第326話 ど女修道士さんと信仰

【前回のあらすじ】


 一路、男戦士たちは教会本部のある【ササキエルの街】へと向かう。

 しかしながらその教会本部では不穏な影が彼らを待ち受けているのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「そういえば、コーネリアの所属する教会ってのはどんなところなの?」


 ふと、女エルフがそんな疑問を口にした。

 中央連邦共和国を越えて、いざ、北の山岳地帯にある小国へという道の途中だ。徐々に険しく、そして人通りの少なくなってくる街道で休憩をしていた彼女たちは、お茶がてらそんな話をするに至った。


 知らないんですかと顔をしかめる女修道士シスター

 大陸に生きる人間にとっては教会とはポピュラーかつ日常に根差したものだが、そこはそれ、彼女はエルフである。それでなくても村に引きこもってた彼女に、人間社会の常識などあるはずもなかった。


 同じような視線が、男戦士、ワンコ教授、青年騎士、そしてからくり侍からも飛ぶ。流石にこれには女エルフも狼狽えた。


「いやだって、たまに村に修道士が訪問に来るくらいで、接点とかなかったから。仕方ないじゃない田舎暮らしのエルフなのよ?」


「そうだな田舎は何もなくって、どスケベな妄想くらいしかやることないものな」


「待て、それはおかしい」


「どスケベな妄想ばかりしてないで、少しは社会の仕組みを勉強してください、モーラさん!! ほんとうにもうどエルフですね!!」


「だからしとらんと言うておろうが」


「前にモーラさんの村に寄った時に、彼女のベッドの下からおそらく自分で拵えた思われる、ちょっとエッチな夢小」


「あーあーあーあぁー!! ティトさん、ティトさんやめてください!! それ以上はやめてください!! 本当勘弁してください!!」


 ちょっと早い目に入ったどエルフトークを全力で止める女エルフ。

 というか、人の部屋をなに勝手に家探してるんじゃいと、女エルフは男戦士をどついたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「まぁ、教会は基本的に、神に祈りと信仰を捧げ、代わりにその加護を受けることを目的としている組織ですね。神の加護はこの通り、治癒魔法や奇跡として行使することができます」


「へぇ、そういう仕組み」


「といっても、神もなんでもかんでも人の頼みを聞く訳ではありません。また、神にその祈りを届けるのにも効率的な方法があります。その方法を修めたものが私たち修道士です。そしてそんな修道士の互助会が教会であり、人と神の仲立ちとなり、力なき人たちのために奇跡を呼び起こすのが本来の存在意義なのですよ」


 えへんぷい。自分の仕事を誇るように胸を張る女修道士シスター

 女エルフと違って、たわわに実った二つの果実をつけている彼女が息巻くと、けしからん具合にたぷたぷとそれは揺れた。


 うむと鼻の下を伸ばした男戦士。

 その耳を女エルフが力いっぱいに引っ張った。

 そんなやり取りをしながら、ふと、女エルフが口を開く。


「本来のってのが気になる言い草ね。なんか思う所があるのコーネリア?」


「……人が集まればなんとやらというもので。教会は当初は神と人との仲立ちという、崇高な目的を元に発足されました。けれども、今や内部は権力闘争にあけくれて、あげくこうして国に対し不要な介入をする始末。本来の意義を見失っています」


 今回の教会本部への訪問に際し、女修道士シスターが憤った理由はそれらしい。

 教会設立当初の信念――人と神との仲立ちを行うということが、生真面目な彼女にとっては何より大切なものであるようだった。


 まぁ、それでなくても、モンスターにまで神の愛を注入しようとする彼女である。


「原理主義者なのねコーネリアって」


「だぞ。意外と真面目な修道士なんだぞ。びっくりなんだぞ」


「まぁ、失礼ですね」


 てっきり異端かと思っていたわと女エルフがごちる。

 尻から神の愛を注入するという無茶苦茶なやり方ではあるけれど、女修道士シスターは彼女なりの神への忠誠を持って、今の活動をしているらしい。


 ただ――。


「異端というのは間違いないですね。私の行いは、教会内でも白眼視されています」


「やっぱり」


「教会の今の主流は、いかに大国に影響を与えるかということ、また、信者と寄進を増やすかということの二つです。そのどちらからも、私の活動は縁遠いですから」


 気ままな反面、肩身が狭くもあるのですよ。そう言って苦笑いをする女修道士シスター

 普段はあまり弱音を見せない彼女だが、今日はちょっと複雑な面持ちだった。


 いつもいいようにからかわれている女エルフが眉を寄せる。

 情け深い彼女は、報われない立場の女修道士に素直に同情したのだった。


「自分の信じる道とはいえ辛いわね」


「――これもまた、海母神マーチの与えたもうた試練なのかもしれません」


 そう言って彼女は不意に懐の中から本を取り出した。


 水色の装丁が施されたそれは、随分と使い込まれたのか表紙がボロボロだ。

 また、紙についても手垢にまみれて茶色く変色している。


 しかし、そんな汚れた本を愛おし気に手に取ると、彼女はぱらぱらとめくって、ふとその指を止めた。


「こんな一節があります――苦難とは逃れるものではなく立ち向かうものである」


「へぇ」


「だぞ、それをコーネリアは忠実に守ってるんだぞ。偉いんだぞ」


「うむ。立派だ」


 仲間たちが女修道士シスターを口々に褒める。女エルフも、へぇとしか言わなかったが、女修道士の行いを、どうやら認めているような、そんな口ぶりであった。

 たとえ教会では異端扱いされていても、旅の仲間が自分のことを認めてくれる。

 ほっこりと、女修道士の顔が緩む。


 自分の選んだ道は間違っていなかったのだ。

 そんな感じに――。


「そう、たとえ悪魔――ナカジーマからの誘いがあったとしても、それに屈してはならないのです」


「聞いたことない悪魔ね。というか、話しが不穏になってきたぞ」


「イソノヤキューシヨウゼー。そんな誘惑が頭の中に響いたら、三度、この呪文を唱えて魔を調伏せよ。コラカツ――」


「おぉっと、それ以上はちょっとやめておきましょうコーネリア。なんか、越えちゃいけない一線のような気がするわ」

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