第199話 どエルフさんと出航

 白百合女王国でのクーデターから一晩があけた。


「さぁ、今度こそ北の大陸に向かって出発よぉ!!」


 エルフィンガー・ティト子に扮したティトが息巻く。

 もはや、彼が男であることは、船員の誰もが知るところであったが、それでも彼は女装をやめなかった。


 曰く、女所帯で一人男がいるというのは気を使うだろう、とのことだが、その格好とテンションの方がいろいろと精神を削られそうである。


「だぞ、単に女装したいだけなんだぞ」


「困った性癖ですね。一度、神の愛で矯正した方がいいのかもしれません」


「余計に悪化しそうな気がするのは私だけかしら」


 やたらハイテンションなティト子を眺めながら、女エルフたちがため息をつく。

 警察権を任されている関係上、復旧作業に携わらなければいけない第一王女は見送りに来れない。さみしい港を眺めながら、男戦士パーティは、束の間なれども濃密な時間を過ごした、白百合女王国に別れを告げた。


「面舵いっぱい!! さぁ、国を救った大英雄を、北の大エルフのもとへとお連れするぜ!!」


 女船長の威勢の良い掛け声が響く。

 その言葉を受けて、ほら、外に出てたら危ないわよと、女エルフは男戦士の手を引いて、船室へと引っ込んだのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


 港のはずれ。

 出港していく船を眺めている一人の男がいる。


 青い外套を潮風にはためかせて、その船の姿を眺める男は、船が波に乗ったのを確認すると、背中を向けて港を歩き始めた。


 ブルー・ディスティニー・ヨシヲ。


 革命の戦士は、いま、ただの戦士になった。


「ティト。俺が認めた戦士の中の戦士よ。いずれまた、青い運命が導くならば、会うこともあるだろう」


 さらばだ、と、呟いて彼はニヒルな微笑みを浮かべる。

 その時だった。いたぞ、と、女兵士の海を裂くような大声が聞こえたのは。


「スケベパンツ泥棒を見つけたぞ!!」


「レジスタンスの一般兵の命は助けても、スケベパンツを盗んだこの馬鹿だけは、決して許すなと女王陛下はお怒りだ!!」


「おのれこの変態下着泥棒め!! 女の敵、ここで成敗してくれる!!」


 屈強な、三人の女兵士たちがヨシヲの前に立ちふさがった。

 鍛えられたその肉体を前に、やれやれ、と、首を振ったヨシヲ。


 そうして、彼はその手に、青い光を走らせた。


「どうやら、俺の方は、しばらく逃げ回る生活が続きそうだぜ」


 電マ!!


 青い魔法戦士の必殺魔法が叫ばれると、あひぃ、と、腰が抜けた女兵士たちの声が晴天へと昇った。


◇ ◇ ◇ ◇


 その玉座には尋常ならざる瘴気が満ちていた。


 太陽の光も入らぬ漆黒のその間。怪しき紫色の燭台の炎が燃える中、ダークエルフ、そして――仮面の戦士が跪いている。


「申し訳ございません。余計な邪魔が入りまして、白百合女王国の攻略に失敗いたしました」


「くそっ、まさか鬼族の呪いを相手も持っているなんて、予想外だったぜ。というか、知っていたなら報告しろよな、大将!!」


 そう仮面の戦士が叫んだのは、玉座の右手に立っている男。

 黒い髪を揺らしているその男は、ふむ、と、仮面の戦士の言葉に顎先を撫でる。それはすまなかったと、謝るその声に、じろりと隣で跪いていたダークエルフが怒気の孕んだ視線を、仮面の戦士の方へと向けた。


 彼のせいにするな、と、言いたいのだろう。

 そんな彼女の剣呑な表情を察するように、黒い髪の男の対面側、玉座の左側に立っている女が口を開く。

 金色の髪を靡かせ、凹凸の激しい肉感的な体をしたその女。透けるような薄いローブを身にまとった彼女は、怪しく笑うとその視線をダークエルフに向けた。


「アリエス。もう一つ、貴方に命じておいた任務は、どうなりましたか」


「はい。大巫女ペペロペの下着は二つとも回収いたしました。ただ――妙な魔法をかけられており、その効力は一時的に封じられております」


「まぁ、なんてもったいないこと。せっかく私が苦心して、あの女王に授けたというのに。借りたものは汚さず綺麗に返していただきたいものですね」


 ふふ、と、怪しく笑う艶女。

 そんな中、窓の外に雷光が走った。


 玉座の前に参集している者たちの数は全てで八名。


 黒髪の騎士。

 黒いローブの艶女。

 鋼の鎧に身を包んだ巨人。

 青白い鱗を持った竜人。

 髑髏をあしらった杖を手にしたゴブリン。

 場違いな感じの、露出の高いメイド服に身を包んだ、ピンク髪の女。


 そして、仮面の戦士とダークエルフ。


 そんな彼らを前に、がたりがたりと玉座が揺れた。

 音に反応して彼らが一斉にその視線を玉座へとむける。


『よい。白百合女王国にダメージを与えることには成功した。これで、大陸の東の動きは確実に鈍くできた。上々の首尾である』


 人ならざる者の声がした。

 獣人のものでもなければ獣のものでもない。機械的に出された音でもないが、どこかこの世のものとは思えぬ響きを持った、不思議な声であった。


 その声に、おぉ、と、その場に居た者たちが歓喜の声をあげる。


「すると、いよいよ」


「我らの出番という訳ですな」


「――ォォン」


「腕が鳴る」


「ふぉっふぉっふぉっ、この島を渡るのは何年ぶりですかな」


「きゃるーん!! キサラ、殺る気満々ですぅ!! 先鋒はおまかせっ!! メイド殺法で大陸のふにゃちんどもなんて、ぽいぽいのぽいですぅ!!」


「御意」


「汚名は雪ぐぜ。今度はこんな無様は晒さねえ、この鬼の呪いに誓って――!!」


 雷鳴轟く中、決意の言葉が玉座の前に満ちた。

 それに答えるように再び玉座が震えた。


『時は来た!! 今ここに再び、神代の戦をはじめよう!! 我がしもべたちよ、存分にその力を奮え!! この世界に混沌、破壊、そして暗黒の時代を!!』


 この世界に暗黒の時代を。

 場にいる者たちがそう復唱する。


 今、この世界に――中央大陸に、未曾有の危機が迫ろうとしていた。

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