第517話 ど男騎士さんとファンブル!!

【前回のあらすじ】


 女エルフと稀代の魔女ペペロペ。相まみえる。

 修正棒とワカメの打ち合いの末に戦いを制したのは、海母神マーチの加護を得た女エルフの方であった。ワカメさんを打ち付けて、魔女ペペロペの攻撃を全て打ち返す女エルフ。さぁ、いよいよ暗黒大陸編決着かと思われたその時であった。


「そこよ!! ペペロペ!!」


「モーラさん!! 後ろです!!」


 魔女ペペロペに必殺の呪文の改変スペルマイグレーションをかけようとしたその時、女修道士シスターの悲痛な叫びが女エルフにかかった。はたして、いったい何が起こったのか――。


 クライマックスクライマックスと、かれこれ一週間ほど煽って参りましたが。

 いよいよ、戦闘が終わる時が来たようです。


◇ ◇ ◇ ◇


 戦場を引き裂く乙女の叫び声。

 その声はなんだ、いったい何があったのだと女エルフが動きを止める。女修道士シスターの言葉によれば、後ろにその原因はある。すぐに、女エルフは視線を後ろに回した。


 しかし、首が後ろに回るより早く――肥大化した修正棒が彼女の身体に影を落としていた。


「――なぁっ!!」


「セレヴィの娘!! 調子に乗るなよ!! 私とて暗黒大陸の巫女!! 魔神シリコーンさまの権能が薄れた今であっても、まだ、戦う余力はある!! 暗黒大陸に災禍を巻き起こし、中央大陸に災いをもたらすために我はこの世に生を受けし者!! 侮るな!!」


 体の中に残っている僅かな魔力。

 そして魔神シリコーンの力。


 それを振り絞って今、魔女ペペロペは最後の悪あがきに出ていた。なんとしても暗黒大陸の将たちを無事に故郷へと帰す。自分たちの次の世代を担う若者たちを、彼女の身一つを犠牲にして、無事に撤退させてみせる。


 そんな一念で自らの内にこもる魔力を瞬間的に高めたペペロペは、ここに至って尚、戦うことを選んだ。肥大した黒い棒線は、野太く、黒く、そしして逞しい。殴りつけられれば一撃で昇天しそうなそれを大きく振り上げて、魔女ペペロペは不敵に笑った。


 勝算あり。

 いや、既に勝ったという表情。


 彼女のその表情に胸のざわめきを覚えるより早く、女エルフの後頭部に向かって、黒い棒が振り下ろされた。


 まさかこんな奥の手が繰り出されるとは――。

 迂闊、女エルフがワカメ触手を展開してその身を守ろうとする。


 しかしとても間に合わない。

 大英雄スコティは一歩下がって動けない。

 エモアも、クリネスも、ネイビアもだ。


 第一王女が悲鳴を上げる。

 バリア魔法を編もうにも、女修道士シスターもまた動けない。


 万事窮す。

 そう思ったその時――。


「モーラさん!!」


 金色の褌を投げ出して、風の褌に早着替え。

 その精霊王の加護を受けた神速の装備の力により、素早さを上げた男騎士が、【漢祭】の儀式もそこそこに台から飛び降りた。


 儀式の核となる中心人物がその場から消えた。

 たちまちのうちに【漢祭】は儀式魔法としての形式を保てなくなり瓦解。

 ヨシヲたちを筆頭に、得体のしれないパワーに突き動かされていた四人の顔が正気になる。


 しかし、そんな彼らのことなどどうでもなるくらいに、男騎士の悲痛な疾走、そして、それに伴う叫び声が辺りに木霊した。


 絶対にさせてなるものか。

 ただの剣を携えて、鋼の意志で武装して、男騎士は女エルフと修正棒の間に回り込んだ。


 そして――。


「うぉぉおおおおっ!!」


 気炎一閃、必殺のバイスラッシュをお見舞いする。

 薄い海苔かはたまたフィラメントか。なんにしても、男騎士のその一刀で、魔女ペペロペの魔力が籠められた、黒い修正棒は真っ二つに割れた。


 そう、竹を割ったようにきれいに。

 左右に分かれて断絶した。


 真っ二つに分かれたが、しかし――。


「ばかねぇん、それが狙いよぉ」


「……なに!?」


「彼女を狙えば、きっと貴方が出しゃばってくると思ったわ。もはや、シリコーンさまを失った我々には勝ち目はない。再び暗黒大陸に取って返して、力を蓄えるしかないわ。けれども、その損害を抑えるために、やれることはやらせてもらうわ」


「やれることだと!?」


「貴方の事よ、伝説の英雄の後継人――ティト!! 貴方がいる限り、中央大陸は盤石!! 再びこの地に攻め込もうとも、儀式魔法【漢祭】を発動させて、中央大陸に眠る英霊たちの魂を励起させることでしょう!! それはなんとしても避けなければならない!!」


 二つに分かれたと思われた修正棒。

 しかし、それはまるで、元から何かの束だったように、左右にばらばらとほどけていく。まるで鍋にぶち込まれたパスタのように広がったそれを眺めながら、男騎士と女エルフは、魔女ペペロペの底力の恐ろしさに改めて目を剥いた。


 目を剥いて、そして、繰り出される修正棒の一撃に歯を食いしばった。


「修正するのは何も卑猥なものだけじゃないわぁ!! 昨今は、暴力描写にも世間が煩い時代だってことを忘れたの!! さぁ、この鋭利な黒帯は、いったい何を隠してくれるのかしらねぇ!! 尖ってお腹によく刺さりそうだわ!!」


「……くっ、貴様ぁ!!」


「けれどそうねぇ、貴方みたいな武骨な男の内臓を掻きまわすのも面白いけれど、今はそんなことを言っている場合じゃないわ!! 目的のために手段を選んでいられないのよ!! だから恨まないでね!!」


 何を今さらということを言って暗黒大陸の魔女がウィンクをする。

 その時、すぱり、という音が女エルフの耳に届いた。


 それは限りなく、彼女の耳元の近くで聞こえた音。


 さらに数拍してごとりという音が彼女の足音に響いた。


 未だ稀代の魔女を睨み据えている彼女には、とても遠く、そして感じ取れない音。しかし、その乾いた音とは対を成す、冷たく湿った音の響きに彼女はしばし戦慄した。


 急いで彼女は男騎士の方を振り返った。


 だが――。


「……ティ、ト?」


「……」


 ごぽ。

 男騎士の身体から返されるのは、血の湧き立つような音ばかり。

 事実、その体からは、血がまるで噴き出る井戸水のように溢れ出ていた。


 あるべきものがそこにはない。

 そして、本来あってはならないモノが――地面にはあった。

 はたして、男騎士だった者の足元に転がっていたのは。


「いっ!! いやぁああああああっ!!」


「ティトさん!!」


「だぞ!! ティトォっ!!」


 この大陸の新たな守り手。

 古の大英雄も認めた男。


 その男の頭部だった。

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