第188話 ど戦士さんと伝説の武器

【前回のあらすじ】


 一件落着かと思いきや、謁見の間に乗り込んで来たのは、レジスタンスの用心棒、赤い外套を身にまとった銀色の仮面の戦士であった。

 その身を雇われているはずのレジスタンス、その副リーダーをあっさりと手にかけた彼は、男戦士に向かって高らかと、白百合女王国を潰すと宣言してみせたのだった。


 いつになくシリアスな展開に女エルフや女修道士シスターがキョトンとする間もなく、男戦士がその凶刃を受ける。

 しかし、炎を噴き出すその不可思議な剣は、男戦士の剣を溶かし斬ったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「ふははっ!! 戦士が剣を溶かされたら勝負も何もあったもんじゃ――」


 仮面の戦士が言うより早いか、男戦士は腰のサブウェポン、手斧を抜くや逆手に握って下から彼の腕を打ち上げた。


 ごん、と、硬質な音と共に斧の峰で腕を叩かれた仮面の戦士の体勢が崩れる。

 笑いがひきつるよりも早く、男戦士はそのがら空きになった横っ腹に向かって、蹴りをすかさず打ち込んだ。


 登場時の威勢はどこへやら。

 胃の中の物をぶちまけて、その場に転がる仮面の戦士。すぐさま、その後頭部に向かって振り下ろされる男戦士の一撃に、すかさず、彼は転がってそれを避けた。


 間合いを取り、剣を下段に構えて睨み付ける仮面の戦士。


 一方、愛刀をまたしても失ったはずの男戦士は、あっさりとその剣の柄を捨てると、斧を両手に持って正面に構えた。


「てめぇ、なんだよそれ、得物は剣じゃなかったのかよ!?」


「剣が一番使い慣れているというだけのこと。その気になれば、俺はそこらへんに転がっているこん棒でだって戦える」


「――マジかよ」


 戦士技能レベル7の男戦士でである。

 さすがにこん棒は言い過ぎだが、剣に頼らずとも、斧、槍、その他、ありとあらゆる武器を使いこなせてみせるだけの技能は持ち合わせている。


 そんな戦闘のプロフェッショナルが、武器の一つや二つ、失ったところでうろたえる訳がない。なまじ、よっぽど特殊な武器を扱っているのならばまだしも、彼が手にしていたのは、普通に武器屋で売っている、大量生産の両手剣である。


 そのあたりの感覚がわからないのは、仮面の戦士が純粋な戦士ではないからだ。

 彼の戦士技能は、男戦士と比べて大いに劣る4。人よりも少し優れているかというくらいのレベルにある。


 それでも、ここまでの大混乱を起こせたのは――。


「武器の性能の違いが、戦力の決定的な差ってことだな。マジ感謝だぜクソ爺め」


 仮面の剣士が握りしめている魔法剣にあった。

 魔法技能についても5――熟練冒険者レベル――程度の彼。しかしながら、魔力を注ぐことで自在に形を変えるその特注の剣により、本来の技能レベルを超えた戦闘能力を彼は発揮することができるのだ。


 もちろん、そんな剣がこの世に都合よく存在するはずもない。

 誰がそれを彼に与えたのか。


 眉をひそめたのは相対する男戦士ではなく女エルフであった。


「ペペロペの遺物といい、明らかに古代遺物オーバースペックな魔法道具といい、いったいどうなってるの、これは」


「妙ですよね。明らかにあの下着も、炎の剣も、協会が封印指定をしていておかしくないような代物です」


「だぞ!! けど、そんなの相手に、ティトのやつ、全然ひるんでないぞ!!」


 睨み合い、相対する男戦士と仮面の戦士。

 再び青い炎をくゆらせて、切りかかってきた仮面の戦士を半歩ずらして避ける。避けざまに、的確に彼の体に打撃を与えていくあたりも、まさしく文句のない戦いぶりである。


 ぐっと、仮面に隠された顔の半分に苦渋が滲む。

 斧にいいようにいなされて、悔しいというのが素直な感情なのだろう。敬意か、あるいはそういう部族の習わしか、赤いフードの男は、それを頭から取り払うと、金色の髪を揺らして男戦士を睨んだ。


「やるねぇ。この剣を持った俺とここまで互角に戦えるのは、アンタとうちの大将くらいだよ」


「うちの大将?」


「警戒しろと言っていた理由がようやくわかったぜ。ティト。こうなったら、俺も全力を出させてもらう」


 外套の中からするりと抜け出したのは少しばかり柄の長い棒。

 魔法の杖とも見て取れないそれに、また、シャァと、彼が気合を込めると、長い炎の槍が飛び出した。


 火炎の槍である。これまた、普通の魔法装備などでは、絶対にない代物だ。


「剣と槍、同時に相手にするってのはどうだ、初めてなんじゃないのか」


「いや、そういうゲテモノ戦士も昔あったことがある。勝負は手数だが、そのように、奇をてらった業で来ればどうにかなるという考えでは、到底武芸を極めることはできないぞ」


「――うるせえな。ただの剣と槍ならそうかもしれねえが。こちとら両方魔法武器だ」


 その時のように、あっさりと決着なぞつかせるものかよ。

 叫んで仮面の戦士は男戦士へと躍りかかった。


 右からくる剣戟。それを交わしたところに、狙ったように飛ぶ槍の穂先。

 火力の調整によって自在に伸びるそれに、思わず、男戦士の顔色に焦りが滲んだ。


 助けなければ、と、女エルフが気をもんだが、割って入れるような状況でもない。

 はたして、二人の戦士の壮絶なる戦いの応酬に間が沸いた時だ。


「――ティト!! こいつを使え!!」


 そう言って、鞘に納まった両手剣を投げたのは、ドエルフスキーであった。

 どうして、彼が、と、問うている間もなく、仮面の戦士の刃が迫る。すぐさま、廊下に落ちたそれを拾い上げると、攻撃をかわしながら、彼は剣を鞘から抜き放った。


 と、その鞘から、微かに光が漏れ出る。

 思いがけず起こったそれは、間違いなくその剣が身に秘めている魔力の奔流そのものであった。


「こっ、これは!?」


 金色の文様が刻まれた緑色をした刀身。

 魔力的な素養を持っていない男戦士ながらも、尋常ならざる魔力をその刀身が発していることがまざまざと分かる。

 おそらく、目の前の仮面の戦士の魔法剣と同じく、相当な古代遺物オーパーツなのだろう。


「伝説のハイエルフ――赤毛のエルフがこさえたという、この世に二つしかない伝説の剣エルフソードだ!! そのひと振りは風よりも軽い!! ティト、いや、エルフ・パイ・メチャデッカーよ、それを使え!!」


「いいのか!!」


「同じエルフ好きではないか!! それに、その剣で、俺の友が愛したこの国を、救ってやってくれ!!」


 赤毛のエルフはついに見つからなかった。

 しかし、彼にまつわるそれは、どうやら見つけられたということらしい。


 わかった任せろ、そうつぶやくと、男戦士はそれを仮面の戦士に向かって正眼に構えたのだった。

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