第158話 どエルフさんとホモホモヘブン

【前回のあらすじ】


 女エルフ、第一王女と義姉妹スールになる。


◇ ◇ ◇ ◇


 女エルフと第一王女の関係性はともかくとしてだ。

 今はそういうことをやっている場合ではない、と、我に返った女修道士シスター


「モーラさん。それより早く、ティトさんについてお話をしないと」


 そう言った彼女の前で、女エルフは執務机の前にある、茶色い革張りの椅子に腰かけて、膝の上に第一王女シスターを載せて、うっとりとした顔をしてみせたのだった。


「お姉さま。どうしたら、私は、お姉さまのように美しいエルフになれるのでしょう」


「エリィ。人間はどうあがいても、エルフにはなれないわ」


「ひどい。お姉さま、残酷ですわ。あんまりですわ」


「けれどねエリィ。人もエルフも、真にその人を美しく輝かせるのは、見た目や種族ではないの。いつだって、気高い心を持ち続けることが大切なのよ」


「気高い心ですか?」


「えぇ。たとえ姿形がエルフになれなくても、心さえエルフであるならば、貴方は立派なエルフの女よ」


「あぁ、お姉さま。なんて深いお言葉。そして人間である私への愛情。好き――」


 女エルフの薄い胸板に、うっとりと顔をうずめるエリザベート。

 なんというか、そういう趣味の本にでてきそうなワンシーンに流石の女修道士も、いつもならのほほんとした顔をしているところを顔をひきつらせた。


 いやいや、そうじゃないだろう。

 すぐに正気を取り戻し女修道士がおほんと咳払いをする。


「モーラさん。しっかりしてください。ティトさんのことはいいんですか」


 あくまで冷静に、そして、はっきりと非難の色を声に乗せて女修道士はいった。

 いつもはこういうはっきりとしたもの言いをしない彼女だ。どうしても、その口ぶりに女エルフも気圧される。


 果たして我に返った男戦士代理のパーティーリーダーは、そうだったそうだったと、膝の上から王女を降ろしたのだった。


 名残惜しそうに、唇を加えるエルフ好きの王女。

 そんな彼女の前に立って、女エルフはことの次第を話し始めた。


「実は、私たちのパーティの男戦士が、手違いで捕まってしまって。できることなら、解放してあげて欲しいのよ」


「まぁ、手違いというと?」


「その変態と間違えられてしまって、というか」


「――もしかして。お姉さまの言うリーダーとは、エルフの格好をした汚らしい中年男のことではありませんか?」


 そうです、その、汚らしくてアホな中年男なのです。

 はっきりと言いきってやるにはどうにも情けなくって、女エルフは黙り込んだ。

 代わりに、女修道士とワンコ教授が王女の問いを肯定する。


 途端、まぁ、なんてこと、と、温和だった彼女の顔に険しさが走った。


「あのような男を野放しにしてはなりません。彼は、エルフを語った上に、女に化けた重犯罪者です。女性の地位を守るためにもエルフの地位を守るためにも、危険な人物と私は考えています」


「まぁ、ほぼほぼ、その発想について、異議を唱えるつもりはないわ」


「けれど死刑はいくら何でもあんまりじゃないでしょうか」


「だぞ。人間、だれしも間違いはあるものなんだぞ」


 いいえまかりなりません、と、突っぱねる王女。

 なんとかならないかとそのお姉さまへと、ワンコ教授たちの視線が行く。


「エリィ。お願いよ、そこをなんとか折れてくれないかしら」


「いくらお姉さまの頼みといってもこれはダメです。そのような無法を許してしまったならば――この女王国はたちまちのうちに秩序を失ってしまうことでしょう」


 秩序を失うと彼女は言ったが、その秩序の方がどうかしている――のではないか。

 男が女の格好をして、何か人に迷惑がかかるのか。もちろん、それで娼婦まがいの仕事をしたとあれば、それはそいつに当たってしまった人間が苦い顔をするか、あるいは場合にはよっては喜ぶのかもしれないが。


 とりあえず、男戦士がそういう格好をしたことで、騒ぎにこそなったが、誰かが著しい不利益を被った訳ではない。


 当然、王女の説明に女エルフは納得がいかなかった。


「紛らわしい格好をしていたのは、悪かったとは思っているわ。けれど、彼も皆を驚かそうとしてやったわけじゃないの。むしろ、穏便に事をすまそうと思って、女装してやって来たくらいなの」


「穏便にですか?」


「そう、女ばかりの国だから、男が出歩いていたら目立つからって、それであんな格好をしていたのよ。本当に悪気なんてなかったの」


 ふむ、と、眉をひそめた第一王女。

 彼女の立場として、一度逮捕してしまい、死刑まで宣告してしまった相手を、いくら尊敬する人間の仲間とはいえ、釈放してしまうのは簡単に決断できないことだろう。


 うぅん、と、悩ましい声をあげる第一王女。

 いったい何が問題なのか、直截に女エルフはそれを彼女に問うた。


「実は、今、白百合女王国は、非常に難しい立場にあるんですよ」


「難しい立場?」


「はい――実は、王国の転覆を狙うレジンスタンスたちが活動を強めていて。それで、必要以上に神経質になっているんです」


 それはまた、迷惑千万な話である。

 どうしてよりにもよってそんな時に、来てしまったのか、と、後悔が女エルフたちの頭を過ったのはしかたない。


 男戦士にしても、よりにもよってこんな時に、馬鹿な真似をしてくれたものだ。


「レジスタンスって。今の王政を打倒して、どうにかしたいわけ?」


「彼らが言うには、男のための、男による、男たちのための国を造る――とのことですが」


「考えただけで胸やけするような話ね」


「ただの市民活動なら見過ごすのですが、どうにも国外から資金援助を受けている感じがあるんです。それで、その仲間かとも思っていたのですが」


「それなら大丈夫よ。あの馬鹿はそういうんじゃ――」


 女エルフがフォローしようとしたその時だ。

 突然、きゃぁ、と、女性の悲痛な叫び声が、辺りに木霊したのは。


 何事か、と、緊迫した空気に包まれる部屋の中に、また、違う女兵士が駆けこんでくる。


「エリザベートさま大変です!!」


「どうした!!」


「捉えていたレジスタンスの頭領――ホモホモヘブンの首領が牢を破って逃げ出しました!!」


 なんだって。

 そう叫んだ女エルフたちだったが、その、なんだって、が、向かった先は、脱走行為自体ではなく、あまりに間抜けなレジスタンスの名前に対してだった。


 みなもと○郎先生のギャグ漫画じゃないんだから。

 もそっとマシな名前にすればいいのに。

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