第368話 ど男戦士さんとど団長さん

【前回のあらすじ】


 残りの益荒男――ビクター、ヨシヲ、ハンス――の居場所を把握した男戦士たち。

 彼らと合流するため、男戦士たちは教会の魔法使いの手引きを受け、転移魔法により彼らの居る街へと移動することとなった。


 しかし――男戦士がそこに待ったをかける。

 何か懸念があるように、シリアスな顔をする彼。そんな背中に。


「……その心配はない」


 突然、声がかけられた。

 その声の主は、男戦士にとって懐かしく、そして、頼もしい、加えて、複雑な感情を抱かずにはいられない、そんな相手であった。


「……ゼクスタント!!」


 リーナス自由騎士団団長ゼクスタントである。 


 そして――。


「え? いつもの色ボケオチじゃないの?」


 すっかりいつものオチを想定して待ち構えていた女エルフは、肩透かしにあっけにとられた顔をするのであった。


 この連続シリアス展開でも、エロオチを想定して行動してしまうとは。

 流石だなどエルフさん、さすがだ。


「いや、さんざんこれだけ振り回されれば、そういう風に考えちゃうでしょ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 連邦騎士団円卓の間がかつてない騒乱に包み込まれた。

 騎士団長たちはもちろん、自由騎士団の者たち、そして、法王ポープたちもまた、その大陸最強の騎士団を束ねる長の登場に戦慄した。


 一見すると冴えないおっさん。

 小汚い格好には威厳も何もありはしない。

 まだ、彼より一世代若い、軍師、逃がし屋、魔脳使いの方が、騎士としての凛々しさがあると言っていいだろう。


 騎士というより浮浪者。ゴロツキ。危ない男。

 しかし、そんな風貌がかえってその男に妙なすごみを与えていた。


 加えて――。


「残りの時間の事を心配しているのだろう。一日で首尾よく益荒男たちを回収することができればいいが。それができなかった時にどうするのか。リィンカーンは敵の集中砲火を浴びることになる」


 的確な判断に息を吐かせぬまくしたてるような喋り。

 そして、聞く者の心胆を痺れさせる低い声。


 内から溢れ出るような異様が、彼の容貌を更に補強する。


 威厳、尊厳ではない。

 恐怖、畏怖、得体の知れない――底の見えない恐ろしさ。


「安心しろ。この私――【壁の魔法騎士】が来たからには何も問題はない」


 手に嵌めた純白の手袋の袖口を引いて、壁の魔法騎士は怪しく笑った。

 正体の分からない怖気がその場に居る者たちの背中を襲う。

 女エルフなぞは肩を震えさせてあきらかに嫌悪の表情を浮かばせた。


 この男は――怖い。

 それは人間であれば免れない本能的な反応であった。


 ただし、ただ一人、彼と最も馴染みの深い人物を除いて。


「……来てくれたのかゼクスタント」


「……当たり前だろう。大陸の危機だ。そのための我々リーナス自由騎士団だ」


「てっきり、まだ恨んでいるのかと」


 壁の魔法騎士の瞳が偏光眼鏡の中で輝く。

 言い逃れることのできない強烈な殺気を発した彼は、ぼそりと聞き取れないような小さな声で魔法を詠唱した。


 途端、板張りの騎士団の床に電撃が走る。


 はっと誰もが息を呑んだ時には、その電撃が走った場所から――黒いモノリスが五つ、男戦士の体を囲むようにして伸びていた。


「ティト!!」


 四方、突然現れた黒い壁に覆われた男戦士。

 しかし暫くして、キン、という音と共にその壁は横一文字に斬り捨てられた。


 中から出て来たのは――魔剣の代わりにショートソードを手にした男戦士。


 怒りも、憤りも、驚きも、不信も、その顔の中にはなかった。

 その代わりに、懺悔と後悔、忸怩たる感情が彼の瞳を綴じさせた。


「……やはり、まだ、許してはくれないのだな」


「許すも何もない。女々しいことを言うなティト」


「……すま」


「二度言わせるな、ティト。女々しいことを言うなと、私は言った。我々はリーナス自由騎士団だ。この中央大陸の秩序と平和を守る最後の刃だ」


 私情で動くな。

 そう吐き捨てて、壁の魔法騎士は眼鏡のフレームを持って少し持ち上げた。


 壁の中から出て来た男戦士が壁の魔法騎士の前に立つ。

 彼は、剣を鞘に納めると、真っすぐに大陸最強の騎士団を率いる男の顔を見た。


「任せていいのか?」


「私の魔法、カツラギの軍略、バトフィルドの魔脳――若き騎士たちの働きがあれば、五日は持ちこたえられる。リーナス自由騎士団だ、安心して向かえ」


 それがお前の役目だと壁の魔法騎士は男戦士から背中を向けた。


 すまない。

 そう謝りそうになった男戦士は、思い直して彼の背中に無言で頷いた。


 過去に彼らの間に因縁浅からぬ何かがあったのは間違いない。

 また男戦士の狼狽えぶりから、それは彼がリーナス自由騎士団を出奔する理由なのかもしれない。


 だが、今回の大陸の危機――暗黒大陸との戦いにおいて、少なくとも壁の魔法騎士はそれを問う気はないらしい。

 男戦士はそれを、彼の態度から納得した。


 と、そんなシリアスなシーンの只中に、ふらりと逃がし屋が入り込んだ。


「ちょっとちょっと団長。俺のこと忘れていませんか。酷いなぁ」


「……それにいざとなったらカロッヂが居る。冬将軍の策もある」


「カロッヂ、ゼクスタント」


 ひょうひょうと話をかき乱しにきた直弟子。

 そんな彼の耳を引っ張って引っ込ませると、女軍師が男戦士の前に立った。


 背中を向けた騎士団長に代わって、男戦士の手を両手で握りしめた彼女。

 かつての師に対する敬意と思慕がその視線には詰まっている。


 男戦士にそれを避けることは出来なかった。


「安心して、我々に任せてくださいティト指導者マスター


「まぁ、そういうことですな」


「儀式魔法【漢祭】の仲間を集めるのは、ティト指導者マスターにしかできないこと。その役目を存分に果たしてください。我々はそれを全力でサポートします」


「……カツラギ、バトフィルド」


 分かった。

 頷いて、男戦士は直弟子の手を強く握り返した。


「少し見ないうちに、逞しくなったな」


「そう言っていただけると、鍛えていただいた甲斐があるというものです」

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