第374話 どエルフさんと火曜日の罠な

【前回のあらすじ】


 風の精霊王カイゲンの力を借りるべく、彼が身を隠している洞窟へ向かった男戦士一行。その道中、キングエルフから精霊王の試練について彼らは聞かされる。


 絶対に、男女二人で受けなければいけない試練。

 はたしてそれはいったいなんなのか。

 そして、洞窟の入り口に描かれた無数の相合傘はなんなのか。


「これ、エッチな奴ですよ!! 絶対にエッチな奴です!!」


 女エルフの義妹スールこと第一王女が興奮気味に叫ぶ中、男戦士と女エルフは風の精霊王が待つ洞窟の中へと足を踏み入れるのであった。


 考えるも恐ろしい罠が、そこに待っているとも知らずに――。


◇ ◇ ◇ ◇


「なんだか普通の洞窟って感じね」


「あぁ。ガスも出ている気配もないし、崩落の心配もなさそうだ。流石は精霊王が身を隠しているだけあって、比較的安全な洞窟だな」


「なんだか冒険者としては張り合いがないわよね」


「モンスターも出ないしな」


 ランタンを手にして前を行く男戦士。

 その背中にぴったりとつかず離れずついてくる女エルフ。


 流石は熟練コンビである。歩く速度はほぼほぼ等しく、彼らはまったくはぐれることなく洞窟の中をずんずんと進んでいた。


 目指す先は分からない。

 洞窟の中に精霊王、そして、試練が待っているとは聞いているが、具体的に何がどうこうとまでは教えられていなかった。


 いや、正確には、キングエルフも分からないのだ。

 教えようにも教えられないのだ。


 しかしそこは辛辣な女エルフ。

 一行に見えて来ない洞窟の行き止まり。

 現れぬ風の精霊王に苛立ったのか、彼女は溜息と共に眉根を寄せた。


「ほんと使えないわよね、あの男エルフ。エルフの王とか言ってるけど、いい風評被害だわ。風の精霊王を勧めるにしても、もう少しヒントを用意しときなさいよ」


「仕方ないだろう。なにせ、試練を無事に終えて出て来た者がいないんだから」


「……そうだ、せっかくだから、他の精霊王に話を聞いてみるっていうのはどうかしら」


「そういえばモーラさんは、土の精霊王と契約していたな」


 いい判断かもしれない。そんなことを言いながらも、男戦士が歩みを止めた。

 つかず離れずの女エルフもまた彼が足を止めたのに合わせて歩みを止める。


 手に持ったランタンたが照らし出したその先には――緑色をした鉄の扉があった。洞窟の中にある扉としては、いささか不釣り合いな代物だ。

 いよいよ、ここが探索の終着点――風の精霊王がいる場所と考えていいだろう。


「呼び出す間もなく着いてしまったようだな」


「みたいねぇ」


「とりあえず、中に入ってから考えるとしようか」


「罠は見た感じなさそうだし――そうしましょうか」


 二人は頷くとその緑の扉を内側に引いた。

 すると――暗い洞窟の中なのに、真っ白な光が扉の向こうから漏れ出て来る。


「これは――」


 そう言って、男戦士たちは人ひとり分開いた扉から部屋の中へと入る。

 そこは天上から床まで、傷もなければ汚れ一つさえない、材質不明の白塗りの壁で出来た部屋だった。


 なんて不思議な部屋なんだろうか。

 どうしてこんな部屋が洞窟の奥にあるのだろうか。

 そして、ここが風の精霊王の試練を受ける部屋なのだろうか。


 天井や壁を眺めながらそんなことを考える女エルフと男戦士。

 その背中で――。


「……カチッ」


 何かが閉まる音がした。

 冒険者の性だろう、すぐさま後ろを振り返って確認すると、どうしたことだろう。そこにはあったはずの緑の扉がなくなっていた。


 まずい。

 焦りが彼らの体を駆け巡る。


「……魔術的なロックですって!?」


「そんな、閉じ込められてしまったというのか!!」


 扉に罠はないと感じた。

 とはいえ、男戦士も女エルフも、盗賊技能を持たない冒険者だ。

 罠の有無を判別するだけの審美眼は持ち合わせていない。

 加えて、この時彼らに仕掛けられたのは――風の精霊王が仕掛けた、盗賊技能持ちでも解除に手間のかかる上級の罠だった。


 見分けられるはずもない。

 あっさりと彼らは部屋の中へと閉じ込められた。


 さらに、それだけではない。


「モーラさん!! 魔法を!!」


「……ダメ!! 魔力の集積を乱す妙な魔法が部屋全体にかけられてるわ!!」


「どうして気が付かなかったんだ!! 物理的な罠ならともかく、魔法なら魔法使いのモーラさんなら分かるだろう!!」


「入るまでは出ていなかったのよ――というか、そんな言い方ないでしょ!!」


「ふぉっふぉっふぉ、よいのうよいのう、よい痴話喧嘩じゃのう。痴話喧嘩点数的には100点満点じゃ。うむうむ結構ベリーグッドじゃよ」


 はて、聞き覚えのない声が男戦士たちに向けられる。

 それは先ほどまでは何もなかったはずの白い空間――男戦士たちが背中を向けていた部屋の中央から聞こえて来た。


 はたしてそこに姿を現したのは緑の姿をした大男。


 ゴブリンでもない。

 オークでもない。

 しかしその額には、その種族を主張する大きな一本角が聳えていた。


「……オーガ?」


「緑のオーガ?」


「左様。しかし安心してくれ、ワシは悪いオーガじゃ――へ~、へ~~」


 へ~っくしゅん。


 大仰にくしゃみをする緑のオーガ

 コミカルなその動きに、男戦士たちが戸惑う中で、彼はぐしぐしと鼻の先をその野太い指先で擦った。


 くしゃみと共に、ごうと強風が白い部屋の中を吹き乱れる。

 男戦士たちもその風圧に思わず半歩後退した。


 間違いない――このコミカルな鬼の正体について、男戦士たちは確信した。


「風邪かのう。熱はなさそうだが。喉がいがいがするのう」


「……えっと」


「……このお間抜けな感じ、既視感があるわ。もうかれこれ、三度くらい」


「風の精霊王が、風邪を引いてどうすんのよってね。そう、ワシこそ風の精霊王――へ~っくしょん!! ぐすんっ、風にカイゲンじゃぁっ!!」


 自信満々に言う緑のオーガ――こと風の精霊王。

 ついに男戦士たちは目的のそれと邂逅した。


 だが。


「……毎度思うんだけれど、どうして精霊王ってヤバいのが多いのかしら」


「ヤバい? まぁ、確かに、拘束具男と、全裸少女、土偶おばさんと、ビジュアル的に際どいものばかりだが――カイゲンどのは普通だろう」


「そうじゃよ。そんな乳首ばっかり凝視して――いやんなエルフじゃのう」


「しとらんわ!!」


「鬼だから上半身裸でも恥ずかしくないもん。なのにそれをスケベと感じるとは。スケベセンサーの磨きっぷりが違う。流石だなどエルフさん、さすがだ!!」


「最近なんか落ち着いて来たな――とか思ってたのに、ここで言うんかい!! だから、しとらんと言うておろうが、この馬鹿!!」


 久しぶりに女エルフは男戦士の頭をペシリと小気味良く叩いた。

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