それはとても巨大な男であった。

 海の中から現れたとは少し信じられない、大海を漂っていたとは思えない、巌のような男であった。ついでに言うと、なんだか偉人のような顔をしていた。そして、見事なまでにしもぶくれのごつい身体をしていた。


 丸坊主にくりくりとした目玉。

 全身黒ずくめのその衣装。

 いったいこいつは何者だろうか。鉄の竿の先にぶら下げながら、男騎士と青年騎士は突然現れたその異相の男にしばし言葉をなくして静止した。


「すもさん。はようこれを外してくれんじゃろうか」


「あぁ、すもさん」


 と、すぐに返事をしたのは男騎士だ。

 つるりと出てきたその言葉に、彼自身も何か違和感を覚える。どうしてこうも簡単に、彼の言葉に反応することができるのか。


 大陸と東の島国で、使う言葉はそう変わらない。

 しかしながら、やはり東の島国は辺境である、多少の訛りが出てくるのは仕方がない。すもさんという言葉は、その訛りのなかでも癖の強い方だった。


 自分はこの喋り方を知っている。

 その時、ふと、男騎士はこの丸坊主の大男の容貌に見覚えがあることに気が付いた。

 それは向こうの大男も同じ。


 はっと息を呑んで、針を外すのも忘れて見つめあう二人。

 しばらくして先に口を出したのは――。


「もしや、冬将軍さまの所で働いておられた、ティトどのではござらんか」


「……えぇ。するともしかして、貴方は擦摩さつまの総大将」


「おぉ!! そうでごわす!! そうでごわす!! 擦摩さつまの大性郷こと、性郷隆盛でごわす!! ティトどの、お互い随分見てくれが変わってしまいましたなぁ!!」


「性郷どん!! あぁ、ご無沙汰しております!! その節はどうもお世話になりもうした!!」


 海から現れた謎の大男の方であった。


 性郷隆盛。

 かつて、男騎士が参加したと言う東の島国の政変。

 その渦中にあった人物。


 革命軍の中心である擦摩のリーダーを務めていた男。

 喋り方からして、すがすがしい好漢然とした感じがする大性郷。

 まさしく将の中の将。大気の器を感じさせる、大人物であった。


 しかしながら――。


「性郷どん。けれどもなぜこんな東の島国の沖合に。いや、性郷どんほどの剛の者となれば、大海を泳いで渡るくらいはなんの不思議もありませんが、しかしながら新しい中央政府の中枢を担っているはずの貴方が、なぜ」


「……それについて説明するには、ちょいとばかし、おまんらが東の島国を去ってからのことを追って話さなければなりもさん」


 どうやら複雑な事情がある模様。

 自分たちの手により平和をもたらしたはずの東の島国。その平和の象徴ともいえる人物のあんまりな変わりように、男騎士は少なからず戦慄した。


 どうしますかと、青年騎士が男騎士に目で尋ねる。

 大切な仲間――女修道士シスターを助けに向かう道の途上。しかしながら、弱った人間を放っておくことができないのもまた男騎士。

 彼は青年騎士の視線に当たり前と言う感じに力強い目で応えると。


「話してくれ性郷どん。いったい、俺たちが去った後に、東の島国で何が起こったのかを。そして、今、東の島国で何が起こっているのかを」


「聞いてしまったらティトどん、おまえさんは嫌でも我々の事情に巻き込まれることになりもうす。それでも構わないというでごわすか」


「構わない」


 迷いのない声だった。

 いつだって、誰かのためにその力を使うことをいとわない男騎士。彼はかつての仲間の弱った姿を前にして、いつもながらの人の好さを発揮するのだった。


 そんな彼の姿を目にして、かわりもさんなと一人ごちる大性郷。


 やはりひとかどの人物。

 しばらく会っていない相手だというのに、その人と形をよく覚えている。

 男騎士に向ける信頼の眼差しをしばし閉じて、彼は――釣られたままの姿勢で腕を組むと、彼の身に起きている――いや、東の島国全体で起きている、ある事情について語り始めた。


「東の島国は今回の政変により、大きく政治体制が変わってしもうた。いや、変えたおいがそげなことを言うのは間違っとるのかもしれんが、とにかく、多くの不満分子が東の島国には溜まっておったのじゃ」


「……なんと」


「万事無事に政変が成った訳ではないのですね」


 何かが変わる時、何かが割を食うのは世の常である。

 勝者の下には常に敗者の屍の山があり、その怨嗟の声が嫌でも彼らの耳に纏わりつく。その屍を踏みしめ、勝者はその勝利に責任を持って道を歩まねばならない。


 それができるだけの男だと、男騎士は目の前の男を信じた。

 きっとそれを乗り越えて、よりよく東の島国をしてくれると信じていた。

 だからこそ力を貸した。


 しかし、今、大海の藻屑と化した彼には、どうやらそれだけの力はないようだった。志は、かつて彼らが出会った時と変わっていない。しかし、何かが、彼の中から消え去っていた。


「おいは、その暴発をなんとか止めようと、八方手を尽くした。そして、結論として、おいが中央政府に身を置く限り、彼らを御することはできんと思うて、政府を性介どんに任せて在野に下った」


「……まさか」


「おいは荒ぶる彼らの頭目に収まり、なんとか彼らをなだめすかせようとしたんじゃ。じゃっとん、全ては無駄でござった。無力、時代の流れの前に、人間はあまりに無力。ついに彼らの思いは爆発し、戦が起こった――そう」


 その名は、性難戦争。


 言葉の響きは普通。

 だが、字面がまたしてもやばそうな、そんな感じの戦争であった。

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