第533話 ど男騎士さんと偽英雄さん

 騒がしい夜営から一晩が明けた。

 男騎士たちは日が地平に完全に昇り切る前から準備をしてテントを片付け、焚火の始末をすると白百合女王国へと続く道を歩き始めた。


 一応、彼らが行くのは街道である。

 白百合女王国側からも、また、その近隣諸国や街から来る人たちともすれ違う。しかしながら、流石に戦いのあった白百合女王国の方から来る人は少ない。むしろ、後ろから男戦士たちを追い越していく、隊商や馬に乗った冒険者たちの方が多いくらいだった。


「……こんなことなら、私たちも馬くらい用意するべきだったわね」


「あれ、お姉さまって騎乗スキル持ってるんですか?」


「まぁ、ティトの後ろに乗せて貰って移動することくらいはできるわよ」


 言うが早いか、第一王女、男騎士、法王が顔を引きつらせる。

 後ろに乗せてもらってだってと、男騎士が呟くと――あ、このノリ久しぶりだなぁと、女エルフが白けた顔をした。


 そう。

 ここ最近、なんかテンプレの形が崩れてしまって、見なくなった当初のどエルフネタである。騎乗は騎乗でも、違う騎乗のスキルネタである。


「馬に乗るより人に乗るだなんて。なんという逆転の発想。いや、ドスケベな発想。そんな発想ができるなんて、やはりお姉さまは天才なのでは」


「人に乗るってなんじゃい!! 後ろに乗るって言ったじゃないのよ!! ティトが乗っている馬の後ろに乗るって意味よ!!」


「……後ろから乗る。そんなケダモノみたいな騎乗、幾らなんでもドスケベすぎやしませんかモーラさん。これはお姉さまも苦労するはずです」


「苦労してんのはこっちよ!! というか、アンタもかリーケット!! アンタも姉と同じで私の言葉尻を摑まえてなんやかんやと言ってくる奴か!! ほんと、姉妹揃ってそっくりだな!!」


「いやぁ、後ろからズブリはいやなの。モーラさん、優しくしてぇ」


「ほんで!! ティト!! お前は!! 安定だなぁ!!」


 べしりべしりと男騎士を叩く女エルフ。

 あとは流石だなどエルフさん、さすがだ――と、キメ台詞を誰かが呟けば話は終わる。そんな中で、突然彼らの背後に人の気配が忍び寄った。


 白百合女王国へと向かう人たち。

 軍用馬ではなく農耕馬に跨ったその一団は、徒歩で移動している男騎士たちを見下ろして、何故だか妙に後ろ髪を引く皮肉めいた笑顔を見せた。


 この手の表情をされてイラっとなるのは他でもない。

 沸点の低い女エルフだ。


 彼女は、男騎士の放っておけばいいのにという感じの視線を避けて、馬に跨る男たちに並んだのだった。


 灰色をしたフルプレートメイルが輝く。

 その兜の下から、赤い色をした髪の毛と顎髭、そして逞しい肉体が覗けている。一目に見て分かる冒険者だ。

 しかし――。


「うん? なんか思った以上にもやしっぽい?」


 いともたやすく放たれた気迫。

 そのとげとげしい視線を感じて、女エルフは長年の勘から、この目の前の冒険者が見かけに反してしょぼい戦歴しか持っていなさそうなことを見抜いた。


 太陽を背にして先頭を行く男が口を開く。


「なんだエルフの娘よ。俺の行く手を遮るつもりか。どのようなつもりか知らないが、無知というのは恐ろしいものだな」


「無知? 無知ですって? そりゃこっちの台詞よ!!」


 私たちがいったい誰だと思っているのと、遠慮なしに食ってかかろうとする女エルフ。そんな彼女をどうどうとなだめすかして押さえつけたのは男戦士だ。

 すみません、このエルフ沸点が低くってと引き下げようとするが、やはりどエルフ、一度前に出たら引き下がらない。


 一向に男騎士の動きに従わない彼女に、誰もが辟易とした時。


「ちょっとティントォ。そんな田舎エルフ放っておきなさいよ」


「そうですますティントォさま。せっかくの救国の大英雄が、そんな些細なことに関わっていては名が泣いてしまいますわよ」


「にゃにゃ。ティントォ、自重するニャァ。またたび美味しいニャァ」


 現れる、白銀の髪をしたボインエルフに、金色の髪をしたダイナマイトセクシー女修道士、そして、やる気なし猫盗賊。

 これはいったいどういうことかと首を傾げる男騎士たちの前で、馬にまたがる赤髪の男は、腰に結いつけた和刀を抜いて男戦士に切先を向けた。


 まったく人を斬ったことがないのだろう。

 刃こぼれ一つないその刃が、日の光を受けてきらりと光る。

 刃先も微妙に丸みを帯びている。きっとこの剣がなまくらということも知らないのだろう。


 白けた風が男騎士たちの間を抜けてしばらくして、赤髪の男はにっと男騎士に向かってその口角を吊り上げた。


「我こそは、中央大陸への暗黒大陸の侵入を防いだ大英雄。ティントォ」


「ティン」


「トォ」


 なんて卑猥な名前なんだ。

 言わずもがな、そこに居る誰もがそう感じ――おそらくその名前の元ネタであろう男騎士の顔を覗き込むのだった。


 ティントォである。

 伏字を使わない方が健全とはこれいかに。

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