第184話 ど女王陛下と大切なもの

【前回のあらすじ】


 老人の介護ケアは異世界でも大切なお仕事。

 男戦士はよくわからない液状(の魔力)でがびがびになった、おばあちゃんのパンティを取り換えてあげることで、得難い経験を手に入れたのだった。


【ティロリロリン♪ ティトハカイゴレベルガ1アガッタ♪】


 スキル妖精のささやきにげんなりとした顔をするティト。

 人間はこうして、少しずつ大人になっていくのだ――。


◇ ◇ ◇ ◇


「一応、持ってきたけれど。モーラさんのスペル○で、べとべとの下着」


「じゃからスペル○じゃないと言うとろうが」


「びとびとのがびがびのねちょねちょですね。うぅん、これは相当激しい肉弾戦プレイでもしないと、こんなことにはなりませんよ」


「ルビ!! もうちょっとオブラートにつつみなさい、このどスケベ女修道士!!」


「だぞ? さっきから、みんな、何をそんなに大騒ぎしてるのか、よくわからないんだぞ。ちゃんと説明してほしいんだぞ」


「ほらまた小さくて興味津々な子が悪影響受ける!! どうすんのよこれ!!」


「「紛らわしい魔法名をつけるモーラさんが悪い」」


「うがーっ!!」


 誰が言い出したか、女エルフの必殺魔法「呪いの変換スペル・マイグレーション」のあんまりな略称。術の開発者として、きっちりとそれを否定しながらも、彼女は男戦士から白色に染まったそれを手に取った。


 まぁ、そういう行為後の物体に見えなくもないそれだが、女エルフが説明した通り、まとわりついているのはスペル○ではない。

 ペペロペの残留思念――装着者を操り、負の感情を巻き起こし、精神を混乱させ、彼女がかつて信奉していた暗黒神の先鋒と変えてしまう、恐ろしい呪いを封じ込めるための魔力の塊である。


「私だって本当は、もっとこう見た目的にえぐくない感じの、魔法にしたかったわよ。けれども、ペペロペの残留思念は強力だし、冒険ばっかしてて、魔法の研究も最近はおろそかだったし――」


「つまりこれは、まだ未完成の魔法――青臭い魔法ということだな!!」


「青臭いとか言うな!!」


「青春の匂いですね」


「何が青春じゃ!!」


 アホなやり取りを続けている間に、うぅん、と、女王陛下の体が揺れる。

 全裸で玉座の前に倒れる老婆を前にして、どういう視線を送ればいいか。迷っているうちに、お母さま、と、第一王女が彼女に駆け寄った。


 まぁ、こういう時は、なんといっても身内だろう。

 介護も身内の協力がなくては、なかなか、うまくいくものではないし。


「――これは? エリィ、わらわはいったい?」


「母上は、ここに居るティトさんたちと戦っていたんですよ。その、セクシィー下着に操られていたのです」


「そんな、わらわの秘蔵のセクシィー下着が、そんなものだったなんて」


「この下着は明かに魔女ペペロペの遺物よ。あなたはそれに囚われて、心の平穏を知らないうちに蝕まれていたの」


 女エルフが下着を手に女王に近づいた。

 男戦士の背嚢から取り出したローブをそっと彼女にかけると、彼は優しく微笑んだ。はっ、と、女王の顔がこわばる。

 そういえば彼女はエルフに対して強い憎悪を持っていた――娘と違って。


 そんな気持ちがそうさせたのだろうか、女王陛下はせっかくかけられた女エルフのローブを払うと、情けは受けないと言い放って彼女を睨みつけた。


「エルフの言うことなど信じるものか。お前たちは、いつも、わらわから大切なものを奪っていく」


「――大切なもの?」


「そうじゃ。エリィ、そして、シャルル――みんなみんな、お前たちにたぶらかされて、わらわを見ようとしない」


 なるほどそういわれると、確かに返す言葉がないですね、と、そんな顔をしたのは女修道士である。同情の視線が彼女に向けられる中、正気に戻ったにも関わらず、とつとつとつたない口ぶりで女王陛下は、女エルフに恨み節を語り始めた。


「憎い、なぜお前たちはエルフは、私の身内の心を奪っていくのだ」


「女王さま」


わらわは、わらわはシャルルのことを愛していた。確かに心の底から愛していたのだ。しかし、あの男は赤毛のエルフに入れ込んで、彼の者の伝記を編纂するのにその生涯を捧げた」


 なぜ噂話の中にあるエルフばかりを愛するのか。

 どうして自分を見てくれないのか。

 八十を超えた婆さんだが、なんともいじらしい夫への愛に、思わず、女エルフたちは口をつぐんでしまった。


「憎い!! すべてのエルフが憎い!! そしてシャルルのように――美形のエルフと見るや、すぐに心を奪われてしまう男たちが憎い!!」


「それが、貴方の中にあった、憎しみの根源なのね?」


「そうじゃ。しかし、ここまでのこと、するつもりはなかった。なかったのだ――」


 ローブの中に顔を埋めてむせび泣く老女。

 娘からも、女エルフたちからも顔を隠して、彼女はただ涙を流した。


 国家を預かる身とあっても、彼女もまた一人の女である。ペペロペが付け入ったということもあったが、愛する者に裏切られた、その絶望こそが、彼女をここまでの兇状に至らせたそもそもの原因だったのだろう。


「そんなことはないぜ!! シャルルは、お前のことをエルフよりも愛していた!!」


 老女のむせび泣く声が響く謁見の間に野太い声が通る。

 それは自分の身の丈と同じくらいある、巨大な戦斧を手にしたドワーフ。

 シャルルの元相棒にしてエルフの同士。


「ドエルフスキー!!」


 ドワーフ男であった。

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