モノクロの世界の中で

 ルフェーブルはヘリで士官学校の敷地へと侵入を果たしていた。校舎までは未だ数百メートルの距離を残してはいたが。


 何が起きていたのかは、脱出に成功した何人かの候補生から聞いていた。断片的な情報でしかなかったが、ルフェーブルはすぐさま状況を理解した。


 そしてその予測が外れてはいなかったことを認識する。敷地内には夥しい数の死体が転がっていた。敷地内、とりわけ講義棟に近いところにある夜間照明の類がほとんど破壊されていたことは、義眼のルフェーブルにとっては幸運なことだった。暗視装置を作動させた視覚情報では、その詳細まではからだ。これが昼間の出来事だったならば、ルフェーブルは十二年前に遭遇した出来事――漁村襲撃事件――とオーバーラップさせざるを得なかっただろう。


 ここまでやられるとは。


 生きている兵士の姿は見えない。銃撃戦ももはや終わったようだった。


 意味するところはただ一つ。即ち、全滅だ。


「中佐!」


 ヘリの通信士が振り返って叫んだ。


「どうした!」

「戦闘機の反応を確認しました! 攪乱が酷く、機数は不明!」

「敵か!?」

「わかりません! 妨害が酷く、IFF敵味方識別装置が検知できません」


 ルフェーブルは舌打ちする。退避か――。


 飛んでいるのはおそらくF102イクシオン。だが、味方が飛ばしているという保証はない。


 その時、夜空に閃光がはしった。


「なんだ!」

「戦闘機が校舎に向かって攻撃しています! 本機は退避します」

「待て、低空で待機してくれ」

「無茶です、中佐。このヘリでも戦闘機には勝てません」


 押し問答をしている間に、地上から猛然とした対空砲火が撃ち上げられ始めた。そこに来てようやく、ルフェーブルの視覚でも戦闘機らしき影を捉えることに成功する。あっという間に数千メートルを駆け上がっていくその様子は、さすが旧式とは言え戦闘機である。


「そのまま逃げろ!」


 ルフェーブルにはあの戦闘機に乗っているのが候補生か教官、ともかく味方であることが分かっていた。もはや味方の兵士に、あれだけの対空火器を扱える人数が残っているとは思えなかったからだ。


 その直後、ルフェーブルの右目の制御システムがシャットダウンした。激しくショートの火花を散らした右目から、強烈な激痛が全身に走り抜けた。悲鳴も上げたかもしれない。


「クッ……!」

「中佐、どうされましたか!」


 通信士がまた振り返る。ルフェーブルは右目を押さえて呻いている。


「中佐!」

「だいじょうぶだ。くそっ、これだから機械は……!」


 数秒間、痛みと痺れをやり過ごすのに所要してしまったが、それでもルフェーブルは立ち直った。だが、右目の視界が全く消えてしまった。左目の調子も悪くなり、色情報が完全に抜け落ちた。暗視システムも中途半端にしか動作していない。広がっているのは、闇に落ちたモノクロの世界だった。


「……何が起きた」

「不明ですが、校舎の……空軍シミュレータルームあたりでしょうか。そこから強烈な光が放出されたのを確認しました」


 通信士が士官学校の見取り図を開きながら説明する。シミュレータルームという単語を聞いた瞬間、ルフェーブルは状況を察した。


「……時間と状況を記録。今、何時だ」

「十七時四十五分です」


 言われてルフェーブルは自分の左手の腕時計を見た。が、映像が不鮮明で文字盤が読めない。


 そう言えば、この時計もアンディからのプレゼントだったっけな――。


 ルフェーブルはぐっと唇を引き結ぶ。


「私をここで降ろしてくれ」

「えっ」

「降ろせ、と言っている」


 有無を言わせぬその口調に、通信士と操縦士は顔を見合わせ、やがて頷いた。


「了解しました、中佐」

「助かる。私を降ろしたらすぐに通信可能圏内へ移動し、増援を要請してくれ。六課のハーディ少佐かレーマン大尉に言えばすぐに動くだろう」


 対空砲の砲撃音をBGMにして、ヘリは降下した。ルフェーブルは不自由な視界に苦労しながら、恐る恐る地面に降り立つ。


 なに、見えていないわけじゃない。


 それに。


 見えなくても良いものだってある。


 ヘリの巻き起こす風に身を切られるほどの寒さを感じながら、ルフェーブルは自分の肩を抱いた。コートが風にひきちぎられんばかりに揺れ、血生臭い風の臭いに鼻が曲がりそうになる。


 ヘリがたちまち上昇し、反転していく。


 闇の中に取り残され、ルフェーブルは急に心細くなる。


 私は、一体何をしようというんだ。


 何ができるっていうんだ。今さらこんなところに現れて。


 何かにつまづいて足元を見てみると、それは粉砕された頭部の一部だった。割れた頭の持ち主は、恨めし気にエディットを見つめていた。


「私は……」


 アンディ――。


 涙は出ない。落涙という機能までは、彼女の目には実装されていなかった。


「いまさら無事を祈るのは……都合が良すぎるんだろうな」


 そう呟いたルフェーブルの頭の上を、二機の戦闘機が絡み合うようにして飛び去って行った。

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