第574話 どエルフさんと夢の跡

【前回のあらすじ】


 ヅカ。

 それは乙女たちの永遠の憧れ。

 ヅカ。

 それは乙女たちの儚き夢想。


 夢と浪漫と萌え属性をこれでもかと詰め込んだ彼女たちが求める理想の男性像。


 こうあって欲しい。

 こういうお方と恋したい。

 こんなお方がいたならば。


 そんな願望がマシマシで盛りつけられた、女による女のための女の中の男。

 それがヅカなのである。


 だから――。


「エルフ崎夢彦たーのーしーいー!!」


 普段色んなことで抑圧されているどエルフさん。

 彼女にとって、そんなキャラクターを演じることが楽しくない訳がなかった。

 そして、彼女の求める理想の男性像は、見事にヅカマニアの第三王女の心を射抜いたのだった。


 かくして、女エルフたちは第三王女を味方につけることに成功した。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞ。エルフィンガーティト子で、TS展開にはならている僕だけれど、今回のエルフ崎夢彦はちょっとドン引きだったんだぞ」


「いくらお義姉さまびいきの私でも、ちょっと擁護できないくらいの激しい熱の入れっぷりでしたね。もしかして、そういう願望が根底にあるのかもしれません」


「……ナイスファイトですエルフ崎夢彦。おかげで第三王女も味方についてくれました。これも全て、モーラさんが身体を張ってくれたおかげです」


 ぐっとサムズアップで女エルフの健闘を称える法王ポープ

 しかしながら、その親指の腹を向けられた当人の表情は冴えない。


 まるで夢から覚めたアラサーOLのよう。

 明日からまた仕事なのかという絶望感。

 あるいは、楽しい時間がもう終わってしまうのかという寂寞感。

 はたまた、どうしてエブリデイが日曜日じゃないのかという、働くことへの根本的不安。


 なんにせよ。

 やつれた顔した女エルフは、長い髪をまとめて造ったリーゼントを解き、だらりと垂らすとその場に崩れ落ちるように膝をついた。


「くっ……殺せ!!」


 女騎士がよく言う台詞であった。


 誇り高い部族の女エルフもよく言う台詞であった。

 しかし彼女はそのどちらでもない。冒険者パーティに所属してのほほんと後方支援、いざとなったら転移魔法で逃げる系の知的キャラクターであった。


 そんな知的キャラクターだからこそ、一時の気の迷いに流されて、エルフ崎夢彦なんていうアホなキャラクターを演じてしまったことが歯がゆくて仕方がない。

 どうしても自分のやったことが自分でも許せなかったのだ。


 そう、今、女エルフは、猛烈に後悔していた。

 ノリノリでエルフ崎夢彦なんていう、色物キャラをやってしまった自分を恥じていた。


 それでもって。

 そんなことをやってしまったというのに。

 後悔しているというのに。

 それでも、妙な充実感を覚えている自分を恥じていた。


 何を自分はしているのか。

 これでは男騎士と変わりないではないか。

 そもそも、自分の理想の男性像があれって、それはそれでいいのか。


 ちょっとヤベーんじゃないのか。

 いや、随分ヤベーんじゃないのか。


 女エルフの中に押し寄せる仄暗い不安。

 もうどうしていいのか分からない、そんな感じで首を振る彼女に、そっと優しく手を差し伸べる者があった。


 それはこの大陸に住まう人々の心をあまねく救う者。


「モーラさん、悩む必要なんてないんですよ」


「……リーケット」


 法王である。

 女エルフに、なんでもするという言質を取って、無茶苦茶なことをさせた今回の事件の黒幕にして、絶対にこの一件を楽しんでいた女。

 彼女は、さも寛大かつ尊大な素振りで女エルフに優しい言葉をかける。


 その言葉の裏に何か意図があると分からない女エルフではない。

 しかしながら、これがまた何かしら酷い仕打ちへの仕込みだと分かっていても、その言葉に耳を背けることは不可能。自分の中の深い部分に眠っていた根本欲求を抉り出され、この上なく傷ついていた彼女に、それはできなかった。


 そんな彼女の複雑な心境を踏まえた上で。

 悪魔のような老練さで。


 愉悦を顔に張り付かせて、法王が粘り気のある笑みを見せる。

 ぞっと女エルフの背中を悪寒が走る。その光景を見ていたワンコ教授たち仲間にも、その名状しがたい不安感は伝わった。その場にいる全員が、法王のサディスティックなその微笑みに肝を冷やした。


 対して法王、そんなことなど微塵も気にせぬ様子で、淡々と語る。


「人間とは、人にはさらけ出すことができない弱い部分を誰しも持っているものです。モーラさん、エルフ崎夢彦もまた、貴方の抱える弱い部分なのですよ」


「……そうかも、しれないけれど」


「それを受け止め、前に進むことができるのが人間の強さなのです。さぁ、受け入れましょう。自分は――キザで女ったらしで、歯の浮いたようなセリフを平然と吐き、それとなくボディタッチをしてくるような、ザ・ジゴロみたいな男が好きなのだというその事実を」


「ザ・ジゴロって何よ!! 違う!! そんなんじゃない!! あれは、リーケット、貴方がやれと言ったから仕方なく!!」


「おやおや、私がやれと言ったのはヅカキャラだけですよ。何も、あんな性格のキャラクターをやれとは、一言も命令していません。むしろそこはモーラさんの裁量に任せてあげたんじゃないですか」


「そうかもしれないけれど!!」


「どうしていいか分からなかったというのなら、無難にティトさんの真似をしていても問題なかったんですよ。なのに、なんであんなベッタベッタなキザ男を演じてしまったんですか。やはり心のどこかで、あぁいう男がいいと懸想している自分がいるという、これはなによりの証拠なんじゃないですか」


 違う、違うわとかぶりを振って否定する女エルフ。

 いいえそんなことはありませんと、そんな彼女を追い詰める法王。


 人々の心を救うはずの法王。

 しかしながら、完全に女エルフをおもちゃにしている。

 性質の悪い絡みっぷりに、さしもの女エルフパーティも、今回ばかりは流石だなと弄る気にもなれないのだった。


「……鬼なんだぞ」


「……鬼ですね」


「素直になりましょうモーラさん。モーラさんはあぁいう男が趣味なんですよ」


「違いますぅ!! 断じてそんなんじゃありません!! 違うのぉ!! 悪趣味なんかじゃないもん!! 違うもん!!」


 しかしやってしまったもんは仕方ない。

 今更、何を言ってみたところで、エルフ崎夢彦という強烈なキャラをやってしまったあとでは、どんな言葉もむなしく響くだけだった。

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