第98話 どエルフさんと運命の出会い

 女エルフは、幼いころからよく知っている森の中を駆けていた。

 その息は荒く、髪は乱れるに任せている。


 ゆったりとしていた緑色のドレス。

 その裾は、走るのに邪魔と判断されて、彼女の手により破られていた。

 毛皮でできた温かいブーツは、巻きあげた土と泥で茶色に汚れている。

 

「おい、あっちへ行ったぞ!!」

「すばしっこいエルフめ!! 手間取らせやがって!!」

「久々の上物だ!! 絶対に逃がすんじゃないぞ!!」


 後ろから聞こえてくるのは下種なエルフさらいの人間ヒューマンたちの声。

 どうして、こんなことになったのか、と、彼女は額を伝う汗をぬぐいながら思いを巡らせた。


 長らく隠れ住んできた人間たちの村に、ある日突然奴らはやってきた。


「ここにエルフの女が住んでいると聞いた。おとなしく差し出すなら、てめえらの命まではどうこうしねえ」

「エルフが都会の好事家こうずかにどれだけの値で売れるかお前ら知ってるか?」

「一生遊んで暮らせる額が手に入るんだ。そこいらの奴隷とは額が違うのよ」


 子供のころから知っている老婆がこっそりと危機を知らせてくれて、なんとか彼らから逃げ出すことはできた女エルフだったが、生きた心地はしなかった。

 人間の村落で暮らしていれば、いつかこんな日が来るのではないか、そう思ったことは何度となくあった。しかし、十年、二十年、百年と時を経るにつれて、そんな不安はいつしか薄れていった。


 そんな中での出来事である。

 村人たちに信頼され、その存在を秘匿されている――守られていると、安心しきっていたのだ。

 エルフはあらためて、平和ボケしていたのだと己の不明を悔いた。


 あっ、と、その可憐な唇から声が漏れた。


 広がった視界の先――森を抜けたところにある川の前には、村を襲ったのとはまた違う別の人間の姿があった。


 川面に向かって顔を向けた彼。

 ごてごてとした鋼の鎧を身にまとい、茶色く汚れた服を着たその男戦士は、視線だけをくるりと女エルフの方へと向けると、青い顔をした。


「お、驚いたな。まさかこの森にエルフが居るなんて」

「――た、助けてください!!」


 咄嗟にその口から出てきたのは、助けを求める言葉。

 女エルフはこの男戦士に、先ほど自分たちの村にやって来た人間たちとは違う、まともな空気――エルフさらいに追われる自分を助けてくれるような優しさあるいはおもいやりのようなものを持っていると感じ取ったのだ。


 そして、それは、間違いではなかった。


「なにやらただならない様子だな。分かった、俺でよければ力になろう」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」


 そう言って男戦士に近づこうとした、その時だ。

 彼は、なぜか声を荒げると、険しい顔をして、待て、と、女エルフに言ったのだ。


 決して、エルフの方を振り返らずに――その体の正面を川の方へと向けて。


「ダメだ。それ以上、近づいては、いけない」


 その額には脂汗がにじんでいた。

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