第43話「やいばとペンギンのとぶとき」

 その少女は、燃えさかる太陽のような目をしていた。

 たどたどしい言葉の隅々すみずみにまで、怒りをにじませている。

 そして、その手には包帯でグルグル巻きの大剣たいけんが一振り握られていた。

 少女は、ラムちゃんの妹だった。


「オレ、お前達、倒す! 全部、倒す! カーバンクル、居場所、喋れば……少し、倒す」

「……そう、あのは妹ですっ! エンジェロイド・デバイスNo.026! ヘキサ!」


 そう、彼女の名はヘキサ。

 有名なポストアポカリプスSF小説『輝く未曾有のヘキサグラム』とコラボした製品だ。全身に纏ったアーマーは細身の引き締まった肉体を浮き上がらせつつ、関節部などを分厚く守っている。灰色の装甲は頭部のバイザーに、顔の瞳とは別に六つの光を灯していた。

 そして、ラムちゃんの妹がもう一人。

 テンガロンハットのペンギンもまた、ネズミの兵隊達に向き直る。


「ふむ、では私も少し暴れさせてもらおうか。こんな連中がいたのでは酒が不味まずくなるというものだからな」


 ネズミ達の返事は銃声、そして抜刀ばっとうの音だった。

 あっという間に酒場の中は鉄火場てっかばと化す。

 ネズミの兵隊達は二手に別れて、謎のペンギンとヘキサに殺到した。慌てて助けに入ろうとするラムちゃんに、アノイさんとルナリア、ラグナスも大きくうなずく。

 四人は一斉に着ぐるみを脱いで、各々身構え声を張り上げた。


「ヘキサ! ペンギンさんも! 私達がお手伝いしますっ!」

「多勢に無勢、われは見るにえん……少しかれて目を覚ますがいい」

「ラグナスッ、一緒に戦いましょう」

「心得た、我が契約者……!」


 修道服しゅうどうふくを脱いだルナリアの全身が、光りに包まれる。ラグナスと一心同体になる輝きを受けて、ラムちゃんはアノイさんと共に駆け出した。

 たちまち酒場は大乱闘で、あっという間に敵味方入り乱れての乱戦となる。

 ラムちゃんはヘキサと謎のペンギンに気を配りつつ、目の前のネズミ達に立ち向かった。


「すみません、ネズミさん……目を、覚ましてくださいっ!」


 背の振動剣ヴァイブロブレードを抜き放つ。長過ぎず短過ぎず、取り回しを重視した刀身が高周波を歌い出した。触れる全てを両断する刃で、ラムちゃんは次々とネズミ達を斬り伏せてゆく。

 魔力のこもったエンジェロイド・デバイスの攻撃は、カーバンクルの力を中和する。

 あっという間にダース単位のネズミ達が吹き飛ばされ、我に返って逃げ出した。

 だが、不思議な違和感にラムちゃんは独り言を零す。


「……!? 魔力を中和して洗脳を解いても……ただのネズミさんに戻らない? 今、二本足で走って逃げた。言葉も、喋っていた!?」


 洗脳の解けたネズミ達は、ただのネズミに戻るはずだ。

 だが、今は違う。

 もしかして、カーバンクルの力が増しているから、洗脳を解除しても進化そのものを元に戻すことができないのか? だが、今は考えている暇がない。

 ボロボロのマントを翻して、ラムちゃんは周囲のネズミ達と戦う。

 鋭い声が響いてきたのは、そんな時だった。


「ネーチャン、上! 危ないぞ!」


 咄嗟とっさにラムちゃんが見上げる先から、ネズミ達が飛びかかってきた。

 回避は間に合わないし、大立ち回りでつい踏み込み過ぎてしまった。丁度全身のバネが伸び切ってしまったとこへと、無数のネズミが牙を剥く。

 左手の振動盾ヴァイブロシールドで自分を庇ったが、無数の凶器が襲いかかる。


「しまった、間に合わない!?」


 乱戦に持ち込まれた時から、周囲360度全てが敵と妹とで入り乱れていた。気をつけていたつもりでも、ラムちゃんは知らぬ間に死角を作っていたのだ。

 そんな時、脳裏を過る姉達の声。

 そういえば以前、常々姉達は心配してくれていた。


『ラムちゃんは生真面目きまじめじゃからなあ。ワシは心配じゃ。時々真面目過ぎて融通がきかんときがあるじゃろ? 柔軟な思考と広い視野もやしなわねばのう』

流石さすがです、姉上!』

『あと、そぉですねえ……頑張り屋さんだけど、頑張り過ぎて自分に敵を引きつけ過ぎてしまうでしょう? ピー子おねいさんは、ちょっとそこが心配だぞ?』

『流石です、姉上!』

『あとは……肩肘張り過ぎじゃなあ』

『そうねぇ、もっとリラックスしなきゃね』

『二人共流石、流石、流石っ! 流石です姉上!』


 あの頃は沢山の姉が見守ってくれていた。

 そして今も、それぞれバラバラになっても戦っている。誰一人、あきらめることなくあらがい続けている。その想いは常に、ラムちゃん達全ての妹と共にあるのだ。

 そして、まるで閃光のように風が走る。


「ネーチャン、お助けだぞ! オレに任せろ!」


 ヘキサが宙へと舞うや、握る剣のボロ布をき放つ。しゅるしゅると封印を脱ぎ捨てて、無骨な大剣は鉄色にきらめいた。その重々しい外観を裏切り唸る。

 ラムちゃんの頭上を襲ったネズミ達は、一人残らず弾き飛ばされた。

 そして、ほどかれた包帯が空中を漂う中……ヘキサは片手で着地して一回転。そのままハンドスプリングで立ち上がるとラムちゃんの背に背を合わせてくる。


「ネーチャン、危ないぞ! オレ、ネーチャン、守る!」

「ヘキサ……」

「オレ、ずっと、待ってた! 変なネズミ、着ぐるみ。オレ、ポンときた!」

「……ピンと来た、かな?」

「そう、それ! オレ、頑張る……どのネーチャンも、どのイモートも、守る!」


 互いをカバーし合うように戦う二人が、次々とネズミを蹴散らしてゆく。

 既にネズミの数は半数を割り、奥ではラグちゃんが一部を縛り上げて尋問中だ。そして、大半の伸びてしまったネズミの山で、脚組み座るアノイさんも余裕の笑みである。

 だが、ラムちゃんとヘキサの前に巨漢の大ネズミが立ちはだかる。


「おう、カーバンクル様に逆らうプラモデルってなぁ、手前てめぇ等だな!? 俺はサンダー・チャイルド、七番食料庫の村の出身だ。あ、怪力ネズミの無双丸むそうまるたぁ、俺のことよぉ!」


 見栄みえを切ってズシャリと身構え、無双丸は巨大な槍を振り回し始めた。

 頭上に掲げてブンブン回すので、周囲の空気が彼を中心にうずを巻く。その気迫は只ならぬ様子で、全身に闘志がみなぎっている。

 油断のできぬ相手と察して、ラムちゃんがヘキサに注意を呼びかけようとした、その時。

 無双丸の背後に、のっぺりとした影が立った。

 その手で……否、


「へへ、エンジェロイド・デバイスをやりゃあ、中央で出世できるって……るせえなあ、あとにしな! へへ……どう料理してやろうか」


 無双丸はペンギンの手を振り払う。

 しかし、再び肩を叩かれるので、とうとう振り向いて怒鳴り散らした。


「あとにしろつってんだろぉ! ……あ? なんだ手前ぇ。エンジェロイド・デバイス?」

「いかにも。貴様の相手は私だ。3分やろう、準備したまえ。逃げても誰も笑わんがね」

「……ほう? この俺様がたかだかプラモデルを相手に、逃げるってかぁ?」

「おっと失礼。ラグちゃん! これを。曲ナンバーは18番を」

「無視してんじゃねえよ!」


 ネズミ達にお説教をしていたラグちゃんは「え、ええ? は、はいっ!」と、投げられたビーズを受け取った。そのままそれをジュークボックスに放り込み、彼女はダイヤルボタンをプッシュする。

 軽快なジャズが流れてきたところで、そのペンギンは改めて無双丸に向き直った。


「では、教育してやるとしよう。ネズミ風情ふぜいが少し賢くなったからと、我が物顔でのさばるようではあきれて笑えんな。せっかく魔力で進化した脳味噌まで、筋肉にしてしまうとはなげかわしい」

「てっ、手前ぇ……言わせておけばあ!」


 無双丸の槍がしなる。

 たちまち無数の突きが繰り出された。

 自ら怪力無双と名乗るだけあって、ラムちゃん達も驚く神速の連撃だ。

 だが、ペンギンは……無数に飛び交う一撃必殺の突きを、まるで泳ぐように避ける。そのぼってりとした図体が嘘のように、軽快なフットワークを見せた。オマケに、無双丸を小馬鹿にするように愛嬌あいきょうまで振りまいている。

 最後に無双丸が「でぇい!」と周囲を薙ぎ払った。

 しかし、ペンギンはスイーと身を伸ばして床を滑るや、ラムちゃん達の前で立ち上がる。まるで姉妹達を守るように立ち塞がって、彼女は振り返る無双丸に言い放った。


「いい曲だと思わないかね? サッチモのサックスは最高さ……ああ、ネズミにジャズは難し過ぎるかな? だったらもう、オコサマはオネンネの時間だ」

「言わせておけばあ!」


 無双丸が顔を真っ赤にして襲いかかる。

 ラムちゃんもヘキサも身構えたが、ペンギンがそれは無用と肩越しに笑った。

 まるで人間のように、口元を歪めて笑ったのだ。

 そして、わずかに身を屈めて跳躍ジャンプする。


「ご退場願おうか? オコサマネズミはノーサンキュー……せいぜい甘い夢でも見給え」


 ペンギンが、飛んだ。

 そのまま、両足で無双丸を力一杯蹴り飛ばす。

 その蹴りは、足がバネ仕掛けて飛び出し威力を倍増させていた。

 哀れ怪力自慢の無双丸は、顔に二つの足跡をつけたまま吹っ飛んだ。

 そして、華麗に着地するペンギンの異変に……ラムちゃんも皆も言葉を失う。


「ラッ、ララ、ラム姉様! ペンギンが!」

「わ、割れたっ!」


 左右にパカーンと割れた中で、小さな小さな幼女が振り返った。

 それは、間違いなく同じ規格のエンジェロイド・デバイスだった。ラムちゃんは恐る恐る近付き、思い出す。レオス帝国の冒険小説家が書いた『世迷いペンギンは荒野を歩く』に登場するペンギン型ロボット、ペンギンダーである。

 その中に、No.021の妹が……第三弾の一番上の姉が入っているのだ。

 因みに、キットとしては外装のペンギンを含めての製品である。

 たいらなロリめかしい胸を反らして、スクール水着っぽいインナーの妹は喋る。


「ラムのあねさん、初めましてだな。皆も元気そうだ」

「あ、うん……えっと」

「名か? 好きに呼べばいい」

「それ、困る……えーっと」


 ラムちゃんは戸惑った。だが、ドヤ顔でフフンと妹は得意顔だ。

 その時、ラグちゃんが指差し静かに言い放つ。


「ペンギンですし、ギンさん、でどうでしょう。ラグナスもそれがいいと言ってますわ」

「……フッ、ギンさんか。よかろう、その名で呼び給え。そうか、ギンさん……ギンさん」


 嬉しいのか、ギンさんは頬を赤らめ何度も呟きながら……閉じてゆくペンギン型外装の中にまた消えてしまった。そして、何事もなかったようにギンさんは動き出す。

 たまらず残りのネズミは、乱痴気騒らんちきさわぎから逃げ出した。

 だが、次の瞬間……脱出した残りのネズミ達が往来で悲鳴を張り上げる。

 その声を追って、ラムちゃん達は急いで店を出るのだった。

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