第312話 どエルフさんとどろり濃いミルク

【前回のあらすじ】


 どエルフさんの大好物。

 それはね、どろり、濃い、ミルク。

 それを祖父より貰った時、私は特別などエルフなんだと――。


「危険なパロやめろぉ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「どろり濃いミルクとは!? いったいどいうものなんです、モーラ氏!!」


 凄く真面目な顔をして、女エルフに迫る青年騎士。

 頭が痛そうに額を抑えて、待って、落ち着いて、と、女エルフは彼に言う。


 その横で、得意満面な笑顔をするのは男戦士だ。

 どうだ、俺は彼女のことをここまで知っているんだぞ――といわんばかりである。


 とりあえず、腹が立ったので女エルフはそんな男戦士に、火炎魔法をくらわした。

 一瞬にして定番のアフロヘアーになる男戦士だったが。


「何故なんだモーラさん!! お茶はやっぱりミルクティーに限るなと、前に言っていたではないか!!」


「言ったわよ、あぁ、それは確かに言ったわよ!!」


「だろう!! 濃厚なミルクティーが好きなんだろう!!」


「そうも言ったけれど!!」


「つまり――どろり濃厚が大好きなんだろ!!」


「そうは言ってないわよ!!」


 何故だ、と、叫ぶ男戦士に、女エルフがまた火炎魔法を浴びせかける。

 疲れのせいか、それとも、人前で要らぬ恥をかかされたせいだろうか。

 今日はちょっとその一撃にも容赦がなかった。

 戸惑いもなかった。


 そんな二人のやりとりを眺めながら――。


「くそぉっ!! 私としたことが、なんと迂闊な!! 淑女の嗜好すら読み取ることができないなんて――それでいったい何が騎士というのか!!」


 いきなり声を荒げたのは青年騎士だ。

 彼は膝を折ると、土がむき出しになった街道を手袋で覆った手で叩いた。

 土煙がやにわに舞って、街道に吹く風に乗って揺れる。


 その心の底から悔し気な声色。

 そして表情に、女エルフが流石に申し訳なさそうに顔をしかめた。


「うん、まぁ、確かにミルクティーが好きなのは認めるわ。けど、そりゃ、贅沢というものでね。私も分かっているつもりよ。お茶が飲めるだけでも十分幸せよ」


「いいえ!! そんな風に貴女に気を遣わせてしまっている時点で、私は騎士として失格です!! ミルクポーションくらい、当然、用意しておくべきでした!!」


「馬鹿者、ミルクポーションではない!! どろり濃いミルクポーションだ!!」


「ティト殿!!」


「だから、その余計な修飾語はやめい!!」


 復活した男戦士に、すかさず今度は雷撃魔法を浴びせかける女エルフ。


 日焼けサロンいらず。

 こんがりと焼かれた男戦士がその場に倒れた。


 この話、どう収集をつけるつもりなんだ。

 女エルフの口からため息が漏れる。

 そんな中で、うっ、うっ、と、青年騎士が嗚咽を漏らしだした。


「情けない……私は自分が情けない!! 格好ばかり取り繕って、中身がまるで伴っていない、騎士のはりぼてのような自分が恥ずかしい!!」


「……いや、恥ずかしいのはどっちかというと、うちの男戦士アホだから」


「馬鹿者!! 泣いている暇があったら、自分に何ができるのか考えるんだ!!」


「ティト殿ぉっ!!」


 しぶとく立ち上がった男戦士。

 まだ言うかと、また魔法を放とうとしたのだが――。

 危険を察知したのか、それとも学習したのか、すかさず青年騎士へと彼が歩み寄ったのでそれは叶わなかった。


 険しい顔の女エルフをよそに、男戦士が青年騎士の肩を叩く。

 顔を上げた彼に男戦士は、さすがに年長者、そして、元指導者という敬意の念を抱かせる、力強い顔を向けたのだった。


「考えるのだ、今の自分にできることを。今の自分が尽くせるベストを」


「考える……自分のベスト……!!」


「戦場でも冒険でも、時にどうにもならないことが起こるものだ。その時、生死の際を分けるのは、最後の最後まで考え切る知恵があるかどうかだ」


「なるほど」


「ミルクが手元にない、それは仕方ない。ならばそれとして、自分にできることを考えるんだ。最後まで諦めなかった者こそ、真の勝者であり、騎士なのだ!!」


「……分かりましたぁっ!!」


 青年騎士が立ち上がる。

 嫌な予感しか、もう女エルフはしなかった。


 彼はにわかに女エルフの方を見ると、どうぞ自分の姿を見ていてくれ、とばかりの、凄みのある顔つきを見せた。覚悟を決めた男の顔である。


 しかし。

 その覚悟がどうしようもないものなのは――彼の口が開かれるより前に分かった。


 この話の流れはあれだ。

 いつもの奴だ。

 と、女エルフは直感していたのだ。


「モーラ氏、御迷惑をおかけしました。今から、貴女の欲しているどろり濃いミルクを、用意したいと思います」


「いや、用意って。どうするつもりよ」


!!」


「いらんわ、そんなミルク!!」


 鎧を脱ぎ捨て、上半身裸になり、唐突に厚い胸板を白日の下に晒す青年騎士。

 引き締まったその白桃のような肌が、太陽の光を浴びて輝く。春に咲く花のように、鮮やかな赤みを帯びた突起がついたそれに、そっと手を添えると、彼は――。


「うぉぉおおおおっ!! でろぉおおおおっ!! 俺のミルクぅううううっ!!」


 サービスシーンにしては、考えうる限り最悪な台詞を口にしたのだった。


「やめんか!! いらんと言うとろうが!! そもそも出てたまるか!!」


「気合いだ!! ロイド!! 成せば成る!! 揉めば出るさ雄っぱいも!!」


「お前もなに焚きつけてんだアホ戦士!! 出たら困るわ!!」


 やめろやめろと青年騎士を止めにかかる女エルフ。

 そんな彼女の横で、男戦士もまた、ひょいとその鎧を脱ぎ捨てると、ごつごつとした諸肌を太陽の下に晒したのだった。


 腐女子のみなさまおまたせいたしました。


「ロイド安心しろ!! お前だけに出させはしない!!」


「流石ティト殿ぉ!!」


「俺も出そうではないか、漢のミルクという奴を!!」


 ふぬぁあああああっ!!!!


 騎士二人の魂を震わせたような雄たけびが晴天に木霊し、女エルフのやだもーという声が続いて青空に吸い込まれた。


 やだもー、このアホたち。

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