第579話 ど店主さんと走れメッロス
【前回のあらすじ】
白百合女王国の次期女王として、レジスタンス組織の横暴を許さないこと、そして第二王女の救出を決意した第一王女。
女王としての片鱗を発揮し、王女たちと第二王女の隊商の隊員たちの心を掴んだ彼女は、梁山パークに戦いを挑もうとする。
一方で、今回の一件に男騎士が絡んでいることに気が付いた女エルフたち。
彼女たちもまた自分たちのできる範囲で、やれることはないかと考え始めた。
その時――。
「どうやらお待ちかねのようだな」
「そ、その声は!!」
「だぞ!! まさか!!」
各章で、一度は活躍するのがお約束の男の声がテントの中に木霊する。
そう。満を持して登場したのはこの男。
この作品のトラブルメーカーにして、どエルフメーカー。
男騎士が馴染みにしている道具屋の店主。
彼であった。
◇ ◇ ◇ ◇
「店主!? どうして店主がこんな所に!?」
「だぞ!! いつもいつも神出鬼没なんだぞ!!」
「いきなりですねぇ、びっくりしました。ところで、なんなんですかこの人は?」
なんなんですかこの人はってかとさわやかに笑う店主。
その表情のさわやかさと裏腹に、この男は微塵もさわやかな性格をしていない。そのことを、長い付き合いの女エルフたちはよく知っていた。
今回についても、まるで見計らったように現れて。
いったい何が目的なのか。
おちょくられるのはもはや既定路線。
どんよりとした視線が女エルフから店主に向かう中、麻袋を担いでやって来た道具屋の中年店主はどっこいせとその場に袋を降ろした。
「俺はしがない街の道具屋の店主。まぁ、こいつらとはちょっとした古なじみだ」
「はぁ。冒険者稼業をしているとそういう付き合いもあるんですか」
「こいつらが道具をおもとめとあれば、たとえ火の中水の中ダンジョンの中。どこだって現れてアイテムを卸す。それが俺の道具屋としての
「なかなか骨のある人物ですね。今どき珍しい仕事人です」
そんな大層なものではない。
法王が、どこか感心した感じに店主を見る様子に、困惑する女エルフ。
どうやって説明してやったものかと眉間にしわを造って考え込んでいる内に、ごそごそと店主は麻袋の中からアイテムをあさりはじめた。
取り出したのはただの紙切れ。
掌より少しだけ大きいサイズのそれには、墨で人の絵が描かれていた。
店主の身の上を法王に説明するのを一旦忘れて、はてと女エルフが首をかしげる。それはと尋ねる女エルフに、店主は手に持った札を掲げて語り始めた。
「商品番号1919番!! 走れメッロスの札!! この札を貼ったがすわ大疾走!! 走り出さずにはいられなくなる魔法のアイテム!! 人間の限界を超えて千里を走る魔法のアイテムだ!!」
【アイテム 走れメッロスの札: アホな羊飼いがアホなことをして捕まり、真面目な石工の友人を人質にして自由の身となり、アホみたいに三日間走り回って、アホな王が感動するという、すがすがしいまでのアホは人の心を救うという伝説――を下敷きに造られた魔法の札。またの名を、神行太保の札という。これを両足に張って走るとアホほどよく走れる。もうなんていうか、動く脚の姿がみえなくなるくらいびゅんびゅん走れる。腕組んだまま高速移動できる魔法のアイテムである】
またそんなマニアックなアイテムを持って来たなと女エルフがあきれ返る。
一方で、純粋なワンコ教授と法王は、おぉとそのおあつらえ向きなアイテムに素直に感嘆の声を上げた。
なるほどこの札を足に貼って走ったならば、第一王女たちに先んじて梁山パークの本拠地であるジューン山に向かうことができるだろう。男騎士という打撃力を欠いた状態の女エルフたちだが、奇襲ならばワンチャン、可能性はあるかもしれない。
「だぞ!! さっそくこの札で先回りするんだぞ!!」
「善は急げです!! さっそくこのアイテムを買いましょうモーラさん!!」
「うーん、いや、そうなんだけれど。そうなんだけれども……」
「何を迷っているんですかモーラさん!!」
「だぞ!! もしかしたら、ティトも捕まって拷問を受けているかもしれないんだぞ!! 時は一刻を争うんだぞ!! モーラ、早く決断するんだぞ!!」
すっかりと店主ショッピングの餌食になってしまったワンコ教授たち。
しかし、どんな時でも冷静な女エルフは忘れない。
忘れないというか油断しない。
こんないかにも便利なアイテムを出しておいて――思わぬ副作用によりどエルフネタで弄られる。
それはもう、店主が出てくれば次はこうなるというくらいの鉄板ネタだ。
必然、身構える。
女エルフが店主の出したアイテムに対して身構えてしまうのは、もはや仕方のないことだった。
「……それでオチは?」
思わず、オチはとか訪ねてしまうレベルである。
もう仕方なかった。彼女にとって、店主とはそういう存在だった。
彼の出すアイテムを信用していない訳ではない。しかし、ある意味そういうネタを必ず仕掛けてくるという点でも信用している。
この登場、そして、アイテムには何かしらの含みがある。
そう考えて思わず青ざめた顔で尋ねてしまうのは、もはやパブロフの犬のような反射条件と言ってもよかった。
「ははは、なんだよモーラ。そんな人のアイテムに欠陥があるみたいに。そんなのある訳ないだろう。疑い過ぎだぜ」
「いや、割と一癖も二癖もあるアイテムばかりでしょ、アンタが出して来るのって」
「やれやれ、俺も疑われたもんだなぁ。そんな疑われるほど悪いことしたか?」
「割と、しょっちゅう、むしろ、ほぼ、顔を合わせる度」
歩くエルフセクハラ装置のような言いぐさである。
一切の感情を見せずに言い放った女エルフに、さすがの店主も押し黙った。
無言の圧力が店主に向けられる。
こっちが怒る前に、そっちから白状しろ。
そんな感じの静かな圧であった。
耐えかねたか、それとも、罪悪感が咎めたか。
店主がついと視線を逸らす。そしてそのまま、誤魔化すことはできないという感じに、彼はそれを呟いた。
「神行大保の札を貼ると」
「貼ると?」
「……下半身が馬になります」
「……下半身が!!」
「……馬にだぞ!!」
それ見たことかと女エルフが眉を吊り上げる。
どうせそんなオチだと思ったよと強気の顔になる。
「私の下半身を馬にして、馬並みとは流石ですねどエルフさん、さすがですとでも言うつもりだったかこのダボが!! ほれ見たことか、やっぱりそういうオチがあるんじゃねえか!! そうは簡単に引っかかるかってえの!! 誰が馬並みじゃぁい!!」
「エルフケンタウロスという新境地が見たくって。それで、それでちょっと、欲をかいてしまいました」
「何が欲をかいてじゃ!! 毎度毎度そう簡単に人が引っかかると思ったら大間違いなのよ!! あぁよかった、貼る前に確認して!!」
勝ち誇った顔で店主に言う女エルフ。
これで一安心と思ったその時――。
「いや、けど、馬になるって言っても、牝馬なら馬並みとかそういうネタにはならないのでは?」
法王の辛辣なツッコミが女エルフを刺し貫く。
確かにその通り。
馬並みでも、それは牡馬だからこそネタになる奴である。
牝馬ならそんなネタにそもそも発展しない。
いや、とても重度なケモナーなら、ネタになるかもしれないが――。
なんにしても。
「ちょっと自意識過剰じゃありませんか、モーラさん。馬並みがどうとか、勝手に想像して勝手にはしゃぐとか――流石ですねどエルフさん、さすがです」
「い、いやぁああああ!!」
女エルフ。
完全に今回は自爆。
警戒したのが裏目。
墓穴を掘る結果と相成ってしまった。
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