星を、見に行こう

 それからさらに一ヶ月が過ぎようという頃――二〇八四年四月二十日夕刻。


 カティはヴェーラとレベッカを伴って、ルフェーブルと再会していた。場所は統合首都にある瀟洒しょうしゃなレストランである。それぞれの丸テーブルの上には蝋燭の幽玄な炎が揺れていたが、カティたちが案内されたテーブルにはそれはなかった。代わりに少し豪華なテーブルフラワーが飾られていた。


「少し元気になった?」


 ルフェーブルは、カティを正面に見ながら微笑んだ。カティは恐縮しつつ肯いた。大佐といえば、士官候補生でしかないカティにとっては雲の上の人である。


「この顔、気になる?」

「いえ」


 カティは即答した。本音だった。震えあがってしまいそうなほどに壮絶な火傷の痕ではあった。だが、カティはそんなものは少しも気にならなかった。理由は――もっと壮絶なものを見てきたからだろうか。


「二人も元気そうね」

「はい」


 ヴェーラがナイフとフォークを動かす手を少し休めて答えた。レベッカは曇った表情をルフェーブルに向けている。


「今日集まってもらったのは、一つ重要なお話があるからなの」


 ルフェーブルは努めて優しい声音で言った。その機械の両目が三人をゆっくりと見まわした。


「参謀本部発・人事部経由の正式な通達」


 その言葉に、カティたちは揃ってルフェーブルを見つめた。ルフェーブルは「まぁ、そんなに肩肘張らないで」と三人を両手で宥める。


「今まであちこちたらいまわしにされていて、疲れでしょ。そこで、参謀部はあなたたちを私、エディット・ルフェーブル預かりにするという決定を下したの」

「どういう、ことですか?」


 カティがその深い紺色の瞳で、じっとルフェーブルの青銀色の義眼を見つめる。


「要は、私があなたがたの面倒を見るということになったのよ、当面の間」

「面倒を?」

「私と同居。簡単に言えばね」


 ルフェーブルは「それもどうかとは思うけど」とその豪奢な髪に左手をやった。


「クロフォード大佐がずいぶんと根回ししてたみたいでね」

「代表主任が、ですか」

「本当は今頃准将だったんだけど」


 ルフェーブルは溜息交じりに言った。ヴェーラが「ん?」と声を上げる。


「まさか、また上官を殴ったり?」

「そのまさか」


 ルフェーブルがまたも溜息を吐く。それと同時に、ヴェーラとレベッカは全く同じタイミングで額に右手を当てた。そのシンクロ具合があまりにも滑稽で、緊張していたカティも思わず小さく吹き出した。


「さて。少し飲ませてもらうわ」


 ルフェーブルはテーブルの上のワインを手に取った。そしてカティのグラスを見て、思い出したように尋ねた。


「あなたも飲めるんだっけ?」

「車で来たので……」

「そうなんだ」


 ルフェーブルは微炭酸のソフトドリンクをカティたちに注文し、自分はさっさとワインに口を付けた。


「あなたが」


 グラス半分ほどを一気に飲んでから、ルフェーブルはぽつりと言った。


「生きていてよかったわ」

「……え?」

「あの村でも。学校でも」


 ルフェーブルの義眼がカティをぼんやりと捉えている。


「はぁ……」


 溜息が出る。


「アンディは……フェーンは、自分の誕生日なんて忘れろだなんて遺言したらしいけど」


 そしてグラスをまた傾ける。赤い液体が、ルフェーブルの赤い唇の内側に吸い込まれていく。


「ひどい遺言だと思わない? 忘れるなんてできるわけ、ないのに」


 こんな子どもたち相手に、私は何を愚痴ってるんだろう。


 私、もしかして、もはや酔った?


 ルフェーブルは無性に可笑しくなり、喉の奥で笑ってしまう。


「あの、大佐」


 そんなルフェーブルに、レベッカがおずおずと声を掛けた。


「フェーン少……大佐は、策士だったんでしょう」

「そうね」


 ルフェーブルは二杯目のワインをウェイターが来る前にグラスに注いだ。


「最期まで、策士だったのよ、あの男」


 そう言って微笑んだ。


 その微笑がヴェーラには哀しかった。全て理解した上で微笑んでいるのだ。ヴェーラにはルフェーブルのが見えていた。だから思わず涙がこぼれてしまう。一度流れ始めるともう止められない。


「ごめんなさい」


 ヴェーラが震える声で謝った。周囲の客たちが一瞬その声に反応して振り返ったが、そこにいるのがルフェーブルだと知ると、すぐに目を逸らして各自の食事に戻って行った。


「この顔もたまには役に立つ」


 ルフェーブルは苦笑しつつ、そう言った。そして一転、まじめな表情になって、ヴェーラの左腕にそっと手を伸ばした。


「グリエール。いえ、ヴェーラと呼ぼうかしら」

「はい」

「ありがとう。感謝するわ」


 私のために泣いてくれて。


 ルフェーブルは心の中で言う。


 今度は私がこの子たちを守るわ、アンディ。


 ルフェーブルの優しい声に刺激されたのか、ヴェーラはたちまち激しくしゃくりあげ始める。レベッカもそれにつられでもしたのか、口元を押さえて嗚咽し始めてしまう。ルフェーブルとカティは、少し困ったような表情を浮かべ合い、そして黙ってお互いのグラスを傾けた。


「大佐」


 グラスを空にしたところで、カティは意を決したように呼びかけた。


「なに、メラル……いえ、カティ」

「このあと、時間はありますか?」

「時間? だいじょうぶよ。もう飲んじゃってるし」


 ルフェーブルはまた微笑んだ。火傷の痕は凄絶だったが、その表情はとても柔らかいものだった。


「あの、なら、この後、どこか星でも見に行きませんか?」

「星?」


 そうねと、ルフェーブルは少し思案した。そして尋ねる。


「星が、好きなの?」

「好きだった人が、いるんです」


 ああ。


 ルフェーブルはほっと息を吐いた。


 のことか。


 ルフェーブルは目を伏せた。そしてまた目を上げ、カティをじっと見つめた。


「彼のこと、話せる?」

「えっ?」

「なーんでもない」


 ルフェーブルはワイングラスを小さく掲げつつ、目を細めた。


「オーケー。あなたの車で連れて行ってくれるなら」

「はい、もちろんです、大佐」

「あ、あの、カティ」


 ヴェーラが涙を拭きながら口を開いた。


「わたしたちも、行っていい?」


 その問いに、カティは苦笑のような表情を見せた。


「ダメなはずがあるか?」

「やった」


 ヴェーラは微笑んだ。涙の跡が残っていたが、その白金の髪に包まれた微笑は、まるで天使のようだった。


「じゃ、改めて、いただきまーす」


 ヴェーラはようやく食事を再開した。


「私も」


 レベッカもそれに追随する。その様子を見て、カティとルフェーブルは同時に笑った。ヴェーラも何故かケラケラと笑った。


「ベッキー、星は逃げないよ」

「え、や、わ、わかってるわよ!」


 その言い方、なんだかエレナみたいだ。


 カティは目を細める。


 エレナ……。


 だいじょうぶ、覚えてる。


 忘れやしないよ、絶対に。


 カティの頬を、一筋の涙が伝い落ちていった。




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