第375話 どエルフさんと出られない部屋

【前回のあらすじ】


 コン・タックかルー・ルーか悩みましたがビジュアル的に一番さまになりそうなので、緑の鬼のカイゲンにしておきました。


「あらすじじゃない!!」


 アニメ化の際には是非ともカイゲ〇ファーマーさんよろしくおなしゃす。


「絶対に来ない!!」


 そりゃさておき。

 ついに女エルフと男戦士は、風の精霊王カイゲンと邂逅したのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「貴方が……」


「風の精霊王……」


「そうじゃよー。いやぁー、久しぶりに洞窟に人が来たのう。最近退屈しとったからちょうどよかったわ。けどごめんね、こんな調子で。ほんと、風の精霊王なのに風邪をひくとか――へ~くっしょん!!」


 盛大にくしゃみをして、それからへらへらと笑う緑の鬼。

 威厳、尊厳、何それ美味しいの。そんな感じのカイゲンに、思わず男戦士たちは面食らってしまった。


 最強の精霊王。

 それでなくても変態揃いの精霊王たち。

 更に、ふんどし一丁の変態――キングエルフの紹介ということもあった。


 嫌でも気構えていた男戦士たちだったが、予想外に親しみのあるその鬼の表情に、すっかり彼らは毒気を抜かれてしまった。


 そんな彼らの前で、また、ぐすぐすと鼻先を擦るカイゲン。


「いやぁ、風邪薬飲むべきかな~」


「何を呑むつもりかしりませんけれど、色々とヤバいので勘弁してください」


 他の精霊王たちとは毛色は違う。

 だがベクトルこそ違えどヤバい奴なのには違いない。

 咄嗟に女エルフが静止してことなきを得たが、なんにしても扱いを間違えないようにしなくてはいけない。女エルフはようやくいつもの冷静さを取り戻した。


 それと同時に、男戦士もまた冷静さを取り戻す。

 女エルフよりも幾分――メタ的なことを注意しなくていいだけに――冷静な彼は、コミカルに歪んでいた表情を引き締め直すとカイゲンに向かった。


「それよりカイゲン殿、貴殿の力を借りたいのだが――試練とやらについて詳しく聞かせてはくれないだろうか?」


「そうよ。なんなの、いきなりこんな部屋に閉じ込めて。どういうつもり?」


「いきなりですまんのう。いやはや、しかし、変に対策されて来られても、こっちとしても困ってしまうから。やっぱりこういうのは、ぶっつけ本番、極限の状態の方がよいものが見れるからのう」


「ぶっつけ本番?」


「極限の状態?」


 なんだか穏やかではない風の精霊王の言葉に、男戦士も女エルフも尻ごんでしまう。いったいこれからどんな試練を受けさせれるのだろうかと気がまえた時だ。


 へ~くしょい、と、またカイゲンがコミカルなくしゃみを炸裂させる。

 大丈夫だ。心配しなくてもこんなくしゃみをするような奴が、妙な試練を与えるはずがない。そんな感じに、せっかく締まった空気が緩んだ。


 そしてそれを裏打ちするように、カイゲンが人が良さそうに微笑む。


 鬼には似合わぬ好々爺の笑顔。

 彼はいい笑顔で男戦士たちに言った。


「セック〇しないと出れない部屋って聞いたことあるじゃろ?」


「「ないじゃろーーーッ!?」」


 男戦士と女エルフは嘘を吐いた。

 二人はよく知っている。

 なぜなら、彼ら二人はよくその手の本を嗜んでいるからだ。


 歴戦の冒険者にして、歴戦のラブコメソルジャーである男戦士と女エルフ。

 二人はギルドから得た報酬の幾らかを、その手のラブコメ小説の購読に費やしている。もちろん、男と女であるから、方向性に多少はずれがあるけれど、そこはそれ。その違いも含めて、お互いを認め合い、作品をシェアして楽しんでいるのだ。


 男戦士曰く。


「モーラさんのおかげで、男同士の愛情もあるのではと思えるようになった」


 また、女エルフ曰く。


「バブみとかババアとかよく分からない要素だったけど、逆の立場で考えることができると――世界が変わったわ!!」


 とのことである。

 そう二人は冒険者としても、そして同行の士としてもベストパートナー。

 この小説がファンタジー小説じゃなかったら、普通にいちゃこらしていておかしくない、そんな感じのカップルなのであった。


 そして、ラブコメ耳年増なのであった。


 そんな二人がトレンド――セック〇しないと出られない部屋を知らない訳ない。


 なかなか素直になれない不器用な二人。

 そんな彼らが、無理やり関係を強要される部屋に閉じ込められる。

 どっちが折れるのか、どう折れるのか、その結果どのように関係性が変化するのか。舞台装置としては最低に下劣で卑怯なものだとは思っているが、やはり、その部屋に閉じ込められてしまうというのは――心が躍る。


 ただし、見ている分には。

 当事者としては巻き込まれたくないこと風林火山である。

 当然、二人はあわてふためいた。


「まさか、この部屋がそうだというのか!?」


「私とティトが、セ、セ……しないといけないというの!?」


 ただし表情は言うほど暗くはない。


 やぶさかではない。

 いい歳した30代男戦士と、300代女エルフである。

 そこはやぶさかではない。


 けれど、そんな流れでいいのか。

 なし崩し的になんのロマンスもなくそういうことに至っちゃって、読者は納得するのだろうか。というか、そもそも本当にそこまでしちゃったら、この小説が真の意味でどエルフになってしまうのではないだろうか。


 最後の一線だけは越えないように、実は下ネタを交えつつも、表現を調整してきた作者の苦労はどうなるの。とまぁ、それは冗談として。


 二人は当然、狼狽えた。


 そんな二人に。


「いやー、そこは編集部のコード的にNGなんじゃよ」


「「書籍化決まってもいないのに!?」」


 こともなげに風の精霊王は言い放った。

 せっかく盛り上がったのにそのちゃぶ台返しはないだろう。ちょっとがっかりする男戦士と女エルフ。そんな二人に間髪入れず、緑の鬼はにこやかに続ける。


「大切なのは行為よりも心の触れ合い。部屋に入る前と後で関係性が深まることこそ大切なんじゃ。じゃから、


「行為自体は?」


「なんでもいい?」


「このワシの――ぐしゅぐしゅとしてもやもやとした鼻と頭をスーッとさせてくれるような、そんな姿を見せてくれればいいんじゃよ」


 題して。


 そう言うや、白い部屋の壁にでかでかと文字が描写される。

 まるでパチンコの大当たり演出のような文字で描かれたそれは――。


「ラブコメしないと出られない部屋!!」


「「ラブコメしないと出られない部屋ァ!?」」


 こっぱずかしくて声に出すのも躊躇われるワードであった。

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