第301話 ど男戦士さんと連邦騎士団
【前回のあらすじ】
冒険者ギルドの経営者からの案内で、謎の青年騎士と引き合わされた男戦士。
明らかに不遜な態度を向けてくる青年騎士。
男戦士の技能を疑問視する彼に対して、男戦士は、不意打ちにその鎧を破壊してみることで、見事に赤っ恥をかかせることに成功したのだった。
加えて、青年騎士が呟いた、【千鬼殺し】という二つ名を男戦士は否定する。
「俺は、千も鬼を殺してなんかいやしない、ということさ。そう、俺の二つ名は、エルフ・パイ・メチャデッカー、それだけだ」
「格好のつけかた、まちがってるんじゃねーの」
スケベ魔剣だけあって、エロスのツッコミは的確であった。
こんな時でも、流石だなど男戦士さん、さすがだ。
◇ ◇ ◇ ◇
外れた肩当てを脇に置いて、すまない、と、改めて頭を下げる青年騎士。
今度はその表情に、慇懃無礼さや男戦士への嘲笑はなかった。
十分に、自分の不明を思い知ったのだろう。
「貴殿の事を軽く見ていたことは謝る。申し訳ない、戦士ティト。いや、ティト殿」
「よしてくれ、俺はただの、エルフ・パイ・メチャデッカーなのだから」
「いや、ティト殿」
「どうか気兼ねなく、エルフ・パイ・メチャデッカーと呼んで欲しい。これはそう、心を許した魂の友にしか呼ぶことを許さない、俺の魂の名前」
「お気持ちは嬉しいが、普通に名前で呼ばせていただきたい!! 伝説の自由騎士ティト殿!!」
伝説の自由騎士。
また、飛び出してきたたいそうな肩書に、その場に集まる面々の顔が渋くなる。
今度はそこに男戦士の顔まで加わっていた。
そんな彼の反応に、青年騎士がようやく一矢報いてやったという顔をする。
「リーナス自由騎士団。連邦はもとより、どこの国にも属さず、与せず、ただ大陸を脅かす外威に対してのみ討滅する、大陸の守護者」
「……」
「貴方はかつてそこに所属していた。いや、それだけじゃない。騎士団の一部隊を預かる身であった。
「……さぁ、どうだったかな」
青年騎士の真っすぐな視線を、風にそよぐ柳のように涼し気に避ける男戦士。
しかしその眼はあきらかに泳いでいた。
さらに先ほどのような余裕は感じられなかった。
図星を突かれて狼狽えている。
はぐらかすのが下手か、と、魔剣はまた脳内でそんなツッコミを入れた。
「というかティトよ。ここまではっきりと言われて、はぐらかす意味あるのか?」
「……エロス。こればっかりは、俺の気持ちの問題なんだ。どうしても、それを簡単に認めることは俺にはできないんだ」
「ほんと生き方が下手だよなぁ、お前って奴はさ」
心の中の会話を経て、再び、男戦士が魔剣の柄頭を撫でた。
少し黙っていてくれないかとばかりに、とんとんと撫でていたそこを叩く。
すぅ、と、男戦士は深く息を吸い込んで、それから視線を青年騎士へと戻す。
下手に誤魔化すのはよそう。
真正面から自分を見つめてくるこの騎士に礼を尽くして対応しよう。
そういう気概が感じられる表情に、いつの間にか彼の顔つきは変わっていた。
「リーナス自由騎士団に所属していたのは認めよう。
「……やはり!!」
「しかし、それはもう過ぎ去りし日のこと。俺は既にリーナス自由騎士団から籍を外している。騎士団の
「そんなことはない!! 引退してなお、貴方の戦士としての実力は本物だ!! こうして戦士技能レベルだって、当代随一の腕前になっている!!」
「まだ、正式に鑑定をした訳ではない」
「それでも!! かつて、北より大挙して押し寄せて来た鬼の一団から、この中央大陸を守り、そのことごとくを討滅したのは貴方ではないか!! ティト殿!!」
「……エルフ・パイ・メチャデッカーだ。やはり、誰かと勘違いしているようだ」
真剣に青年騎士を見据えながらも、頑なに自らの功績は認めようとしない男戦士。
生き方が下手という、魔剣の評に間違いはない。
どこか自由の無い生きざまがそこにはあった。
そして、そんな男戦士に、しびれを切らしたように――。
「ティト殿!! その、鬼をも打ち倒す力が、我々にはいま必要なのです!! さきほどからの試すような発言についてはお詫びします!! ただ、我が連邦騎士団は、迫りくる危難に備え、貴方を騎士団長として迎え入れたいと考えているのです!! 騎士として――中央大陸の守護者として、今一度、お立ちになってください!! 貴方には、この大陸を救うだけの力がある――どうか、お願いします、ティト殿!!」
さきほどまでの傲岸不遜な態度はどこへやら。
青年騎士は、その場に膝をつくと、頭を床に擦りつけるくらいまで下げて、平伏して男戦士へと迫ってきた。
その鬼気迫る様子に、男戦士も、店主も、冒険者ギルドの経営者も息を呑む。
エルフ・パイ・メチャデッカー、などと、言って誤魔化している場合ではない。
男戦士はテーブルの横を通り、すぐに青年の横へと歩み寄った。
「顔を上げてくれ」
「嫌です!! ティト殿!! 私は、意地でも貴方を連邦騎士団にお招きする!! そういう使命を受けてここにやって来たのです!!」
「まずは詳しく話を聞かせてくれ。騎士団がどうこうはそれからでもいいだろう?」
そう言って、青年騎士の肩を叩く男戦士。
青年騎士はようやく顔を上げると、その肩にかけられた手から順に、男戦士の顔へと這わせるように視線を動かした。
それに合わせて、涙がその頬を伝う。
どうやら、彼が尋常ならざる決意と事情を持って、この場に挑んでいるらしい。
さて、困ったな、と、苦悶の表情を浮かべる男戦士。
しかし一方で彼の頭の中には、つい先日別れた――北の大エルフこと幸福の神の言葉が響いていた。
暗黒大陸の脅威は、すぐそこまで迫っている。
「これがそうなのか、アリスト・Ⓐ・テレスよ……」
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