第518話 ど男騎士さんとその死

【前回のあらすじ】


 最終決戦にて、味方側が犠牲を被るのは物語のお約束。

 しかしながらその対象はいつだってサブキャラクター。主人公のかつての宿敵、友人や幼馴染といった、死んで主人公にパワーを与える人物である。


 そは物語を盛り上げるためのテンプレート。

 約束された勝利の展開デウス・エクス・マキナ


 しかし、このお話はどエルフさん。

 普通の展開では済まさないし、済まされないのがこの小説。今、満を持して、この時まで温めておいて、必殺の展開が火を噴くのであった。


 そう――。


 主人公ティトまさかの死亡。


「え、あいつ主人公だったの!?」


 タイトルはどエルフさんだけれど、そんなの文脈を読めば明らかでしょう。


 というわけで、主人公が頓死しましたがどエルフさん。

 今週もはじまります。


◇ ◇ ◇ ◇


 男騎士まさかの死亡。


 首を無残にも跳ね飛ばされながらも仁王立ちしてなんとか堪える。

 杖の代わりに地面に突き刺した剣。それにもたれかかってなんとか体勢を保ったのは、何も戦士としての意地や矜持からではない。


「……はやく!! 首を繋ぎとめないと!!」


 彼の身体には【鬼族の呪い】が刻まれている。

 その呪いの理に従うならば、彼の身体は幾ら斬られても再生される。再生を拒むには、その身体から頭を切り離し、その能力が費えるまで放置するより他にない。


 今、男戦士の身体と頭は切り離された。

 再生する【鬼族の呪い】の能力は発動しない。

 しかしながら、すぐにそれを元に戻せば――。


「させないわぁん!!」


 魔女ペペロペの操る修正棒が男騎士の顔に向かって振り下ろされる。

 鋭利なその棒――というよりも黒刃の剣のようになったそれは、男騎士の地面に転がる頭をなますに斬り裂いた。


 おびただしい量の血が辺りにばら撒かれる。


 同時に、女エルフの顔に絶望が広がった。


 絶望と恐怖。

 襲い来る負の感情に顔を引きつらせる女エルフ。

 しかし、その時、野太い声が、彼女に叱咤の声をかけた。


「なにやっているんだモーラ!! お前、放心している場合じゃないぞ!! これ以上ペペロペを増長させるな!! こいつを止めれるのはお前だけだ!!」


 声の主は男騎士の愛剣――エロス。

 儀式魔法【漢祭】の終了により、生前の姿を失ったかつての大英雄は、ただのエロ剣に戻っていた。しかし、そんな身で声を荒げて仲間たちを激励する。


 彼にもまた、どうしてもなさねばならないことがあった。


 男騎士を差し置いても、かつての仲間たちを差し置いても、成し遂げなければならない目的。愛した女。魔女ペペロペにその身を奪われた憐れなエルフ。

 そんな彼女を自由にするため、彼はその身を滅することになった。

 そして、その身を滅してもこの世界に魂を留まることになった。


「たのむモーラ!! 立ち上がってくれ!!」


 エロスの声に女エルフは我に返る。

 彼女は愛した男――男騎士に背中を向けると、編みかけの魔法を再び唱える。

 そして、男騎士を不意打ちにより仕留めることで、どこか満足した表情を見せる魔女ペペロペ――救うべき養母に向かってその杖先を向けた。


 涙がその頬を伝う。


「くらいなさい!! 呪文の改変スペル・マイグレーション!!」


 白濁破壊光線が、美しいエルフの身体を白色に染め上げていく。

 蒼天を引き裂く様な悲痛な響き。しかし、その中には、どこかやり切ったような諦観の色が見えた。


 女エルフの決意の視線をどこかあざ笑うように、微かにその口角が吊り上がったかと見えた次の瞬間、稀代の魔女ペペロペはその残留思念が残った衣服は尽く漂白されてこの世から姿を消した。


 彼女から放たれていた圧倒的な威圧感が消える。

 同時に、女ダークエルフが手引きしたのだろうか、大地にひしめいていた暗黒大陸の兵たちは、まるで霞が晴れたように、どこかへとその姿を消していた。


 残されたのは男騎士たちパーティをはじめとした中央大陸の者たちだけ。


 勝利した。


 彼らは暗黒大陸の侵攻についに打ち勝った。

 漆黒の暴力による支配に抗うことに成功した。


 しかしながら、そのために――最も偉大な英雄を一人失った。


 頭を切り離され、頭蓋を断絶され、もはや完全に再生不可能の状態にされた男騎士の身体。それを前にして、はらはらと女エルフが涙をこぼす。

 崩れ落ちて膝を衝き、愛しい男の亡骸にそっと手を伸ばす。


「ティト!! 嘘よ、ティト!! こんな、こんな結末って!!」


 一緒にこの世界をひた駆けてきた相棒。

 彼女が外に出る機会を作ってくれた恩人。

 そして、その命を救ってくれた恩人。


 気の置けない相手。

 お互いに支えあい、ここまで戦ってきた相手。

 真の相棒。


 かけがえのないパートナー。


 いや、愛する人。


 そんな彼がただの肉塊になり果ててしまった。自分の悲願を果たすため。この大陸を守るため。そんな思いに駆られて、男戦士はみすみすとその身を散らした。

 女エルフの瞳から光が消える。男戦士の死を悼むことすらできない。なんとかして、魔女ペペロペを倒すことはできたが、もはや彼女に精神的な余力はない。


 SA〇値チェックなどと言っている場合ではない。

 すわ、女エルフが先程よりも深い絶望の声を上げようとしたその時であった。


 彼女の肩にふぁさりと、脱ぎ捨てたローブをかける者があった。

 その手は優しく慈愛に満ちた者の手。人々のためにその身を捧げ、献身することをいとわない、高潔なる思想を持った女性の手。土仕事や水場仕事にあかぎれて、女性らしいたおやかさこそないが、それでも、慈愛を感じさせる指先の持ち主。


 それは。


「あきらめないでください、モーラさん」


「――コーネリア」


「まだ、ティトさんを救う手立てはあります」


 男騎士パーティの回復役。


 時に女エルフをおちょくり。

 時にワンコ教授を過激な表現から遠ざける。

 そして、男騎士を信じて戦ってきた女。


 女修道士シスター

 彼女は、その野太い杖を持ったまま、その愛妹である法王ポープに厳しい視線を送った。


 この世界における最大宗教。

 教会を牛耳る法王ポープリーケット。

 ありとあらゆる人間の崇敬を受けて立つ少女の肩が、姉の視線にあきらかに震える。それは動揺。本当にそれをするのかという、驚きの表情。

 しかし、それに姉は静かに微笑みで答える。


法王ポープリーケットに申し上げます。今、この世界の安寧のために戦った、一人の英雄のために神の御業を使うことをお許しください」


「……コーネリア姉さま。本気なのですか?」


「本気も何もありません。さぁ、許可を。法王ポープリーケット――」


 奇跡の許可を。


 女修道士シスターは毅然と妹に向かってそう言った。

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