第210話 ど氷の精霊王と北の大エルフ

【前回のあらすじ】


 北の大陸は狗族に伝わる話をもとに、北限の谷へと向かうべく北の大山へと向かった戦士一行は、そこで氷の洞窟を発見した。

 いつもの要領で探検していた彼らがその中で見たものもは、氷の柱の中で眠る幼女の姿であった。


 彼女こそは氷の精霊王『ウェンディ』。

 北の大エルフに頼まれて、そこでここを訪れる者たちを待っていたのだという。


 北の大陸の狗族に、北の大エルフが接触してからはや百年。

 百年後の未来を予測する、北の大エルフとはいったい何者なのか――そして、彼はなぜそのようなことをするのか。


 とまぁ、それはともかくとして。


「ほれほれ、ピュアわんわん。なんで逃げるかな、せっかく契約してやったのに」


「だぞ!! お前みたいな破廉恥な奴と一緒にいたら、僕まで破廉恥な奴だと思われちゃうんだぞ!!」


「そんなことないわよ。あ、そうそう、私の魔法で、服を着ているのに着ていないように見せたりすることもできるんだけれど」


「するんじゃないんだぞ!! いいか、絶対にするんじゃないんだぞ!!」


 氷の精霊王に気に入られたケティは、彼女に無理やり契約をさせられたのであった。


「まったく、精霊王ってのには、まともな奴がいないのかしら」


「酷いですね、まるで、イフゥ・リートさんを変態みたいに」


アオアオそうだそうだ


「うん、まず、意思疎通をルビなしでできるようになってから、そういうことは言ってちょうだい」


◇ ◇ ◇ ◇


 なにはともあれ、洞窟の封印に携わっていた、氷の精霊王と契約を果たした男戦士一行。しかし、それを喜ぶよりも先に、深まるのはそんなことをさせた、北の大エルフの意図についての謎であった。


「もう一度聞くけど、どうして氷の精霊王が北の大エルフに使役されているの?」


「精霊王というのは本来、人間に隷属するものではなく、あくまで力を貸すものだと聞いていますが」


「そりゃあんた、こっちにもやんごとない事情ってものがあるのよ」


 だからそのやんごとない事情とはいったいなんなのか。

 やっぱそこ気になるわよね、と、笑う氷の精霊王。


「ひとつだけいえることは、アイツは人とかエルフとか、そういう枠組みの中にいるモノじゃないってことよ」


「人でもエルフでもない?」


「北の大エルフなのになんだぞ?」


「雇用主の口から止められてるから、これ以上はいうことはできないの。ごめんねごめんね。けど、サービスはしてあげちゃう」


 私の目的は、ここまでたどり着いた人間を、北の大エルフの待つ場所へと導くことだから。


 そういうや、すこん、と、何かが抜けるような音がした。

 それは地の底から響いてくる。あっ、と、間抜けな声を男戦士たちが上げた時には、彼らが立っていたその場所に、ぽっかりと大きな穴が開いていた。


「はい、それじゃあ北限の谷まで、挑戦者さまご一行をご案内」


「ひっ、ひゃあああっ!!」


 ぽかり響いた洞穴の中に女エルフの叫び声が反響する。

 そのまま男戦士一行は、暗くつめいたい、氷のスライダーの中をどことも知れない場所――氷の精霊王の言葉が本当であれば北限の谷へと向かって、滑り落ちていったのだった。


「北の大エルフは偏屈ものだけれど、話の分からないエルフじゃないわ。どういう目的かはわからないけれど、会いに来るのを予見していたのだもの、きっと力になってくれるわよ。たぶん。うん。きっと」


「なによその微妙な台詞!!」


 暗い穴の中へと声と共に落ちていく彼らを、氷の精霊王はにんまりと、実に意地悪な笑顔で見送ったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「――あ、いたたた」


「大丈夫ですかモーラさん、それに、ケティさん」


「――だ、大丈夫なんだぞ」


 女修道士シスターの豊満な体をクッションのようにして、落下の衝撃をやわらげた女エルフとワンコ教授。

 彼女の胸に抱かれながら、二人はほっと顔を見合わせてあって安堵した。


「いきなりこんな穴の中に落とすなんて、あいつ、絶対にどうかしているんだぞ」


「今度呼び出したとき、そこんところちゃんと文句言ってあげましょ」


「――ところで、ティトさんの姿が見当たりませんが」


 いつもなら、こういう場面で、うれしくもなく需要もないラッキースケベに合いそうな男が、どうして見渡せる範囲にいない。

 といっても彼女たちがいるのは洞窟の途中。

 暗く光も頼りなさげなその場所で、体が触れ合う位置でもないのに、すぐに仲間の姿を確認するほうが難しいだろう。


 すぐにトーチの魔法を使って、周囲を照らす女エルフ。

 綺羅めく氷の壁が照らし出され、それが削れてできたのか、はたまた、氷の精霊王の権能なのか、新雪が彼らが立っている道の上には満ちていた。


 その新雪が降り積もっている道に、何かが滑った跡がある。


「レザーメイルを着ていたからでしょうか。ティトさんだけ余計に滑ったみたいですね」


「世話の焼ける奴ねまったく」


「だぞ。進行方向は、勾配から言ってあっちの方みたいなんだぞ」


 ほのかに道の先に光が見えた。

 トーチの光を拾って、壁が光っている訳ではない。

 出口、どうやら、そこに男戦士はいるらしい。


 急ぎましょう、そう女エルフが声をかけて、三人は走り出す。はたして、三十歩ほど洞窟を歩くとそこには――。


「なに、ここ?」


「もしかして、ここが」


「北限の谷、なんだぞ」


 どこまでもどこまでも、底が見えない悠久の谷が広がっていた。

 そんな谷の急な勾配の途中。にょろりと突き出た氷柱に、ひっかかって、男戦士がぶらさがっている。


「危なかった――。もう少しで、この果てのない谷底に落ちるところだった」


「大丈夫、ティト」


「あぁ。やはり――パンツは伸縮性と丈夫さを兼ね備えた、ブリーフに限るな!!」


 にっと、まったく命の危機など感じさせない風に言う男戦士。

 そのまま谷底に落ちていたほうが良かったのではないか。この時ばかりは、女修道士、そしてワンコ教授もそう思ってしまったのであった。


「はっ、モーラさん、なんだその目は。やめて、俺の尻の谷間を見ないで」


「誰が見るかそんなもん」


「こんな危機的状況でも、ラッキースケベを忘れないとは!! 流石だなどエルフさん、さすがだ」


「その突き出ている氷柱、溶かしてもいいかしら」

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