第232話 どワンコ教授と貴重な遺跡

【前回のあらすじ】


 スライムと出会ったらネチョらない訳にはいかない。

 だってそういうものだから。


 そう言って、男戦士は自らスライムを頭からかぶるのであった。


「あぁ、いやぁっ鎧の中にスライムが!! あっ、ダメ、そこは敏感なのぉっ!!」


「男のお前がやるんかぁい!!」


 お色気担当が居ない上に、アホしか居なくてまっこと申し訳ない。


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞ。しかし、流石はコウメイが作ったダンジョンなんだぞ。ダンジョン工学に基づいた見事な設計になってるんだぞ」


「そうね。地図があるとはいっても、モンスターがわさわさ沸いて来て大変だし」


「二階を攻略するだけだというのに、随分手間取ってしまいましたね」


 踊りかかって来たマタンゴの群れ。

 それを大剣使いと男戦士の二人で短冊切りにして、ようやく彼らは三階へと続く階段の前にたどり着いた。


 狭い通路だったため、魔法使いや僧侶の出番は少ない。


 その代わりとばかりに、体を張ってモンスターたちを倒す男戦士と大剣使い。

 二人は、きゃいきゃいと騒ぐ女たちを背中に、肩を激しく浮き沈みさせていた。


「おつかれさまです」


 そんな二人をねぎらうように魔性少年がその肩を叩く。


「お二人のコンビネーションのおかげで、なんとか無事に二階は突破できましたね」


「うん、まぁな」


「コンビネーションというほどのものではない。これくらい、冒険者をやっていれば、できてあたりまえのことだ」


「またまた。お二人がそれだけの使い手だからですよ」


 この魔性少年、女の扱いも手慣れていれば、男の扱いも手慣れている様子。


 まんざらでもないという感じで鼻頭をこすっている男戦士。

 そして、なぜか頬を紅潮させている大剣使い。


 その姿を見て、こりゃこの少年は将来とんでもない大物になるかもね――なんてことを女エルフはふと思った。


 ふと、そんな視線に気がついたように、魔性少年が女エルフの方を向く。


「さて、三階は打って変わって、だだっ広い部屋になります。魔法なんかも、バンバン使えるので――というか、使わないといけないフロアなので、期待していますよ」


「え、えぇ、それはもちろん。任せてちょうだいな」


 未だに真っ直ぐに見つめられると、年甲斐もなくその視線にどぎまぎとしてしまう。これも軍神ミッテルから与えられた力か。


 胸を押さえ、それとなく視線を逸らして女エルフは言った。


「だぞ。しかし、これだけのダンジョンを建てるには、相当時間がかかるはずだぞ」


「大陸での戦争で大敗して、逃げて来たにしてはなかなかに余裕のある話ですよね」


「だぞ。それなんだぞ。ボクもずっと気になっていたんだぞ」


「と言いますと?」


「これだけの大型建造物、幾ら当時のダンジョン作成の第一人者であったコウメイと言っても、存命中に作るのは難しかったんじゃないのかな――と、そう思うんだぞ」


 ふむ。と、ワンコ教授の推理に興味深そうに手を顎に当てたのは、魔性少年。

 それはこれまでで、彼が一度も見せたことのないものだった。


 まるで、心の底から何かひっかかりを感じている――。

 というような、そんな意味深な表情。


 パーティの中では一番付き合いの長い、大剣使いが魔性少年のそんな素振りに、少しばかり動揺した。そんな同様を察してか、すかさず、ははは、と、また、魔性少年は笑って顎元から手を離した。


「まぁ、コウメイの遺志を継いだ将兵も多かったと聞きますし。そういう人たちが、死後も協力して建てたんじゃないでしょうか」


「だぞ。設計図だけコウメイがしたためて、後は他が引き継いだと?」


「おそらくですけれど」


「むぅ、ダンジョンの二階を見ただけでは分からないけれど、なんだかそれは違う気がするんだぞ」


「というのは?」


 また、魔性少年は手を顎に当てた。

 どうも考え事をするときの彼の癖らしい。


 歩み寄られたワンコ教授がどぎまぎとした顔をして目をしばたたかせた。

 えっと、その、と、言いながら、彼女は次の言葉を探す。


「なんというか、統一感がある気がするんだぞ」


「統一感」


「長い年月をかけて、改増築した建物なんていうのは、多かれ少なかれ、歪な――というか余計な部分があるものなんだぞ」


「設計者と実際に造っている人が違うからということですね?」


「だぞ。いま通って来た、第二階層の最短ルートには、そんな歪さが少しも感じられなかったんだぞ」


「つまり?」


「――コウメイが、直接差配したんじゃないのか、と。いやけど、そんなの、あり得ないんだぞ。こんな大きな塔を、ただの人間が存命中に仕上げるなんて」


 ごめんなんだぞ。

 話を打ち切って、そそくさと女修道士の後ろに隠れるワンコ教授。


 先ほどのスライムの一件で、ワンコ教授に一目を置いているのだろうか。

 どうにも魔性少年は、彼女の言葉を重く受け止めているようだった。


 しかし、そうは言っても、ワンコ教授が最後に言ったとおりである。


 この規模のダンジョンを造りきるまで、ただの人間が生きていられる訳がない。

 なまじ、若いうちからそれに取り組んでいたのならまだしも――。


「まぁ、ケティの言っていることは分からないでもないが、まだ確かに一階と二階しか見ていない状況だ。これから先に進むにつれて、違和感が出てくるかもしれない」


「ティト」


「判断は上の階に行ってからでも遅くはないんじゃないだろうか?」


「そうね――ティトにしては珍しく的を得たことを言うじゃない。私も同意見よ」


「そもそも、五階以上の地図はないんだ。行ってみないことには分からない。もしかすると低階層は、コウメイが存命中に作られて統一感があっただけかもしれん」


 男戦士にしては鋭い指摘であった。

 と、ここは知力1に対して、冒険者としての経験値が加わっているからこそできる発言でもある。数々のダンジョンを見て来たからこそ、その一部を切り取って、どうこうというのは早計だと、彼は言いたいわけだ。


「そうかもしれませんね」


 と、魔性少年。

 しかし、その笑顔にはどこか陰りが感じられた。


「それに、もしかしたらコウメイは人間じゃないかも。エルフやドワーフなら寿命は長い。それなら、この塔を造るまで生きていることもできるかもしれない」


「えー、それはないわよ。エルフが人間の王に仕えるなんて、よっぽどのことでもない限りあり得ないわ」


 と、合いの手を入れた女エルフ。


 エルフ族は基本的に排他的な種族である。

 そう言いたかったのだが――。


 なぜだろう、久しぶりに男戦士と女修道士が、いつもの顔をしていた。


「よっぽどのことっていうのはいったいどういう意味なんだモーラさん!!」


「よっぽど、よっぽど王に仕えなくてはいけない関係とは、それっていったいどんなものなのでしょう、モーラさん!!」


「え、いや、その、私もよくわからないで言ったというか」


「嘘つけ、どうせいやんばかんな関係を考えたんだろう!!」


「コウメイ×ゲントゥクとか考えちゃったんですか!! 不潔ですモーラさん!!」


「考えとらんがな!! 勝手に人をスケベ扱いするな!!」


 短冊切りになったマタンゴ。

 その屍を踏みしめて、男戦士と女修道士を追いかけまわす女エルフ。


 そんな光景を階段に腰掛けて眺めながら、愉快な人たちですねぇ、と、笑ってない目で魔性少年は言った。


「――もしかして。いや、まさかな」


◇ ◇ ◇ ◇


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