記憶の欠落

 シベリウスは不機嫌な表情でテレビのニュース番組を眺めていた。イスランシオは自分の携帯端末を使ってニュースサイトを渡り歩いている。


 セプテントリオ市ごとボレアス飛行隊の基地が消滅してしまったため、ボレアス飛行隊は一時的にエウロス飛行隊の基地を間借りしていた。シベリウスの軟禁も解かれ、また、アーシュオンとの小競り合いもここ一ヶ月ばかりは一度も発生していなかった。ささやかな、一時の平和。そう言ってもいいくらいの凪の日が続いていた。


 そんな晩冬の最中、イスランシオだけが険しい顔をして日がな一日、何かを調べ続けていた。


「エイディ」


 ややうんざりとした調子で、シベリウスが声を掛けた。


「何をそんなに必死にやってるんだ?」

「……気持ち悪くてな」

「何がだ?」

「この一連の流れだ。違和感しかない」


 イスランシオのような天才の考えることはよくわからない、と、シベリウスは肩を竦めた。


「でもよ、エイディ。が一部始終をレポートしてくれただろ。あいつが私的な情報で俺たちを欺くような理由はないだろ」

「彼女だって参謀の一人だ。非常事態に於いて信用ができるものか」

「とはいってもなぁ」


 シベリウスは立ち上がって、イスランシオが座っているソファの向かい側に腰を下ろした。


「ゴーストナイトに学校がやられ、とんでもねぇ犠牲が出た。空軍候補生、二人の天才がF102イクシオンで反撃。一機は対空砲で撃墜されたが、もう一機が応戦して殲滅。無事に隣の空軍基地に着陸した。おかしいか?」

「……歌姫セイレーンは?」

「それは軍の公式発表であっただろ。新兵器、つまりセイレネスのことだろうが、それでの選別的掃討実験に成功したって」

「おかしいだろ」


 イスランシオは携帯端末をテーブルの上に乱暴に放り投げた。やや苛立っているようだ。


「アーシュオンの三種の神器を見ただろ。今さらどんな技術が出てきたっておかしかねぇぜ?」


 確かに。


 イスランシオはその点については同意した。


 だが、何か大切な事を忘れている気がするのだ。


「戦闘機が撃墜されたのは、セイレネスの発動後だっただろ、レヴィ」

曰く、な。初撃で撃ち漏らしたって話じゃねぇの?」


 シベリウスは足を組み、ソファの背もたれに両腕をひっかけた。


 その時、部屋の中にエルスナーが入ってきた。手にはコーヒーカップを二つ乗せたトレイがある。エルスナーは快活な表情を緩めながら、二人の前にカップを置いた。


「すまねぇな」

「おかわりはいつでもお申し付けくださいね、大佐」

「ああ」


 シベリウスはさっそくコーヒーに口を付けた。イスランシオは礼を言ってカップを持ち上げたが、口を付ける直前に思いとどまった。そしてじっとその黒い水面を睨む。


「……おかしい」

「え?」


 思わずエルスナーが声を出した。シベリウスは右の眉を跳ね上げる。


「いちゃもんか?」

「いや……。そうじゃなく」


 イスランシオはそう答えて、少し慌てた様子でコーヒーに口を付けた。


「ちょっと考え事だ。気にしないでくれ」


 イスランシオの言葉に安心して、エルスナーは部屋から出て行った。


「おいおい、どうしちまったんだ、エイディ。いつも飲んでるだろ、これ」

「ああ、そうなんだが……」


 イスランシオはカップを置いて、ゆっくりと腕を組んだ。そして天井を見上げる。


「なぁ、レヴィ」

「ん?」

「思い出せない」

「何をだ?」


 シベリウスはコーヒーの香りを吸い込みながらやや焦れたように尋ねた。イスランシオはシベリウスの黒い双眸を真正面から捉えて、言った。


「俺もコーヒーを飲んでいたはずだ。セプテントリオでは」

「そりゃ、飲むだろう?」

「誰が用意してくれていた?」


 そういえば?


 シベリウスも腕組みをした。そしてテーブルの上のコーヒーカップを睨むようにして意識を集中しようとする。


 テレビには、F102イクシオンが空中爆発を起こしていると思しき衛星写真が映し出されていた。爆発――対空砲火で撃墜されたF102に乗っていたのは、一年次のエースと言われていた青年だ。実力はあのカティ・メラルティンに次ぐという評価があって……。


「ん?」


 シベリウスも首を傾げた。


 記憶の中の映像がおかしい。


 シベリウスはカティたちと行ったシミュレーションバトルを思い起こそうとする。二対一、だったか? いや……。


 クリムゾン3――。


 そうだ、三機いた。いたはずだ。


 記憶の中であのシミュレーションバトルを再現して組み立ててみても、やはり三機いなければ成り立たない。数合わせのための三機ではない。それなり以上の実力を持った三機だった。


 ――そんな候補生の存在を、これっぽっちも思い出せないなんて、ありえない。


「エイディ、これはいったい……」

「な?」


 イスランシオはコーヒーに口を付ける。


「言った通りだろ?」


 その声には、抑揚がなかった。

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