第140話 ど隊長さんとクーデター

【前回のあらすじ】


 かくして、オーク男は嫁――ではないが、意中の女の子と出会ったのであった。


====


 さて、オークの村を救い、再び拠点の街へと戻ろうとしていた男戦士たち。


「にしても、ここから歩いて街までとなると、長くなるわね」


「いきはよいよい、帰りはなんとやら、ですねぇ」


「だぞ。行きはたまたま商隊しょうたいがつかまったからよかったんだぞ。仕方ないんだぞ」


 徒歩での移動は冒険の基本。

 とはいえ、南の森からいつもの街までは歩いて一週間だ。

 どこかそれこそ商隊などが立ち寄る交易拠点などで、運よく街へと向かう者たちと出会えれば話は楽なのだが。


「いっそ、南の国との関所に向かって、街へと向かう商隊が来るのを待つか?」


「国境越えてくる商隊はあるでしょうけど、あの街にピンポイントで向うのはそうそう来ないんじゃないの」


「それより、少しでも街に近づいた方が――」


「だぞ? ティト、後ろから、なんか来るんだぞ!!」


 そう言ってふり向いたのはワンコ教授。

 メンバーの中で、一番、この手の察知能力が高い彼女。流石は獣人といったところか。道の果て、豆粒くらいにしか見えないそこに、確かに、こちらへと向かってくる商隊の姿が見えた。


 これはチャンスである。


「モーラさん、ここはひとつ、また君のどエルフ力でヒッチハイクを!!」


「だから、ないって言ってんでしょうが、そんな力!!」


「どエルフ力、そんな力が。戦士と同じでただ者ではないと思っていたが、まさかそんな力を持っているエルフだとは――」


「ほら、単純なオークちゃんが信じてるじゃない!! ないからそんな力!!」


 やんややんや、誰が止める、止めない、で、話をしているうちに、ずいずいとキャラバンは男戦士たちの方へと近づいてくる。

 ふと、その御者の顔が、目視でも確認できるくらいになった時だ。


 おっ、と、男戦士がなにやら眉をひそめた。

 どうしたのと女エルフが理由を聞くより早く、同じように、あれ、と女修道士シスターが声をあげた。


「あの御者台に乗っておられる方――どこかで顔を見たような?」


「そう言われてみれば、そんな気もしないでもないような」


「――だぞ!! あれ、ひょっとして!!」


 ぴょんと跳ねるワンコ教授。と、それに合わせるように、先頭を走っている馬車から、ひょいと人影が飛び降りた。眼帯をつけたむさっくるしいその男は、満面の笑顔でこちらに向かって駆けてくる。


 そう。

 それは見間違えのようのなく、男戦士たちがここに来るまで世話になった商隊、そしてその商隊を率いている隊長に違いなかった。


「ケティちゅわーん!! また会えたねぇー!!」


 勢いよくワンコ教授に飛びつこうとした隊長。

 その前に、ずいと、男戦士が立ちふさがる。女エルフと女修道士が、ワンコ教授のために無理やり動かしたのだ。


 かくして男に飛びついた商隊の隊長の顔が青ざめる。

 ぎゃぁと後ろに飛びのくと、なにすんだよ、と、彼は青筋を立てて女エルフたちを睨んだ。


「いや、それはこっちの台詞だし」


「ダメですよビクターさん。女の子にいきなり飛びつこうなんて、セクハラですよ」


「いやぁ、つい、嬉しくってその――」


 すまん、と、謝る商隊隊長。

 まさか再び好みのど真ん中である、ケティと会えるだなんて思っていなかったのだろう。それだけに、つい、勇み足になってしまったという感じである。


「だぞ、一日ぶりなんだぞ!! 元気にしてたか、ビクター!!」


 対してケティはといえば、飛びつかれようとされたというのに、この様子である。

 結果、飛びついていたならば今頃はウジ虫でも見る様な目を向けていただろうが――なんにせよ、そんな彼女の反応にまた隊長は胸をときめかせるのだった。


「というか、どうしたのよこんなところで。南の国へと行くんじゃなかったの?」


「決まってるだろう。ケティちゃんに会いたくて、戻って来たのさ」


「いや、そういうのいいから」


 何かあったのか、と、男戦士が少し神妙な顔つきで言う。

 この男にそんな顔をされては、流石にこれ以上ボケ倒せない。商隊の隊長は、ふぅとため息を吐くと、なんだか面倒くさそうに後ろ髪を掻いた。


「いやなぁ。俺もそのつもりだったんだがよ、どうもきな臭いことになってな」


「きな臭い?」


「南の国で反乱だとかでよ。前王の弟の公爵が地方都市の商工ギルドと結託して、いま軍事的にモメてるそうなんだよ」


 幸いなことに、その反乱した商工ギルドの中に、商隊の雇先は含まれてはいないが、そんなドンパチを繰り広げている中を、突っ切れるほどの体力がキャラバンにある訳もなし。


「陸路はちょっと危険だろうってことになってな、しかたねえから、一旦折り返して海路で移動することにした」


「そうなの、なんだか大変な話ね」


「なぁに、こればっかりは仕方ねえよ。荷物が取られちまった大損だからよ」


 こんな仕事してりゃ、行程変更なんてそう珍しくない。

 そう言った隊長ではあったが、あきらかにその顔色はくたびれていた。部隊を預かる者として、それこそ熟考の末に決めたことなのだろう。


 ふと、そんな隻眼の男の視線が、男オークの隣へと向かう。

 細い腰つきの女オークの姿を見て、ほう、と、彼は男戦士たちの状況を察した。


「なるほど、依頼は無事に終わったってところか」


「あぁ、おかげさまでな」


「どれ。それだったら、これから元の街に戻るところだし、また乗っていくかい?」


「だぞ!? いいのかなんだぞ、ビクター!?」


 もちろんだともさ、と、ここ一番のいい笑顔でワンコ教授に応える隊長。

 うれしさのあまりなのだろう。いい奴なんだぞ、と、彼女は、せっかく止めてもらったというのに、格好つける隊長へと自分から飛びついて行った。


 おほぅ、と、気持ちの悪い声をあげる商隊の隊長。


「見かけによらず優しいんだぞ!! ありがとうなんだぞ!!」


「あぁん、ケティちゃん、そんな激しく!! いけないよ、君みたいなちみっ娘がこんなむさくるしいおっさんに、ふぁあああっ!!」


 恍惚の表情をさせて上を向く隊長。

 気持ち悪いなぁ、と、流石にこれには男戦士も含めて、その場に居る全員がドン引きしていた。


 知らぬは、ピュアピュアワンコ教授ばかり、である。


「だぞ、助かるんだぞ、大好きなんだぞ」


「だいしゅきぃぃいいっ!! 僕、僕も、ケティちゃんらいしゅきなのぉおおおっ!! んほぉおおおおおっ!!」


「――これ、本当、大丈夫なのかしら、絵面的に」


 大丈夫です。

 だって、ワンコ教授はちゃんと大人の女性(成人済み)ですから。


 合法。合法です。


 かくして、男戦士たちのオークの嫁探しの旅は、終わりを迎えたのだった。

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