第537話 第一王女さんと偉大なる母
【前回のあらすじ】
男騎士たちの名を微妙に語る偽英雄たち。
彼らの目的はずばり、白百合女王国にて勢力を拡大しているレジスタンス――梁山パークに合流し、かの国に新しい政府を作り上げることであった。
女傑カミーラの不在が招いたこの惨状。
しかし、かつての盟主をあっさりと裏切り、新しい政府を立ち上げようというのは、いささか第一王女にはショックな内容だった。
狼狽える妹分を優しく慰める女エルフ。
そして、男騎士たちを残して立ち去ろうとする偽男騎士。
なんにしても――。
「うっ、こら、暴れるな!! 暴れるんじゃないスレイプニル!! 言うことを聞くんだ、うぁーっ!!」
「まぁ、とりあえず、放っておいても問題ないだろう」
「そうだな」
馬に乗って立ち去ろうとするにもこのもたつき具合。
余裕の表情はどこへ行ったのやら。馬に乗るだけでいっぱいいっぱいな感じの偽男騎士に、この国が立て直せるとはとても思えないのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「という訳で、我々はジューン山の梁山パークを目指しております。もし何かあれば、そこをお尋ねください」
ふふふと聞こえる聖剣女の声。
誰が行くかと心の声で毒づく魔剣エロス。
彼ほどではないにしても、男騎士もその気はない。
まぁ、機会があったならばと軽く誤魔化して、彼らは袂を分かったのだった。
ぱからぱからと聞こえる馬の足音はとても軽い。
旅路を急ぐ者の足音にはとても聞こえなかった。
そうして四半刻。
十分彼らの姿が見えなくなったのを確認すると、ようやく男騎士たちは、ふぅと落ち着いたため息を吐きだした。
「なに、あれ。有名税にしたって、もうちょっと似たのを用意しなさいよね」
「だぞ。僕は狗族なんだぞ。なんで猫族の獣人になってるんだぞ。しかもあんな怠け者なんて信じられないんだぞ」
「コーネリア姉さまの偽物も、今一つ品位が足りていませんでした。脳みそに回るべき栄養を、胸に回したようなそんな感じの下品な女でしたね。許せません」
「いや、それはあっちもそうだったでしょう。実際、脳みそよりも違う部分に回ってたでしょう。というか、脳みそよりも本能で動いてたでしょう」
辛辣なツッコミを法王に容赦なく入れる女エルフ。
実の妹よりも、彼女のことをよく知っているエルフの言葉には重みがあった。
そして、その脳みそに回っていない栄養のせいで、さんざん味合わさせられた屈辱を言葉に滲ませて、女エルフは法王に言い放った。
一方、一団の中で難しい顔をしたのは男騎士と第一王女だ。
特に第一王女は、どうしていいのかという青い顔をして、口元に頼りなさげに手を添えていた。
視線は泳ぎ、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
明らかな動揺。
すぐに女エルフが気がついて、彼女に向かって大丈夫かと声をかけた。
曲がりなりにも一国の王女。
そして、彼の女傑の娘である。
大丈夫ですとその問いかけには即答する。しかしながら、即答しても、その声色はガタガタに震えていた。
女傑の娘がまた女傑という訳ではない。
もちろん、かの苛烈な女王の横に居て、その薫陶を受けなかったというのなら、それは嘘になるだろう。しかし、強気な女王の長年に渡る在位は、次代の王女を堕落とまでは行かないが、優柔不断にさせるのには十分な環境だった。
偉大なる母。
それは彼女の根幹としてあるものだった。
そしてそれが失われたと改めて思い知らされた時、第一王女は自分がこんなにも弱弱しい存在であったのかと、今更ながら痛感していた。
事実これまで、男騎士や女エルフに守られて、自身が冒険者としてなにもできていないことがそれを証明している。
今、彼女の心の中に溢れか返った情けなさは、指を食んでも止めることができず、思わずその唇が震えるほどであった。
「お姉さま。私は情けないです。母上に頼るばかりで、今もこうして、お姉さまたちに頼りっぱなしの自分が。私にも、母上と同じような、力があったなら――」
「なに言ってるのよ、エリィ。しっかりなさい」
泣き言を呟く第一王女を、女エルフが叱咤する。
それは一切掛け値のない、本心から出た言葉に間違いなかった。言いよどみもなく発したその言葉に、はっと第一王女が我に返ったように顔を上げる。
母の不在と、王族としての使命。その不安に怯える第一王女。そんな彼女をしっかりと抱き留めて、大丈夫よと言う女エルフ。
母を救い、長年の呪縛から解き放たれた彼女には分かる。
第一王女もまた自分と同じ、偉大なる母への想いに憑りつかれていることを。
そしてそれを振り切らなければいけないということを。
ゆっくりと、彼女は自分に言い聞かせるように、そして、思いやりのある言葉を妹分に向かって紡いだ。
「エリィ。貴方のお母さんは確かに偉大な人よ。そして貴方はこの国の王女。けれども、それに縛られる必要なんてないの」
「……お義姉さま」
「貴方が望むように生きなさい。そのためなら、私たちは幾らだって力を貸すわ」
だから安心してと肩を叩く。
ようやく安堵に表情をゆがめた第一王女。
そうですね、その通りですと言った彼女の顔から、すくなくとも不安は取り除かれたようだった。もっとも、まだ、根本的な原因の解決には至っていないが。
それはまたおいおい、女エルフたちと共に解決していけばいいことだ。
と、一息ついた所で。
「ところでティト。アンタはなんで悩んでいるのよ?」
「……モーラさん」
男騎士。
彼が悩んでいる理由に心当たりがまるでない。
故に女エルフが仕方なくそれを尋ねると、男騎士は蒼い顔をして女エルフを見るのだった。
しかしながら、第一王女に向けたような、慈悲の眼差しはそこにはない。
いつもの辛辣というか――死んだ目がそこには浮かんでいた。
「今更、思い至ったのだがな」
「うん」
「あの、俺の偽物の名前――すこし間違えば放送コードにひっかかりそうだった。今後、俺の名前をあぁ言う風に、間違って語る奴らが大勢現れるのではないか。ふと、そんなことを思ってしまうと、気分が」
さんざん自分を弄っておいてそれかという顔をする女エルフ。
さぁ、行きましょうか。
悩む男騎士をほっぽって、女エルフは歩き出す。
相棒のセンチメンタルな悩みを華麗に無視してみせた。
「ティン〇ー、おティン〇ィン・マックロイ、ティン〇ィーンズ。そんな奴らが現れたらと思うと今からもう恐ろしい」
「相変わらず想像力だけは豊かね。流石だわどティトさん、さすがだ」
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