第275話 ど男戦士さんと鬼になるとき

【前回のあらすじ】


 最後のくろがねの巨人――青の鉄人ブルー・ジャイアントが発した緑の光線が砂漠に光の柱を立てる。

 巻き起った爆発。砂煙が塔まで押し寄せる中、コウメイは中央大陸への侵略を声高々に宣言した。


 くろがねの巨人の力をもってすれば、それは不可能ではない。

 そして、もしそんなことになれば、未曽有の大混乱は不可避だろう。


 女エルフたちがたじろぐ中、男戦士が声を張り上げた。


「この俺が居る限り――鬼族の呪いがある限り、まだ勝機はある!! かつて、くろがねの巨人は鬼と戦うために造られたと聞く。ならば……」


 しかし、そんな言葉を言う男戦士は、全裸であった。


 全裸戦士ティト。

 魔剣エロスと、自前のマグナムの二刀流で、推して参る。


「推して参るな!! なんだこの最悪なクライマックス!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「全裸なのはいい、それは許そう」


「……うむ」


「しかし、せめて前を隠してくれ。ただでさえ女所帯なんだから」


「いや、そんなこと言っている場合じゃないだろう、モーラさん」


「だまらっしゃい!! だいたい、アンタはいつだってそうよ!! なんでもかんでも、変な方向に話を持って言ってくれて本当に――どうしたいのよ!!」


 クライマックス。

 シリアスモードもシリアスモード。

 さぁ、ここに今、最終決戦が始まろうという所に、全裸で突っ立つ男戦士。


 そりゃまぁ、女エルフも怒ってというか、呆れてお冠になるのはしかたない。


 そしてそんな風に迫られれば男戦士も全裸正座まったなしである。


 局部を太ももの間に挟んで見えなくした男戦士。

 申し訳なさそうに彼が目を伏せる中、お説教はまだまだ続く。


「何かこう、隠すのに適当なものとかなかったの!!」


「……前に戦った時に手に入れたミノタウロスの角なんかがあるけれど」


「あれは遺品でしょ!! そんなことに使われる、クダンちゃんの気持ちにもなってみなさいよ!!」


「いや、けど、前に一回つけてるし」


「そういう問題じゃない!! もっとこう、死者に敬意を持てと!! というか、フルプレートメイルの兜でもかぶせとけばいいでしょ!!」


「そんなことしたら、兜が被れなくなるじゃないか!!」


「あんたが受ける精神的被害より、こっちの精神的被害の方が大きいのよ!!」


 完全に、コウメイそっちのけで痴話喧嘩。

 これはどうしたらいいのだろうかと、コウメイが乗った青の鉄人ブルー・ジャイアントも、空中で静止して手をこまねいていた。


 いつものどエルフワールド炸裂である。


 こうなってしまうともう、誰も彼らを止めることなどできない。


「……だいたい、今更裸の一つくらいでなんだというんだ!! さんざん、これまでだって俺の全裸をモーラさんは見てきたじゃないか!!」


「人を痴女か何かみたいに言うな!!」


「どエルフだからって、なんでもかんでも許されると思ったら大間違いだぞ!! 俺だって、本当はこんな風に全裸になりたくなんかないんだ!!」


「だったら、ならなけりゃいいでしょ!! そう思うなら何かで隠せよ!! せめて内また気味にして、見えないように努力するとか!!」


「しかし、しかしだ……男が内またで、股間を隠しながら立つ。そんなポーズで、はたして格好がつくだろうか。やはり男なら、大股開きで!!」


「格好の話はどうでもいいから!! というか、全裸の時点でもうどうあがいてもしまらないわよ!!」


「そんなことはない!! 尻の穴くらいは締まらせられる!!」


「そんなもん締めてどうすんのよ!!」


 あの、そろそろ、こっちに話を戻してもらっていいでしょうか。

 そんな控えめな声が、空から降り注いでくる。


 あの大宰相コウメイも、怒り心頭の女エルフを前にしては、迂闊に声も出せぬという塩梅らしい。


 しかし――。


「ちょっと今大事な説教中だから、少し黙っててくれる!!」


「……はい」


 コウメイの要望は無慈悲にも却下された。

 それくらい、抗いがたい剣幕だったのだ。


 はたしてローブの下に忍ばせている水着のせいか。

 それとも、ここクライマックスに至ってまで、まだしょうもないことをする、男戦士に愛想をつかしてかは分からない。


 とにかく、今日の女エルフは、ちょっといつもより怒りっぷりが激しかった。


「だいたい、鬼に変身して戦うって言うけど、どうするのよ!! くろがねの巨人との体格差を考えなさいよね!!」


「それはその、いや、もうなんていうか、そうしないと収拾がつかなさそうだし」


「献身は美徳かもしれないけど、無謀な自己犠牲はただの蛮行よ!! 勝ち目があって言うならともかく、勝機もないのにそういうことしない!!」


「……けど!! そうしないと、モーラさんたちが危ないと思ったから!!」


「……ティト」


 うるり、と、女エルフの瞳に涙が浮かぶ。

 が、しかし。それに乗じて立ち上がろうとした男戦士に、すぐにその涙は乾いた。


「ステイ!! ステイステイ!! とにかく、立ち上がるな!! 内またからそれをはみ出させるな!!」


「……くっ、では、いったいどうやって鬼に変身しろと言うんだ!?」


「そのまま全裸正座のままで変身すればいいじゃない!!」


 なるほど、その手があったか、と、納得する男戦士。

 そして、納得するんかい、と、呆れかえる女エルフと背後の一同。


 ポンと手を叩いた男戦士は、よし、それでは、と、息を吐くと、全裸正座の状態のままきりりとした表情で前を向いた。


「我が身に宿るは猛り狂う紫の巨鬼!! 怨鬼降身おんきこうしん、地殻を貫き、天に哭くもの!! 赫青鬼かくせいきアンガユイヌ!!」


 正座したまま、男戦士の腹の紋章が紫色に光る。


 そのまま、むくりむくりと体中の筋肉が盛り上がったかと思えば、男戦士は、鬼へと変貌した。そうして、元の身長の倍くらいまで大きくなると、彼は魔剣エロスを握りしめると、立ち上がって大きく天に向かって咆哮したのだった。


「オォォオオオオオンン!!」


 鬼への変身に前後して、股間のマグナムは何処かへと消えた。

 よし、と、女エルフが納得したように首を縦に振る。


 そうして彼女は振り返ると、コウメイに向かって指を向けた。


「かかったわねコウメイ!!」


「なっ、なに!?」


「変身する僅かな隙を狙って、攻撃をされたら――そう思って、わざとこんな小芝居を打ってみせたのよ!! おかげで、こっちは無事に戦闘準備完了よ!!」


「いや、そんなことしなくても、物語のお約束的に、変身中に攻撃なんて……」


 というか、本気で怒ってるんじゃなかったのか。

 困惑するくろがねの巨人――の中のコウメイ。

 さぁ、やっちゃいなさいな、という、女エルフの号令と共に、紫の巨鬼が、それに向かって躍りかかった。


 かくして、最終決戦の火ぶたが切って落とされた。


「……本気で怒ってるのかと思ってました」


「……だぞ」


「まぁ、八割くらいは本気よ。そりゃねぇ」


 ですよね、と、女修道士シスターとワンコ教授が女エルフを見る。

 しかしながら、そのおかげで、好機を得ることはできた。


 今回ばかりは字義通り、流石だなエルフさん、さすがだ、という所であろう。

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