第八章 ジャイアント・コウメイ どエルフ最後の日

第272話 どエルフさんたちと真・コウメイの罠

 十階。

 しかしそこは、階というにはいささか明るい場所だった。


「……空?」


「だぞ? 屋上に出てしまったんだぞ?」


「バビブの塔は、全部で十階あるのではなかったのですか?」


 広がるのは青々とした空。

 白い雲が流れるそこにはちょうど真上から、砂漠の太陽が照り付けていた。


 確かに屋上と言われれば、そう見えなくもない。

 しかし――。


「……砂漠の楼上にしては妙に気温が低い。もしここが屋上なら、太陽の熱を受けて、もっと熱い場所になっているはずだ」


「ほんと、そういう冒険に関する勘だけはちゃんと働くのね、ティト」


 男戦士が冷静に状況を分析してみせる。

 確かに彼が言った通り、その場所は、屋上にしては妙に快適であった。


 無風であり、太陽光の熱さも感じない。

 どちらかと言えば、これまでのフロアと同じく、そういう風景を見せられている、といううような感じがしないでもない。


 むぅ、と、頭を傾げたのは女エルフだ。


「どういう意図のフロアなのかしら、なんというか、今までで一番まともなフロアで、ちょっと拍子抜けなんだけれど」


「ですね。いったいどんな守護者が出てくるのかと、やきもきしたものですが」


「だぞ!! というか、そもそも、くろがねの巨人の姿自体がないんだぞ!! どうなってるんだぞ!?」


 そう言われてみれば、と、女エルフたちが顔を見合わせる。

 まさか語られたのだろうかと魔性少年の方を見ると、彼もまた、何処か困惑した表情で首を横へと振った。


 どうやら、この状況は彼にとっても予想外の出来事ということらしい。

 それにたまらず唸ったのは女エルフだ。


「どういうこと? 頂上にくろがねの巨人があるんじゃなかったの?」


「僕もそうだと思っていたのですが、おかしいですね……」


「だぞ、これもコウメイの罠なんだぞ?」


「いえ、くろがねの巨人の反応は確かにこの辺りから感じるのですが……」


『お答えしよう。つまるところ、ここは私の執務室。このショーク島をあまねく監視するために作られた、物見櫓である』


 ぶぅん、と、いう音がしたかと思うと、いきなり青空が広がっていた世界が黒色に暗転する。何事だろうかとざわめく男戦士たち。

 慌ててトーチの魔法を展開しようとした女エルフだったが、それよりも早く――。


 彼らの視界めいっぱいに、妙にしたり顔をしたちょび髭インテリ男の顔が、いくつもいくつも並んで現れた。


 同時に、ウィンウィンという音と共に、空から籠が下りてくる。

 鋼の骨組みで出来ているそれの上には、視界全体に映るしたり顔をした男――彼が扇子を持って乗っていた。


 その耳先は――女エルフと同様に、鋭く尖っている。


「なんだお前は!?」


「なんだとは随分ですね。ここまで数々の私が仕掛けた罠を破って来たというのに、それでも気がつかないとは。貴方、さては知力1ですね?」


「な、なぜそれを!?」


 いきなり自分の知力を当てられて動揺する男戦士。

 そんな彼の腰で、あちゃー、と、瑪瑙の魔剣が声を上げた。


「いや、そうなんだろうなぁとは思ってたけど、まさか本当にそうだったとはなぁ」


「エロス!? お前、何か知っているのか!?」


「俺はこの塔に、を求めて挑んだんだよ。いや、神に謁見するっていう手も考えたけどよぉ。人間のことは人間で解決したいだろう?」


「……ちょっと待って? それってつまり!?」


 ふぁさりふぁさりと、水鳥の羽根で出来た扇子を顔の前で揺らしている男。

 彼はそれをパシリと音をたててたたむと、鋼の籠から飛び降りて、男戦士たちの前へと立ちふさがった。


 白色の衣装に身を包んだ彼は、武闘派とは思えない。

 しかし、妙な威圧感をその背中に背負っていた。


「ふふふ、そちらの魔剣どのはなかなか良い所までこられた。しかし、超能力者――操者の血族ファクターでなければ除去できない霧の中で、自らの立ち位置を見失い自滅するに至った」


「まるで見てきたように言いやがって!! くっそ、胸糞の悪い奴だな――ティト、さっさと斬っちまおうぜ、こんな奴!!」


「いやそんな、いきなり言われても。何がなんだかこっちも頭が追い付いていない」


「そうです三十六計を考えるに、まずは落ち着くことこそ肝要です。なるほど、知力は1のようですが、動物的な勘は働くようですね貴殿は」


 怪しく笑う、白色の衣装の男。

 そうしてその総髪を、ふぁさり、と、たなびかせると、はっはっはっはと声高らかに笑った。


 じわり、と、魔性少年、そして、女エルフの額に汗が滲む。

 どうやらこの二人には、彼が何者なのか見当がついたようだった。


「……やはり、そうだったのか」


「塔の全体的な統一感、そして、この塔に仕掛けられた数々の罠。守護者――それが数百年もたって維持されていることを疑問に思わなかった訳ではななかったのよ」


「そういう可能性もある。しかし、その耳を見て確信しました――」


 貴方が、コウメイですね、と、魔性少年が言い放つ。

 それと同時に白色の衣装の男は、ぴたりと笑い声を止めた。


「……いかにも!! 我こそは、ショーク国宰相にして、ハイエルフ!! 高祖ゲントゥクの遺訓を守り、この国の趨勢を見守る、稀代の大軍師コウメイ!!」


 最後のフロアの守護者。

 そして、罠は――コウメイそのものであった。


「待っていたぞ、操者の血族ファクターの末よ!! お主がここに来ることを!!」


 稀代の大軍師が扇子を魔性少年へと向ける。


 その一声と共に、がくり、と、魔性少年がその場に膝をつき――そして糸が切れた人形のように、前のめりに倒れたのだった。


「コウイチ!?」


「コウイチくん!?」


「だぞ、これはいったい!!」


「コウイチさんにいったい何をしたんですか――コウメイ!!」


 ふふふ、と、また、扇子を広げると口元を隠して笑うコウメイ。

 彼が何かしらの魔術を使ったのは間違いない。


 しかし、それが何なのかさっぱりと分からない。


 だが。

 超能力という得体こそしれないが無敵の力を持っている魔性少年を、一瞬にして沈黙させたそれが、強力なものであることは疑う余地もない。


「安心せよ。これは、私が千年の月日をかけて編み上げた、ただ一度――この時・この瞬間のための大秘術なり」


「大秘術!?」


「……そう!! そして、ここに我が大願は成就せり!! さぁ、今こそ立ち上がるのだ、最後の巨人――青の鉄人ブルー・ジャイアントよ!!」


 バビブの塔が震える。

 魔性少年の超能力でもないのに震える。


 コウメイの顔で覆われた世界が割れて、辺りに本物の空が浮かび上がる。

 天上の太陽を背にして立つのは、青い巨人――。


 人の数倍の背丈を持った鉄の巨人。

 ナンバリングであろうか、胸には28の文字が黄色い文字であしらわれていた。

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