第151話 どエルフさんと女王国

【前回のあらすじ】


 おっぱい――いや、北の大エルフに知恵を借りるために、男戦士たちは永久凍土に覆われた北の大陸へ出発するのであった。


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 男戦士たちのいる大陸は、この世界では中央大陸と呼ばれている。

 せっかくなので、ここで簡単にその地理について整理しよう。


 まず、男戦士たちが拠点としている街は、中央大陸のほぼ真ん中、交易の要所として栄えている場所に存在する。大河や砂漠・山脈などを境として、大陸には複数の国家が存在しているが、その中でも『大陸中央連邦共和国』という最大の規模を誇る国家に所属している。


 その大陸中央連邦共和国の南西側には【大砂漠(ワンコ教授が研究していた場所)】がある。これを越えて、さらに西へと行ったところに、大陸西岸沿いに沿って繁栄してい『西の王国』というものが存在している。

 この国は小国ながらも海洋貿易を得意とする王政国家で、連邦共和国とはまた違った趣のある国だ。また、その北側には、比較的人間たちに友好的なエルフが生息する森が存在することで有名である。かの武闘大会で男戦士たちが顔を会わせた、勇者『アレックス』とそのパートナーである少女エルフの『ララ』の出身国でもある。


 戻って、連邦共和国の南側には、パドンの嫁探しで赴いた【騒乱の森】を境にして『南の国』というのがある。ここは連邦共和国に次いでの規模を持つ王国で、肥沃な大陸の南側をほぼほぼ手中に抑えている資源国家だ。

 大きな領土に対して伝統的な絶対王政国家であり、建前上は王がすべての土地を領有している。王族や目立った功績を見せた政治家や軍人には便宜上爵位が送られるが、基本的には領土が与えられることはない。

 そういう国家体制なだけに、前王の弟である公爵の反乱は異例なことであったのだが――今はその話は割愛しよう。


 続いて北側。

 峻険な山々が海岸線まで続いているそこには、その峻険さを逆に利用したミニ国家が幾つか存在している。鉱物資源や学術研究など各国が特色豊かな特徴を持つ国々であり、中央連邦共和国に所属こそしていないが、比較的友好な関係、悪くても中立の立場をとる国が多い。また、ドワーフやエルフ、コボルトなどの単一の亜人族で構成される、大規模な集落や都市国家なども存在する。

 ワンコ教授が教鞭を振るっている学園国家もこの地方にあり、広く大陸中から勉学の徒が集まっている。


 最後に大陸の東側。

 東の【赤海】と北の【氷塊の海】につながるその海岸線は、ほぼほぼ、連邦共和国の所属国家により統治されている。

 だがしかし、一国だけ――【氷塊の海】そして【北の大陸】へ最も近く、海運利権を一手に握り締めているという理由で、そこに所属していない独立国家が存在する。


 名を『白百合女王国』。

 王ではなく女王が国を統治し絶対王政を敷く、珍しい国家である。


「北の大陸に向かうなら、ここが一番早いって言うから来てみたけれど」


「すごいですね。どこのお店を見てみても、女性、女性、女性。女性の店員さんばかりです」


「だぞ。男性の姿を全然見ないんだぞ」


「この国は、女王が統治するということもあって、極端なくらいに女性優位な政治体制が敷かれているんだ。一家の主を代表するのも女性ならば、諸所の相続を行うのも女性。政治も基本的に女王とその協力者である女官たちにより執り行われている」


「そこまでいくと、もうなんだかいっそすがすがしいわね」


 そして、だから、今日、アンタはそんな格好をしているのね、と、女エルフがじとりとした視線を男戦士に向ける。


 金髪のウィッグに尖った耳、胸にははちきれんばかりの水風船。

 しゃなりしゃなりと歩く姿はチンゲン菜。


「婚期を逃し続けてはや五百歳!! エルフとしても女としても熟れに熟れまくった、私が、エルフィンガーティト子よぉおおおおおっ!!」


「名乗らんでいいわ!!」


 そう、そんな女性主体の国家へとのこのこ入るにあたって、念には念をと男戦士、彼はいつだったかぶりの女装をしていたのだった。


「エルフィンガーティト子よぉおおっ!!」


「分かった、分かったから!! というか、叫ぶ意味あるんかい!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 女性たちの活気で溢れかえっている『白百合女王国』。

 店先に並べる商品あるいは今日の夕飯の材料を担ぎ、芋洗いのように賑わう市場を行き来する女たち。


 そんな中に混じって、紅いフードのついた外套を被った男と、黒いローブを被ったダークエルフの女が歩いていた。


「南の国はてめえの師匠が上手いことやってくれたみたいだな」


「――師匠ですから」


「てめえの相棒――道楽野郎はまだ帰らねえのか? 敵情視察とか抜かして、大陸をほっつき歩いてるのは構わないがよぉ、もうちょっと自覚を持ったらどうなんだよ」


「――今は、それも必要な時です。大丈夫です、あの方は、同志の誰よりも今回のことについて深く考えておられます」


「本当かね。俺にはただの鹿にしか見えないが」


 唾を吐き捨てて転がっていた石を蹴る。

 忌々し気に悪態をつくその男から、ダークエルフは鬱陶しそうに視線を背けた。


「なんにせよ、役目はきっちりと果たすぜ」


「――既に南国と同じく、反乱の芽は仕込んであります。ここを抑えれば、中央大陸は北の大陸との交流を大きく制限されることになります」


「西を得んとすればまず東から、か――まったく、深謀遠慮なうちの神サマには頭が下がるぜ。とんだ間抜け面してるっていうのによぉ」


 それまで、どれだけ悪態をついても歪まなかった、ダークエルフの顔つきに険が浮かぶ。その表情を楽しむように、くくっと、苦笑いを漏らした紅いフードの男。

 ふと、そんな彼の前に、みすぼらしい恰好の少年が飛び出した。


「おじさん、恵んでおくれよ。なんでもいいんだ。食べものでも、銀貨でも」


「――あぁん?」


「お願いだよ。もう三日も何も食べていないんだ。お慈悲を」


 そういう割には少年の顔色は悪くない。もし彼の言う通りに、三日も飲まず食わずならば、もっと土気色をした顔をしているものだ。

 紅いフードの男にはそれが分かった。


 分かった上で、彼は舌打ちして、外套の中から一枚、硬貨を取り出すとそれを少年に握り込ませた。

 金色に輝くその見慣れないものに少年の眼がぱちくりとまたたく。


「これをやるからさっさと消えろボケ。てめえのような野良犬に、煩ってる時間はねえんだよ」


 フードの中に見える男の顔には、鼻より上に銀色の仮面がかかっていた。

 紅い瞳がらんらんと光っている。仮面をつけていても分かる、整ったその顔立ち。

 きっとおそらく、高貴な出自なのだろう――そんなことを思わせる不思議な魅力がそこにはあった。


 ありがとうの言葉が少年から出るより前に、紅いフードの男とダークエルフの女は歩きだした。

 やがてそんな二人の姿は、市場に溶け込むように消えた。

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