第185話 どドワーフさんと王の遺志
【前回のあらすじ】
エルフが憎い。
美形のエルフにすぐになびく男どもが憎い。
正気に戻った女王陛下。しかし、その心中には、エルフに対する深い憎しみが渦巻いていた。はたして彼女のこの悲しみを癒すことができるだろうか。
そう思った時だ――。
「そんなことはないぜ!! シャルルは、お前のことをエルフよりも愛していた!!」
亡き先王シャルルの盟友、ドエルフスキーの声が謁見の間に木霊した。
◇ ◇ ◇ ◇
「ドエルフスキー!?」
「どうしてここに!! 街の方は大丈夫だったのか!?」
「街のほうはチッチルとバブリーに任せてきた。あいつらが指揮してりゃ、お前みたいな化け物でもいない限りは大丈夫だよ、ティト」
そう言って男戦士の隣に並んだドワーフ男。
亡き夫の盟友にして、同じくエルフを愛してやまないドワーフの登場に、女王の憎悪のこもった視線が女エルフから彼へと向けられる。
その視線を真っ向から受けて、ドワーフ男は女王とにらみ合った。
「何をしにやって来た!! 何が、
「そんなことはない。あいつはいつだってカミーラ、お前のことを思っていた」
「嘘だ!! ならば、なぜ赤毛のエルフについて、あれほどあの男は執着していたのだ!!」
大陸中の伝承をかき集めて本を書き上げる。
その情熱は確かに、異常と言っても差し支えのないもののように男戦士たちには思えた。そして、女王が怒りを覚えてもしかたのないもののようにも。
それに対して、ドエルフスキーはしっかりと、その愛が本物であったと、証明するだけの何かを持ち合わせているのだろうか。
「――なぜ、シャルルが赤毛のエルフを探していたか。その理由について、お前はシャルルから聞いたことがあるか、カミーラよ」
「そんなこと!! 奴がエルフが好きだから、それだけのことであろう!!」
「違う、シャルルはな、確かにエルフを愛していた。しかし、それと同時に、お前のことを深く愛していた。それゆえに、エルフ界のトリックスターである赤毛のエルフをなんとしてでも探し出し、お前の抱えているコンプレックスを、治してやりたい、そう考えていたんだ」
コンプレックス。
その言葉に、どぎり、と、女王が胸を抑えた。
どういう意味だといぶかしむ男戦士に、なるほど、と、この手の話には詳しい女修道士が、意味ありげに頷いてみせた。
「赤毛のエルフの寓話の一つ『理想の乙女』ですよ」
【逸話 理想の乙女: 赤毛のエルフがとっぽい村娘に頼まれて、村の女の子たちの美しい部分を村娘のものと交換する、という皮肉のきいた話である。果たして、彼女は村一番の美人になるのだが、心だけは取り換えることができず、村の男は誰も彼女のことを見向きもしなかった――というオチがつく話であり、整形はあまりよくないよという説話である】
しかし、それがいったいなんだというのか。
首を傾げる男戦士の横で、女エルフが合点した顔をした。
「わかるのか、モーラさん」
「――まぁ、同じ業を背負っているものとしては、なんとか」
老いているのに垂れていない女王陛下の胸元。
なるほど、彼女の胸はきっと若かりしころから、それほど変わっていないのだろう。彼女の娘である、第一王女にしてもそのサイズから推し量ることができた。
胸を抑えたのは偶然ではない。
おそらく、そこが彼女のコンプレックスだったのだ。
「コンプレックスを、治そうと」
「そう、シャルルは、お前さんが抱えている、その胸を治してくれる――かもしれねえ、赤毛のエルフを探してたってわけさ」
「そんなもの、大きなお世話というものだ!!
「けれどもシャルルは、自分の幼い体形を気にするお前さんを、放っておくことができなかったみたいだぜ。もちろん、そのままでお前は十分に魅力的だと、あいつはいつだって俺に言っていたさ」
「――シャルル」
「それでも彼女が悩んでいるのなら、なんとかしてやりたい。それが彼女の夫となる者として、自分がしてやれることの全てだ。あいつはいつだって、道楽のために冒険をしていた訳じゃない。カミーラ、愛するお前の心を救いたい一心で、そのただ一つの解決方法を求めて旅をしていたんだ」
だから俺も、アイツに付き合った。
そう言ってドエルフスキーが手にしていた斧をその場に置いた。
場を沈黙が支配した。
思わず知らされた、先王の意志に、エルフ好きの同志としてだけでなく、一人の冒険者として、男戦士は涙を流した。
女エルフもまた、健気な先王の愛に涙を流した。
しかし、なによりその真実に、顔を歪ませたのは――言うまでもないだろう。
「シャルル!! おぉ、シャルル!! 貴方は、そこまで
「結局見つけることができなくて、アンタは女王として、嫌が応にもそのない胸を張って生きていくことになっちまった。すべて徒労に終わって、情けない限りだと、あいつは俺に愚痴っていたっけかな」
遠い目をするドエルフスキー。
それだけ言うと、彼は、その気持ちをかみしめろとばかりに、女王陛下から視線を逸らしたのだった。
「エルフのことを愛しているようで、実は、奥さんのことを第一に思っていたんですね。いい話じゃないですか」
「まぁ、エルフはファンタジーな存在だからな。エルフを愛しながら、現実には人間女性と結婚するなんて話は、まぁ、よくある話だ」
「冷めたこと言うのね、ティト」
「しかし、この話の中には確かに愛があったじゃないか。モーラさん。エルフが好きなんてのは、言ってしまえば、アイドルのおっかけのようなものなんだよ」
そんな理由でコンビを組んでいるのなら、たまったものではないな、と、じろり冷たい視線を向けた女エルフ。
どうしたんだいと首を傾げる男戦士。
その反応を前に、なんともいえず、とりあえず女エルフはため息を吐いた。
「まぁ、きっと、大丈夫でしょ」
「モーラさん、モーラさん、心配しなくても、エルフとして見られてないから大丈夫ですよ」
「心配おおありじゃい。エルフじゃなかったら、わしゃ、なんやっちゅうねん」
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