第九章 越えろ過去の自分!! それぞれの成長の時
第478話 どエルフさんと母との生活
【前回のあらすじ】
暗黒大陸第三の将――ダークエルフの強襲。
思わず体勢を崩した壁の魔法騎士。その窮地を救ったのは、彼の息子――【鬼の子】こと少年騎士のゲトであった。
家族への侮辱に怒る壁の魔法騎士。
しかしながら、そんな彼の目前で第三部隊が反逆の雄たけびを上げる。
第二部隊にその波が襲い掛かろうとした時――。
「セクシー!! エルフ!!」
変態の声が戦場に木霊した。
「いやぁっ!! ちょっと!! シリアスであっちはいいなと思ってたのに、なんでいきなり身内が恥をかましてるのよ!! 勘弁してちょうだいよ!!」
本編がシリアスに入ったら、外伝の方でバランスをとる。やっぱりギャグだよどエルフさん。という訳で!!
突然現れた変態が何者かは、いちいち説明する必要ないよね!!
「……できれば赤の他人であってほしい!!」
ウワキツ、アラスリ、エルフザップ。
本人自身も随分と恥をさらしながら、養母はいい歳して肌を晒し、実の兄もまたいい歳してふんどしを晒す。もはやなるべくしてどエルフになったと言っても過言ではないどエルフさん。そんな彼女の望郷編はじまります。
「まるで、これからとんでもない変態話が始まるみたいな導入、やめて!!」
◇ ◇ ◇ ◇
超えなくてはいけない試練。
海王神から伝えられた仰々しいそれは――蓋を開けてみると女エルフにとってたいしたものではなかった。いや、違う意味ではたいしたものではあったが。
「ほら、モーラ、杖をしっかり持ちなさい。エリィも、お姉ちゃんがしっかりと魔法のお勉強するところを見ているのよ」
「……火炎魔法!!」
庭に集められた木の葉の山。そこに向かって杖の先を伸ばすと、女エルフが呪文を叫ぶ。杖の先から飛んだ炎の矢が木の葉をかき混ぜる。たちまち焔は渦を巻き、落ち葉を焼いて灰へと変えた。
ぱちりぱちりと弾ける葉音。それと共に拍手が女エルフの背中で起こる。振り返ると彼女の養母が、温かい笑顔と拍手を彼女に向けていた。
思わず、女エルフの幼い顔が笑顔に染まる。
けれどもすぐにその視線は気恥ずかしそうに地面へと移った。
「上手くできたわねモーラ。さすがは私の自慢の娘よ」
「お養母さん……あ、ありがとう」
「もう、本当に恥ずかしがり屋ね貴方ってば。上手くできた時にはもっとよろこびなさい。でないとこちらも教え甲斐というものがないわ」
そのやり取りもまた、女エルフにとっては懐かしいものだった。
そう、それは彼女が覚えている、養母との幼き頃の生活の記憶。温かい日常。超えなければならない日々より前にあった、確かな幸せな日々であった。
それ故に、彼女は混乱し、ただ、その流れに身を任せることしかできなかった。
これが試練。これのどこが試練なのか。そんな疑念を抱きながらも、何もすることができない。というより、何をしなくてはいけないのか分からない。
そんなもどかしさを感じる彼女を――。
「ほら、モーラ。えらいえらい」
「……お
稀代の魔女ペペロペに操られる前の彼女の養母。
幻には違いないのだが、彼女の手が優しくその頭を撫でる。
その手つきに、女エルフは逆らうことができなかった。
今は遠き、記憶の中にしかなかったはずのその温もり。
それに女エルフはしばし自分を忘れる。
恥ずかしそうに養母の顔を覗き込む彼女は、もはや、アラスリでも、どエルフでもなく、ただの母を慕う娘であった。
彼女の義妹さえもその幸福そうな表情を前に、何も言うことができなくなる。
女エルフがくすぐったそうに顔を歪める。そんな姿を、その養母の背中に隠れながら、第一王女もまた眺めることしかできないのであった。
「くすぐったいよ、お
「ほらほら、ちゃんと喜ばないと、もっとなでなでしちゃうわよ。髪が嫌なら、お腹をこちょこちょしちゃうわよ。モーラ、ほら、ちゃんと喜びなさい」
「わかった、わかったからぁ、もう」
「うふふふっ、そうそう、人間もエルフも素直なのが一番よ。モーラ、貴方は自分に素直に生きなさい。それが人の幸せというものよ――」
◇ ◇ ◇ ◇
突然に再現された養母との幼き日々。
それは女エルフにとって幸福な時間以外の何物でもなかった。
試練とは言い難いその状況は、少しの終わりも感じさせることもなく、彼女の周りを過ぎ去っていく。
「……これはいったい、どういうことなのかしら」
「分からないです。まったく終わる気配がない。というか、これが本当に海王神さまの仰られた試練なのでしょうか」
夜。
女エルフと第一王女は、養母が寝たのを確認してから起き出すと、女エルフのベッドの上に集まった。そうして幼女二人、与えられた子供部屋の中で作戦会議を開始する。
見た目は完全に子供であり、そう振舞っている女エルフと第一王女だが、その正体が養母に知られればどうなるか分からない。彼女は精神的な時の部屋が生み出した幻であるが、それでもどこか、普通の人間と変わらない、意思がある存在のように彼女たちには感じられた。
だからこそ、迂闊な行動に出ることができない。
それがこの試練にどのような影響を与えるのか分からないから。
あるいは試験の結果をどう左右するか分からないから。
既に、体感時間的には、精神的な時の部屋に入ってから一週間が経っている。
なのになんのイベントも起こらない状況に、女エルフも第一王女も少し気を揉んでいた。いよいよ高まった危機感に、女エルフが首を振る。
その目の端には、ほんのりと涙が浮かんでいた。
「どうすればいいっていうのよ、いったい」
「……お義姉さま」
「お
ずっと続けばいいのにと、女エルフが慟哭する。
試練に対する明確な目的が見えない。しかしながら、彼女に与えられた幸せな日々は、その表面的な幸福感とは裏腹に、残酷極まりないものであった。
そう、全ては遠き、幸せの日々――。
決して願っても取り返すことのできない、幸福の時間なのだ。
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