第433話 壁の魔法騎士と夜明け

【前回のあらすじ】


 どんな厄介な力を持っているのか分からない異世界漂流者ドリフター

 そんな娘を捨て置くことはできない。

 という訳で、またしてもお使いクエスト「異世界漂流者ドリフターの娘を保護せよ」が発動。

 寄り道をすることになる男戦士たちなのだった。


「キングエルフ、竜騎王の時といい、なんでこう、すんなりといかないかなぁ……」


 JRPGってそういうものでしょ。


 とまぁ、そんな感じで、いい感じにお使いイベントを発生する男戦士たちはさておいて、今週末もリーナス自由騎士団パート。逃がし屋を失った壁の魔法騎士。リーナス騎士団は団長ゼクスタントへと視点は移動します。


◇ ◇ ◇ ◇


 ――夜が明ける。


「……朝か」


 女軍師から受け取ったすべての策を読み終え、盤上でシミュレーションを終えた壁の魔法騎士は、息もつかずに席から立ち上がった。格子窓から差し込む白んだ外の光。それが床に落とす模様を睨みながら、彼は静かに身支度を整えた。


 盤上での試算では全てギリギリではあるが一日目を凌ぐことができた。

 二日目を凌げるかは、身内の裏切りの結果次第である。タイミングによっては、二日目に首都リィンカーンを放棄することになるだろう。

 四日目になれば――交戦地帯を山岳地帯へと後退させての散兵戦となる。これは裏切りのあるなしに関わらず、そうしなければ戦線を維持することができなかった。

 こうなると全滅することはなくなるが、決定的な反撃をすることは難しい。


 そして五日目。これから後はどれだけ損害を減らせるか――持久戦である。


「どのタイミングでティトたちが戻ってきてくれるかだな。できれば……」


 二日目がちょうどいい。

 そう、壁の魔法騎士は呟きそうになるのをぐっと堪えた。

 身内に抱えている膿を出し切った状態で男戦士たちを迎えたい。それが素直な彼の想いだ。裏切者が内に居る状態で、男戦士たちが行おうとしている儀式をするのは、それはそれでリスクを伴う。


 獅子身中の虫を取り除いた状態にしておきたい。

 そうして、万全の状態で反航戦に臨む。

 であれば――。


「カロッヂから託された書簡に従い、先に仕掛けるのもアリだが」


 今のタイミングで中央連邦騎士団の兵たちに裏切りの嫌疑を向けて動きを封じてしまう。あるいは、自らの魔法で戦略的に不能の状態に追い込んでしまう。

 それは、壁の魔法騎士にとってできないことではなかった。


 できないことではないが、そうなれば、確実に他の騎士団の士気は下がる。

 身内の裏切りに、動揺しない軍は居ない。その状態で、暗黒大陸と激突する方が、戦略的リスクは大きくなる。


 士気を高く保ちつつ、裏切りによる被害を最小限に抑える。

 そして、裏切りを見届けて、すぐさま、男戦士たちと合流。

 儀式魔法を執り行い、戦力を逆転させて反抗すれば――。


「最も損害が少なくなる戦い方はこれだが。理想ばかりで、戦場というのは動いてくれない。あとは、天の決めた宿命に従うしかないか」


 壁の魔法騎士はそう言って、左手を覆っていた白い手袋を脱いだ。

 現れた手の甲には荒々しい爪痕。まるで猛獣に掻かれたような古傷であった。

 深々と、骨さえも抉ったようなその傷跡は見ているだけで痛ましい。盛り上がった、決して手の甲に存在しない肉の輪郭は、今後も癒えることがないだろうことが素人目にも分かるものだった。


 そんな傷をゼクスタントは愛し気に手袋を嵌めたままの右手でなぞる。

 しばしの休息ということだろうか。まるで、その時間を楽しむように――ゼクスタントは瞳を閉じてしばしそうしていた。


 壁の魔法騎士が居る部屋の扉が打ち鳴らされたのはしばらくしてのことだ。

 窓から差し込む光の強さも変わらない、わずかな休息を経て、すぐにリーナス自由騎士団を率いる団長は、元の戦士の顔へと戻った。


 左手に手袋を嵌めなおす。

 急がず、焦らず、そして、手慣れた感じで。


 それから、壁の魔法騎士は、入れ、と、少し荒っぽい口ぶりで言った。


 ノックは不要であると壁の魔法騎士は部下たちに申し付けている。

 冬将軍は彼よりも年上のため遠慮なぞしない。むしろ、一緒に戦場に居る時は、彼と離れていることの方が少ないくらいだ。

 そんなことはしない。


 彼の盟友である男戦士。そんな彼が教導した、三人の幹部たちもまた、団長の命令には忠実だった。ノックをして入るなと言う以上、そんなことはしない。逃がし屋に居たっては、扉どころか、時には窓から、天井裏から現れるほどだった。


 故に、壁の魔法騎士の部屋に、ノックと共に入ってくる者は限られる。


 リーナス自由騎士団に身を置いて久しくないもの。

 あるいは、リーナス自由騎士団の所属でないもの。

 そしてこんな朝方に自分が起きていることを知っているのは――。


「父さん」


「……ゲトか」


 身内も身内に違いなかった。


 リーナス自由騎士団の若き騎士。

 カツラギが教導する、ロゼ、ツェッペリンとは別に、冬将軍の薫陶を一身に受けて、騎士としての修練を積んでいる紫の騎士。気弱な顔立ちを無理に鼓舞してしかめる彼は、二つ名を鬼の子という。


 そして、壁の魔法騎士の実の息子であった。


 紫の鎧に身を固めた青年騎士は、ゆっくりと扉を開けて執務室に入る。

 それを壁の魔法騎士は止めない。

 ただし、目を逸らさずに静かに見守っていた。


 鬼の子は、執務机の上に展開されている周辺地図、戦力を表す駒、そして山と積まれた作戦の束を確認してから、その視線を父へと向けた。

 少し、その目は怒っていた。


「また、寝ずに作業をしていたの」


「団長の務めだ。仕方あるまい」


「いざという時に倒れたら困るのは僕たちなんだよ。ちゃんと寝てよ。いや、そんなことより、僕は父さんの体が心配だよ」


「大丈夫だ。問題ない」


 嘘である。

 壁の魔法騎士はそこそこの年齢であった。男戦士とも盟友でこそあれ、一回りほど年齢が離れている。徹夜が堪える歳ごろであった。


 しかし息子を前にして――辛いとは言えない。

 騎士団の騎士だとしても――そんな弱音は言えない。


 そんな父の虚勢を――やはり親子である――見抜いたのだろう。鬼の子はきっと眉根を寄せると、壁の魔法騎士へと歩み寄った。ずんずんと、紫の鎧の重みが乗った脚を踏み鳴らして近づくと、目下から睨みつけた。


 息子に睨みつけられて、壁の魔法騎士の喉が鳴る。

 脂汗が目の隈に沿って浮き上がって、寝不足な目が泳いだ。


 もはや、嘘だと自分で言っているようなものだった。


 そんな父の焦った表情に、はぁと鬼の子がため息を漏らす。親子の関係だというのに、どうにも力関係は逆転しているらしい。

 呆れたとも、しょうがないともいう感じで、眉根の皺を解いた鬼の子は、気の抜けるような笑顔を次に父へと向けた。


「開戦前の会議までまだ時間がある。仮眠を取りなよ、父さん」


「……いや、その前に、リーナス自由騎士団内での意思統制を」


「カツラギさんと僕たちでやっておくから。それより、そんな酷い顔で人の前に出ることの方が困るよ。仮眠をとって、体を拭いて、あと、髭を剃って」


「……お前は、なんだ。本当に、私の息子なのか」


「母さん似なんだよ」


 それは重々承知しているという感じに、伸びた不精髭をむず痒く壁の魔法騎士は掻く。ここまで言われては仕方がないなと、彼は諦めた様に視線を部屋の隅に置かれている安楽椅子の方へと向けた。


 妻にもかなわなかったが、そんな彼女に似た息子にもかなわないようだ。

 そんなことを思いながら壁の魔法騎士は椅子の手すりに手をかけた。

 その背中に――。


「父さん、一つ聞いていいかな?」


「……なんだ?」


「紫の駒が見当たらない。これはどういうこと?」


 彼の肺腑を刺し貫くような鋭い問いが飛んだ。

 息子に背を向けているのをいいことに、彼は、決して自由騎士団の長としてみせてはいけない気弱な顔をしてみせた。


 そう、その顔は――。


「他の戦力とまとめている、ただそれだけのことだ」


 子を想う親の顔であった。


「嘘ばっかり」


「……嘘ではない」


「カツラギさんの策の中にはきっちりと紫の駒があるはずだよ。父さん、それを使えば、この戦いはティトさんなしでも勝てるんじゃないの」


「思いあがるなゲト」


「父さん!!」


 僕を出陣させてよ。

 そう、請う、鬼の子に――その親は背中を向けたまま首を振った。


「……許可できない」


 お前まで失ったら、俺は、この世界で生きる意味を見失う。

 鬼の親はその言葉をそっと胸の中に留め置いた。

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