第526話 ど男騎士さんと見送り

【あらすじ】


 洋風のお葬式に泣き女は大切。

 女修道士のお葬式にも多くのお見送りの泣き女たちが訪れたのだった。


 ただし――。


「あぁん!! シコりん!! どうして!! どうしてぇ!! アタシを置いて一人で行かないでシコりん!! アタシ、そう、アタシは――エルフィンガーティト子!!」


「そう、俺こそは――エルフィンガー店主!!」


「エルフクィーン!!」


「シッコリーン!!(エルフィンガーゼク子)」


 新宿二〇目の悪ふざけのようなラインナップであったが。


「頼むなよ!! あんな奴に!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 馬車に揺られてドーナドナ。

 運ばれていく女修道士シスターの入った棺桶。

 手はずでは、この後すぐに街にある教会へと回収されて、日を置いてから教会本部のササキエルの街へと送られるのだという。


 土煙を立てて遠のいていく馬車の背中を眺めながら男騎士たちはたたずむ。

 女エルフのツッコミが功を奏したか、彼らの格好は普通のものに戻っていた。


「さて、それじゃそろそろ行くとしましょうか」


「……待てモーラ。そして、ティト」


 女修道士シスターを救う旅に出ようとする男騎士たち。

 そんな彼らを引き留めたのは壁の魔法騎士だった。


 どうやらただただふざけるためにやって来た訳ではないらしい。リーナス自由騎士団の長としての貫禄をすっかり取り戻した彼は、伝えなくてはならないことがあるという感じに、眼鏡の下から鋭い視線を男騎士に向けた。


 再びリーナス自由騎士団の騎士としての矜持を取り戻した男騎士。

 彼の表情には義姉の伴侶に対する引け目はもうない。壁の魔法騎士の言葉に逃げることなく立ち向かって、彼は静かになんだという視線を義兄に向けた。


 壁の魔法騎士がそんな彼の素振りに少し嬉しそうに口角を吊り上げる。

 しかし素直でないのか、彼はすぐに眼鏡の角度を合わせるふりをして表情を隠したのだった。


「暗黒大陸の脅威は未だに消えた訳ではない。魔神シリコーンは、謎の勇者によって封印されたようだが滅した訳ではない」


「なに?」


「そういうことよん」


 太陽を遮るように紅色の日傘が突然に現れる。同じく紅色の蝙蝠が集まったかと思うと人の形を作り上げた。


 女修道士シスターの葬儀にオカマ大集合。

 そんな惨状を前にして本職がどうしたのか。

 今までとんと姿を現さなかったオカマ僧侶である。


 彼女はひょいと日傘の中でくつろいで足を組んでみせると、ふぅと気だるげなため息を吐きだした。そのため息の理由を、女エルフはもちろん男騎士たちも知っている。


 彼女は女エルフたちが旅立ちの準備を進める一方で、暗黒大陸と魔神の同行について調査をしていたのだ。もちろん、ゼクスタントも調べていたが――神のみぞ知る世界という奴である。暗黒大陸の動静は別として、魔神の状況については神と交信するだけの権能を持った大僧侶であるオカマ僧侶を頼るしかなかった。


「マーチ様と交信したけれど、いま、魔神は大根を突っ込まれた影響により一時的に力が弱っているだけに過ぎないわ。暗黒大陸で信仰を取り戻し、力を蓄え直したならば再び中央大陸に攻め込んでくるわよ。間違いないわ」


「暗黒大陸側の将兵たちもその腹積もりのようだ。撤退に紛れて混入させたカロッヂの手の者から、早くも軍の再編をしているという情報が入っている。もっとも、魔女ペペロペを失い、その参謀役を演じていたゴブリンティウスもこちら側に寝返った――」


 暗黒大陸が再び中央大陸に対して侵攻をしかけてくるにはまだ十分時間がある。

 だが、うかうかとしている場合でもない。


 状況だけを考えれば、女修道士シスターを復活させるためだけに男戦士たちを旅立たせるのは早計と言っても差し支えなかった。それよりも優先してやるべきことは幾らでもある。


 しかし――。


「だからこそ、神々との謁見を貴方たちはしなくちゃいけない。かつての私たちがエルフソードの二振りを授かり、魔神シリコーンを封印したように。また、神々から承認を受けて、魔神シリコーンに対するさらに厳しい対応の合意を得るのよ」


 偶然にもその優先事項と女修道士シスターの復活という目的が一致した。

 男戦士たちと法王ポープが頷く。


 そう、この旅は、女修道士シスターの復活の旅であると同時に、神々との謁見の旅でもあるのだ。彼らは幸運の神――アリスト・Ⓐ・テレスに謁見したのと同じように、この世界に満ちている神々と会わなければならない。

 そして、彼らとたもとを分かった魔神――シリコーンについて、人の手により封印あるいは滅することを許可してもらわなければならないのだ。


 暗黒大陸への侵略への対抗。

 それは、今回の戦いを経て新しいフェーズへと移行していた。


 と、そんな中、怪訝な顔をする女エルフ。

 いつだって、どんな時だって、自然と共に生きるエルフ族は、人間の奉る神の理に対して懐疑的だ。たとえ確かに彼らの手によって、世界が回されているのが間違いようのない事実だとしても、それは変わらなかった。


「……それ、神さまたちが勝手にやったらダメなのかしら?」


「ダメよ。彼らは自分たちの手から、この世界の命運を私たちに委ねたの。それを、無理やり干渉するのは筋が違うわ。もっとも、魔神の同行について彼らも気を巡らせていない訳じゃない。個々で力を貸すことはあるわ――」


 けれども本質的に魔神をこの世界から排除するためには、個々の力だけでは不可能。全ての神々の力を合わせて、そして、人の意志がそこになくてはいけない。


 旅立つ前に聞かされたことだ。

 それでも女エルフが納得できなかったことだ。

 これもまた壮大な一つの儀式なのよと、オカマ僧侶が笑う。その隣に立つ壁の魔法騎士がその微笑みに合わせるように拳を突き出した。


「ティト。残る神は、冥府神ゲルシー、破壊神ライダーン、戦神ミッテル、知恵の神アリスト・F・テレス、トリックスターのアッカーマン、そして人造神オッサムだ」


「あぁ」


「お前ならきっと謁見を無事に済まして帰って来ると信じている。この世界を――中央大陸を救ってくれると信じているぞティト」


 突き出した拳に拳をぶつける男騎士。

 彼は真っすぐに壁の魔法騎士を見るや頷いた。

 もはや彼らの間には、少しのわだかまりもなかった。


 そう、親指の先くらいしかわだかまりはなかった――。


「って!! さりげなく親指にぎりこむんじゃないわよ!! 小ネタ!!」


 突き合わせた手は限りなく卑猥だったが。

 それにしたって。


「これに気が付くとは流石だなどエルフさん、さすがだ」


「……さすがだ」


「重ねて言うな!! このアホ騎士ども!!」


 打って変わってシリアスパートかと思わせてこの切り返し。

 やっぱり今週もどエルフなのであった。

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