第91話 ど戦士さんとどワーフさん

「ちぃっ!! てめえら、なかなかやるじゃねえか――だがなぁっ!! 俺も天下のドエルフスキーさまよ!! そう簡単に倒せると思ったら大間違いだぜ!!」


 ふん、と、ドワーフが鼻息を吹けば、樽みたいな鎧の中に手を引っ込める。

 そうして彼が鎧の中から取り出したのは斧とハンマーだった。


「尋常に勝負といったな!! 望むところだ!! 俺様の力を見せてやる!!」


 まずは大振りに斧が男戦士の頭上に向かって振り下ろされた。

 ドワーフに向けていた剣を右手側に引きながら降ろすと、男戦士はその斧を横にかわす。そのまま彼は踏み込んで、ドワーフとのすれ違いざまに鎧の袖口――斧をふるった右腕その脇に向かって下から剣を切りつけた。


 オークの腕を一刀のもとに切り捨てる男戦士の斬撃だ。

 しかし――ドワーフが脇を絞めてそれを防ぐ。


「おっと、舐めるなって言ったぜ、俺は」

「くっ、固い!! まるで万力で絞められたようだ!!」

「ぐっはっは、このまま、その安物の剣を折ってやろうか!!」


 どれだけ力を込めても、まったく動かない剣先に男戦士が焦る。

 と、そんな彼を助けるように、女エルフが精霊魔法を詠唱した。


「大気に棲む水の精霊たち、私の求めに応じてその力を貸して――スプラッシュ!!」


 女エルフがかざしている杖の先から水が飛び出る。

 それはドワーフに向かって一直線に飛び、また、彼に近づくにつれて、巨大な渦を巻いた水柱と化していった。


 不意を突かれて水柱をまともに横っ腹から食らったドワーフ。

 巨体にも関わらず小柄というバランス感覚の悪さ故だろうか、彼は、ぐらりと体勢を崩すと、脇の力を緩めた。

 チャンス、と、男戦士が剣を抜いて、ドワーフの背後へと回る。


「てめぇ、やってくれるじゃないか、お嬢ちゃん!!」

「今よ、ティト!!」

「食らえドエルフスキー!! 必殺バイスラッシュ!!」


 男戦士の必殺技、上段からの唐竹割り、縦一閃の斬撃が見事にドワーフ男の背中に決まる。

 だが、それがドワーフの身体を二つに割るどころか、裂くことはなかった。


「――効かねえなぁ」

「なにっ!?」

「ティト!! はやく、距離を取って!!」

「俺様の鎧は魔法銀ミスリス製よ、軽くて丈夫で持ち運びも楽ちん、趣味にもお仕事にも使えて、なにより運動性抜群ってなぁっ!!」


 振り返るドワーフ。

 回転させて遠心力を込めたハンマーが、男戦士の横っ面を襲う。

 慌てて剣で防御に入ったが、それはドワーフの思うつぼ。


 腹で受けた男戦士の剣は砕けこそしなかったが、無残にもその中ほどで折れ曲がってしまったのだった。

 これではとても戦いに使えない。


「ぐっはっは!! 偉そうなことを言った割には、大したことねえな!! 道具はちゃんといいものを選ぶんだぜ、貧乏戦士!!」

「くそっ――」


 折れた剣を捨てて、その場でサブウェポンの手斧を握りしめる男戦士。

 しかしながら、一回りも違うドワーフの斧とハンマーでは流石に分が悪い。万事休すか、と、思ったその時だ。


「バカはあんたよ、このおまぬけドワーフ!!」


 突然、男戦士の後ろにいた、女エルフが叫んだ。

 その隣には女修道士シスター。その手には、野太い彼女の愛用の杖が握られている。

 戦闘職でないシスターが何をしようというのか。侮って、ドワーフの口角が吊り上がったその時だ。


「我が呼び声に応え現れよ!! 汝の名は火の精霊王イフゥ・リート!!」

アオォウアォウアウアイフイフイッチャウイウアァアアーーッ!!フゥウウウウッ!!


 女修道士の背後から現れたのは火の精霊王。

 その名にたがわない、渦を巻く業火がドワーフの体めがけて吹き付ける。


 だがしかし、まだ、これでも、ドワーフの表情は変わらない。


「バカはお前だぜこのちんくしゃエルフ!! 魔法銀ミスリルが魔法攻撃に強いのを知らないのか!! この程度の熱攻撃で、どうなるもんでもねえんだよ!!」

「そうね、ミスリルは確かに、この程度じゃどうにもならないでしょうね。けど――


 業火にあおられて、蒸発した水。その蒸気が、一斉に立ち上る。

 それはドワーフの樽のような鎧の中へと隙間という隙間から入り込んだ。


 ミスリル鋼の中に、熱く、焼けただれるような、蒸気が満ちる。

 たまらず、ドワーフは叫び声を上げた。


「熱ちっ!! アチィイっ!! てめえ、この、野郎!!」

「はやく鎧を脱いだ方が身のためよ、大やけどになっちゃうわ」


 その言葉通りに魔法銀ミスリルの鎧を脱ぎ捨てたドワーフ。

 好機。逃してなるものか、と、男戦士。


 そこに向かって突如空から、黒い刀身の片手半剣バスタードソードが降って来た。


「使えティト!!」


 声の主は暗黒騎士。ゴブリンたちを一通り切り伏せた彼は、その愛剣を信頼する男戦士へと投げてよこしたのだ。

 恩に着ると、それを受け取り構える男戦士。


「これで、終わりだ――エルフに歪な愛を注ぎし男ドエルフスキーよ!!」


 バイスラッシュ!!


 月下に男戦士の必殺のセリフがこだまする。正中に沿って刃を振り下ろされたドワーフの断末魔が、遅れて洞窟中へと響き渡ったのだった。

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