第135話 ど男オークさんとど女オークさん

 女オークの案内により、男戦士たちのパーティは、すんなりと傭兵団のねぐらへとたどり着いた。


 寝返った女オークが言うことには、元からあった村を接収したらしい。

 畑や木造の家やらがある一見するとのどかなその場所に、不釣り合いに強面なオークたちが徘徊している。


 数は男戦士たちが隠れている茂みから見える限りで、ざっと十人前後だろうか。


「さきほどの村のように、近くの村落に出払っているというところか」


「――そういうこと。制圧するなら、今がチャンスだ」


「もともとの村のオークたちはどこにいるだ?」


 尋ねたのは、男オークだ。

 体を震わせながらも、兜代わりに鍋をかぶり、手に包丁を握り締めた彼が、女オークに尋ねた。


 その姿にまず、答える前に大丈夫なのかという視線が向く。


「そんなんで、本当にあなた戦えるの?」


「村のオークたちと一緒に、村落に戻ってもよかったのよ?」


「オラだってオークだ。それに、これでもティトさんたちの雇い主――仲間なんだ」


 勇ましいことを言うじゃないか、と、笑う女オークと女エルフ。


「でも、本当のところは?」


「村の娘っこさ助け出して、格好いいところみせてえって――でへへ」


「――はい、男って人だろうがオークだろうが本当に単純ね」


 女修道士の口車にのせられてすっかりとぼろをだした男オーク。 

 じとりとした視線が女エルフから飛ぶと、彼は気恥ずかしそうにそっぽを向いて、頬をぼりぼりと掻いた。


 まぁ、気持ちは分からないでもないさ、と、男戦士が珍しくフォローする中、女オークがゆっくりと指を向けたのは、村で一番大きな建物。

 高床式になっているそこは、どうやら食料庫らしい。


「あそこに一時的に幽閉している。これから言い聞かせて、仲間にしようとしていたところだ」


「じゃぁ、アンタたちオーク二人であそこに近づいて、逃がす手筈が整ったら突撃ってことにしましょうか」


 女エルフの提案した段取りに、異議を唱えるものはいない。

 かくして、武装オークの傭兵団への反撃は開始された。


◇ ◇ ◇ ◇


「おう、ミミズク。今戻ったのか」


 倉庫へと向かう途中、女オークは傭兵団の一人に声をかけられた。

 一応、古株のオークである。礼節――というよりも面子を重んじる傭兵団では、こういう場面での行動が問われる。


「――あぁ」


「他のみんなは?」


「村の連中を歩かせてる。戦闘があって疲れたんでな、先に帰って来た」


 ミミズクと呼ばれたのは女オークだ。

 正気を失った女エルフとオークの間に生まれた彼女には、名前らしい名前がなかった。母を失くし、斥候の仕事を引き受けるようになってから、彼女はようやく名前の代わりにそのあだ名を手に入れた。


 木々の合間に紛れ、音もなく敵を空から襲う女オーク。

 そんな彼女を猛禽類に、傭兵団の男オークたちはたとえたのだ。


 ふと、女オークに声をかけた武装オークが怪訝な顔をする。

 それは彼の後ろに立っている、なんとも気の抜けた装備をしている男を目にしてのことだった。


「どうしたんだそいつ」


 見慣れないオークを見れば、そう問いかけたくもなるだろう。


 鍋の中で冷や汗を顔ににじませる男オーク。

 そんな彼に対して、女オークは澄ました顔で、戦利品だと答えてみせた。


 武装オークの顔が、ほう、と、下卑た感じに喜悦に歪む。


「別に、そんなのをわざわざ連れて来なくても、俺たちに声をかけてくれれば相手なんぞしてやるのに」


「いいだろう。私だって、たまにはいたぶる側に立ちたい時もある」


「そうかいそうかい。まぁ、そりゃ、仕方ないな――」


 げたげたと笑って通り過ぎていく武装オーク。

 その背中に、くっ、と、歯を食いしばってみせた女オーク。


 庇われた形の男オーク。彼女がどういう扱いを受けているのか、都会育ちで世間知らずな彼でも、それは流石に理解できた。


 かける言葉が見つからない――。


「急ごう。ティトたちがいつ見つかるとも分からない」


 すっかりと、先ほど見せた辛い表情を決し去って、そう言う女オーク。

 男オークは彼女の言葉に従って歩き始めた男オーク。


 しかしながらどうして、さきほど見せた彼女の心の闇を、どうにか拭うことができないか――そんなことを彼は考えてしまうのだった。


「ミミズク、って、いうのかい。お前さんは」


「そう呼ばれてるな。あだ名みたいなものだ、本名ではない」


「――せっかくめんこいんだぁ。もっと女の子らしい名前のがオラはいいと思うな」


「ふざけている場合じゃないんだ。ほれ、急ごう」

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