第186話 ど女王陛下さんと通販

【前回のあらすじ】


 女は胸のサイズを気にする生き物である。

 それは人間もエルフも変わらない。先王、シャルルのカミーラへの愛に、その小さな胸を打たれる女エルフなのだった。


「いや、標準サイズだし、そんな気にしてないし」


「モーラさん、見栄とおっぱいは張るものではありませんよ」


「流石はシコりん、聖職者らしい含蓄のある言葉」


「うぅん、お前ら、ほんと、いい加減にしろよ」


◇ ◇ ◇ ◇


 正気を取り戻した女王陛下は、これまでの男性に対する圧政を詫びると、ドエルフスキー、そして第一王女に頭を下げた。


「夫に――シャルルに愛されなかったという思いを、わらわは国民に向けてしまった。駄目な女王じゃ。よくぞ止めてくれた」


「なぁに、そういう約束だったんだ仕方あるまい」


「気にすることはありません、母上。赤毛のエルフの逸話にもありました。人間は間違ってしまった時にはやり直す権利があると。今からでも遅くはありません。もう一度、私と一緒にこの国を建て直しましょう」


「エリィ。ありがとう、ありがとう――こんなにも素晴らしい娘を、シャルルは私のために残してくれていたのね」


 場はいい感じに収まったようであった。

 城の外から聞こえてくる、兵たちの声もどんどんと小さくなっている。おそらく、レジスタンスの蜂起についても、うまく鎮圧が進んでいるようだ。


 どうなることかと思った今回の騒動だが、これにて一件落着。

 もはや武力は不要だろう。剣の血を払って男戦士は鞘にそれをおさめる。そして女エルフをからかおうとその視線を向けて、ふと、彼女がいつもとは違う、鬼気迫る顔をしていることに気が付いたのだった。


「――モーラさん、どうかしたのか?」


「ちょっと気になることがあって」


「気になること?」


「女王陛下がどうやって、あの下着を手に入れたのかよ」


 確かに。そもそも、女王がそれを手に入れなければ、こんなにややっこしい事態になることもなかっただろう。

 国の男たちも圧政に苦しむこともなかっただろうし、今回のような騒ぎも起こることもまずなかったはずだ。


 ねぇ、ちょっといいかしら。女エルフは感動に打ちひしがれるエリィと女王の間に入ると、唐突にその話題について切り出した。


「貴方はいったいどういう経緯で、その下着を手に入れたの」


「これは、その――」


「答えてお願い。魔女ペペロペの遺物がどれだけ危険か。それは貴方もよく今回のことで分かったでしょう。だったら、その出先についてよく知っておく必要があるわ」


 女エルフの問いに、口ごもる女王陛下。

 八十歳を超えた婆さんである。聡明で壮健といっても、記憶についてはやはりそう簡単に紐解けるものではないということなのかもしれない。


 しかし、それでも、ここで退くわけにはいかない。

 さすがは彼の魔女の封印魔法を作り出しただけはあって、エルフは強く女王へと食い下がった。

 その隣に彼女の言動をフォローするように、女修道士シスターがそっと寄り添う。


「私からもお願いします。教会としても、ぺぺロペの遺物を管理するのは大切なお役目の一つですから」


「コーネリア」


「貴方がこれを手に入れた、その事実については不問とします。売り付けたほうも、そんな魔法的な効力のあるものとは知らず、貴方に売ったのかもしれません。それも不問としましょう。しかし、どこからそれが流れてきたのか、突き止めるのは大切なことです。だって、もしかすると、まだ、残っているかもしれませんから」


 魔女ペペロペの靴下とか。


 魔女ペペロペのガーターとか。


 魔女ペペロペのストッキングとか。


 魔女ペペロペのニップレスとか。


 魔女ペペロペの豊胸パッドとか。


 例によっての無遠慮さで、女修道士は女王にまくしたてた。

 その出てきた単語のなんとも言えない卑猥さ、そして羞恥心を感じさせない女修道士の物言いに、ちょっと、女王は気圧された。

 ついでに言うと、女エルフもどうかと思って白い眼を隣に向けた。


「魔女ペペロペの絆創膏とか、使用済みのアレとか、コレとか!!」


「OKわかった。シコりん落ち着け。おばあちゃん驚いていらっしゃる」


「どんなジョークグッズでも構わないんです!! 教えてください!!」


「ジョークグッズ違う!! えぇい、黙れ、この色ボケ女修道士シスター


 セリフだけ見るととんでもなく危ない発言。

 それ以上言うとなんというか物語というか世界がやばい、そう感じた女エルフは、女修道士の口をふさいだ。


 もがぁ、もががぁ、と、それでもなお何かを訴えようとする女修道士。

 そんな彼女たちに向かって、女王は、少し戸惑った声色ながらも、わかったと小さく言葉を返した。


「この下着は、十五年前、とある商人から買い付けたものじゃ」


「その商人は?」


「旅の商人じゃったから詳しいことは分からん」


「どうしてそんな人からそんな怪しげなものを買うんですか」


「それは――」


 これをつければバストが見た目ツーサイズアップ。

 男を魅了する、素敵な自分にシェイプアップ、魔法のシンデレラブラジャー。


 婆さんのしわがれた声が紡いだその言葉は、きっとその時の商人の売り文句だったのだろう。


 分からないが分かった。

 それ以上、女エルフにこの同類の貧乳女王について、どうこう責めるだけの力はもうそれでなくなったのだった。


「そんな安っぽい売り文句に乗って!! 一国の女王として情けなくないんですか!!」


「やめてコーネリア!! 持たざる者にしか分からない、これは問題なのよ――」

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