第263話 どエルフさんと死人の騎士

【前回のあらすじ】


 ついにバビブの塔九階へと突入した男戦士たち。

 襲い来るグールの群れに、いつもの調子でエロ魔法――ではなかった、浄化魔法【ソープサイクロン】をお見舞いしようと女修道士シスター


 しかし、それに先んじてグールの群れは一瞬にして倒されてしまった。


 倒したのはフルプレートメイルを着た死人の騎士。

 グールと同じく干からびた顔をしているそいつはしかし、明朗快活な口ぶりで叫ぶのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「……なに? あのやたらと元気なグールは?」


「おかしいんだぞ!! グールは体を動かすことはできても、ゆっくりとしか動かすことはできないんだぞ!! 喋ることなんてできないはずなんだぞ!!」


「異常なグールですね。これは検体として持ち帰り、教会で調査する必要があるかもしれません」


 口々に、死人の騎士を前にして呟く男戦士パーティたち。

 しかし一人だけ、男戦士が静かに剣を抜いた。


「……みんな、八階に避難していろ。こいつは危険だ」


「なに言ってるのよティト」


 そう言って振り返った女エルフが絶句する。

 そこには今まで見たことのない、少しの余裕もない顔をした男戦士がいた。


 どのような時でも、飄々としていて余裕のある彼。

 どんな強敵を前にしても、自分のペースを乱さない彼が、顔に脂汗を滲ませて剣を握りしめている。


 それは女エルフが初めて見る、男戦士の真剣な姿であった。

 同時に彼女の胸をざわめきが襲う。


 そんな彼らの緊張感を小ばかにするように、ゲタゲタと死人の騎士が汚らしい笑い声を霧の中に上げた。


「ぐはははっ!! いいじゃねえか、いいじゃねえか!! 女エルフに、女修道士シスター!! どっちもそそるぜ!! 俺の心のちんち○が滾ってしょうがねえ!!」


「……貴様、口は慎め」


「百年もこんな色気のない塔の頂上で、グールやってりゃ溜まって仕方がねえんだよ!! お前も男だろう、だったらっ察しろよな!! ちんち○ついてるのか!!」


 死人の騎士の放埓な言い草に、男戦士が食って掛かる。

 また、その不穏な内容に、女エルフたちは身を震わせた。


 この目の前に立っている死人の騎士は、その騎士然とした格好とは裏腹に、どうやら相当な下種だったらしい。


 ふと、思い出したのは、リリィの言葉だ。

 かつて上の階へと昇って行った小凄い戦士が居ると、彼女は言った。


 リリィをして、乳くさいガキといったその男。

 もしや彼こそその男ではないのか。


 そんなことを思ったとき、死人の騎士は剣の柄を肩に担いで、真っすぐに男戦士の方にその切先を向けた。


 戦闘の構え。

 しかし、そんじょそこいらの冒険者のそれとは風格が違う。


 弾けんばかりの威圧感を前に、男戦士の肩が竦んだ。


 もし、一瞬でも気を緩めたら、死人の騎士は一瞬に間合いを詰めて男戦士に刺突を繰り出していたことだろう。すかさず、男戦士が剣を正眼に構えて、それに応える動きをしたからこそ、激突は回避できた。


 できるも何もない。

 この死人の騎士は強い――そう男戦士は確信した。


「グールになる前は名のある騎士だったとお見受けする。しかし、その威厳もグールとなって地に落ちたか」


「ぐははっ、騎士だと、この俺がぁ!? そんなんじゃねえよ!!」


「なんにしても、一つ、お前に言っておくことがある」


「……んだ、威勢のいいガキじゃねえか。おう、言ってみろよ。女とのまぐわいも楽しいが、男との命のやりとも楽しいんだ。激しくやりあうからには、てめえのことを俺も知っておきたい」


 戦闘狂。


 死人の騎士から感じられるその異常なまでの威圧感。 


 しかし。

 それに臆することなく、男戦士が一歩その間合いを詰めた。


 彼は堂々と剣を構えながら――グールに向かって一言。


「……ついている」


「なに?」


「俺の股間に、ちんち○はついているぞ!!」


 はっきりと、股間にそれがあることを告げた。


 その台詞にぽかん、と、周りが沈黙する。


 今、それを言う所だろうか。

 その場にいる誰もが、そう思っている様子であった。


 それはそう、目の前の死人の騎士も同じ。

 そしてその沈黙はまた、彼にとっての致命的な隙となった。


 はたして偶然か、それとも故意なのか。

 男戦士の言葉により、一瞬、何を言っているのだこいつとなった死人の騎士。


 そこに向かって男戦士は跳躍して間合いを詰めた。


 致命的な判断の遅れに、死人の剣士が構えを直そうとするが間に合わない。

 剣を担いでいない方の肩に向かって、振り下ろされた男戦士の剣。


 鎧の隙間、首を狙っての一撃は、見事にそれを跳ね飛ばした。


「……やった!!」


「グールとはいえ、首を跳ね飛ばされてしまえば、行動は大きく制限されます。流石ですねティトさん。いつものエロボケと見せかけて不意打ちと……」


 そう解説する女修道士シスター

 しかし。すぐに首なしとなった死人の騎士の剣閃が、男戦士の頬を掠めていた。


 グールは先に言った通り、死した人間の体を人間の魂が操っている状態だ。

 首を切り離されれば、当然、視覚情報は失われ、大きくその行動は制限される。


 正確に、男戦士に向かって剣を振るうなど、本来であれば不可能。

 にもかかわらず、グールは男戦士に剣を突き出してきた。


 これはいったい、と、男戦士も女エルフも黙り込む。


 そして。


「ぐはははっ!! やるじゃねえか!! エロネタからの不意打ちとは、恐れ入るぜ!! お色気剣術セクシーコマンドー使いか!! だが残念だったなぁ、俺はその程度じゃ殺せないぜ!!」


 相変わらず下卑た声が霧の中に木霊する。

 首から上を失い、もはや声を発することもかなわないというのに、だ。


 死人の騎士。

 そのあまりの異常さに、男戦士たちが戦慄した。


「おう!! なかなか骨があるのは、さっきの一撃で分かったぜ!! いい殺し合いになりそうだ、存分に楽しもうじゃねえか、若い戦士よぉ!!」


 首を失ったことを、まったく意に介していない死人の騎士。

 一歩引いて、再び間合いを取った男戦士に向かって、また、肩に剣を担いで、死人の騎士は刺突の構えをとって見せた。


 そんなやり取りのさなか。


「……馬鹿な。あり得ない。こんなものまで、コウメイは用意したというのか」


 魔性少年が静かに呟いた。

 彼のその言葉を、背中で聞いていた女エルフは聞き逃さない。


 いったいなんなの、と、尋ねた彼女に、魔性少年は青ざめた顔を向けて言った。


「あの死人の騎士について、解析アナライズが完了しました」


解析アナライズ?」


「……聞いて驚かないでください。あの騎士は、戦士技能レベル10です」


 戦士技能レベル10。

 それは、伝説級の戦士であるということ。


 戦士技能レベル7の男戦士との技能差が3であることを考えると。


「駄目よティト!! そいつと戦っちゃいけない!!」


 女エルフが思わず叫んだのは、仕方のないことであった。

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