兄妹の対峙

 その銃声は、しばらくカティたちを朦朧とさせるほどの大音量だった。それだけ至近距離で放たれたものだということだ。


 カティの目の前で、エレナがどさりと倒れた。


「エレナっ!」


 カティはエレナの脇に屈みこみ、エレナを助け起こす。


「……!?」

 

 手にべっとりと、大量の生暖かい液体がついた。暗くて傷がどの程度かはよく見えないが、それでも軽症ではないのは明白だった。


「嘘だろ……」

「カティ……行って、はやく……」


 息も絶え絶えに、エレナが言った。薄く開いた眼はもはや虚ろだった。


 ヨーンはアサルトライフルで廊下を撃ち払い、その閃光の中に敵の新手を見つけた。重甲冑を着けてはいたが、フェイスマスクは未着用の男が、そこにいた。カティもその顔を見て、そして瞬時に思い出した。


「お前は!」


 忘れもしない。十二年前、カティから何もかもを奪った男。その男が今、僅か十メートルの所に立っていた。


「ははは、覚えていたか」

「忘れるものか!」


 カティは敵から奪った大振りのナイフを構えた。男、つまり、ヴァシリーもその手に持った大型の拳銃の銃口をカティに向けた。


「カティ、逃げろ、ここはいい! 格納庫へ行け!」

「ヨーン!?」

「いいからっ!」


 ヨーンは躊躇うことなく引き金を引いた。それはヴァシリーの剥き出しの顔面を正確に捉えたが、まるで効果が上がらなかった。弾丸が吸い込まれるようにして消えて行ってしまったのだ。


「嘘だろ……」


 ヨーンが呆然と呟く。


「ヨーン、カティ」


 エレナが血を吐きながら名を呼んだ。


「ここは、私が、引き受ける、から」

「そんな身体で何ができる!」

「いい、から。まかせ、て……」


 エレナは力を振り絞って目を開け、そしてヴァシリーを睨んだ。


「はやく……!」


 エレナはライフルを拾い上げ、そしてヴァシリーを撃った。ヴァシリーは煩げに手を払い、その弾丸を全て弾き返す。一発たりとも効果を上げているようには見えない。


「エレナ!」

「カティ、行くよ!」


 ヨーンはカティの腕を引っ張った。カティは抵抗したが、ヨーンの腕力は強く、カティでさえ抵抗できなかった。屋外へ通じるドアを蹴り開け、ヨーンはカティを引っ張って走った。サーチライトが二人を捉え、たちまちのうちに機関銃での掃射が始まる。


「さて」


 屋外が曳光弾とサーチライトで眩しい程に輝き始めたのを見ながら、ヴァシリーは銃のマガジンを付け替えた。エレナはライフルを杖にして立ち上がる。その脇腹に、心臓をかすめるような位置に、大きな銃創があった。エレナは血を吐き、それでもその目はヴァシリーを睨んでいる。


「出来損ないの

……」

 

 二人は決して友好的とは言えない視線で見つめ合う。ヴァシリーは口角を上げて、エレナは睨み付けるようにして。


「ははは、怖い顔だ。俺の妹をモデルにした塑像そぞうの癖に、あいつでは決してしないような表情をしやがる」

「……兄さんは、死んだ」

「お前も、とっくに死んでいる」


 そう言って、「いや」ととぼけたような表情で付け足した。


「お前の本体は、というべきか」

「何を、言っている」


 荒い息を吐きながら、エレナは言った。そしてゆっくりとライフルを構える。


「無駄だ。お前らの武器では俺に傷をつけることはできない」

「この亡霊ゴーストめ」


 エレナは残弾を使い切った。その十数発の弾頭もまた、無駄に消え去った。ただ廊下を明るく照らしあげたのみだ。


亡霊ゴーストね。間違えてはいない」


 ヴァシリーは肩を竦め、そしてその大口径の銃でエレナの左肩を撃った。


「うぁっ……!」


 衝撃波に吹き飛ばされ、エレナは壁に激突した。左腕は千切れて廊下を滑って行った。濁流のように血液が流れ出て、エレナは一瞬で失神しかける。


「まだまだ」


 ヴァシリーはゆっくりと近付いてきて、今度は右肩を撃った。


 エレナは両腕を失った。


「その程度で死ぬものか。お前もまた、なんだからな」

「なにを……いって……る……」


 青白い顔で血の泡を噴きながら、エレナが言う。


「ほら」


 ヴァシリーはエレナの腹を撃った。二発、三発……。


 そのたびに皮膚が弾け、骨が砕け、内臓が溢れ出た。


「な? 死なないだろ?」


 激痛を通り越した激痛の中を、エレナは漂っていた。


「お前の役目は、にすることだったのに、何の影響も与えられなかった。俺たちは兄妹揃って失敗したってことさ。塑像人形プラスチックのくせに、何を和気あいあいとお友達ごっこをやっていやがったんだか」

「ごっこなんかじゃ……」

「人形風情が何を勘違いしてやがる」


 ヴァシリーは残弾全てをエレナに向けて撃ち込んだ。胴体が千切れ、内臓が尽く溢れ出し、肋骨と背骨が露出する。そして流れ出た血液が巨大な池を作る。


 それでもエレナは死ななかった。苦痛から逃れることができない――エレナはその事実を認めざるを得なくなる。


「ひとつ、ゲームでもしないか、エレナ」


 エレナは答えられない。ただ意識だけがある状態だからだ。ヴァシリーはしばらく返事を待っていたが、やがてつまらなさそうに、しかしハッキリと言った。


「あの女を、殺せ」

「……!?」

「それができたのなら、俺はあの女をには引き込まない。さもなくば、あの女は、今のお前と同じように、永遠の苦痛を味わい続ける事になるだろう」


 ヴァシリーは拳銃の弾を再装填する。


「お前が仮にあの女に倒された場合も、お前にはメリットがある」


 血の池がいつの間にか小さくなっていた。エレナの傷が、まるで逆回しのようにゆっくりと塞がっていっている。


「お前をのは、あの女だけだ」


 ヴァシリーは冷たい微笑を貼り付けながら、そう言った。エレナの傷は急速に回復し始める。そうこうしているうちに、千切れた肩口から腕が再生する。


「嘘……こんなの……」


 エレナは信じられないと言った様子で呟き、そしてゆっくりと立ち上がった。


「さぁ、我が妹の贋作よ。どうする? あの女と共に永遠の苦痛の中で時を過ごすのか。それとも、が救われる未来を選ぶのか」


 エレナは唇を噛み締めた。


「兄さん」

「ん?」

「その話は、本当なんでしょうね」

「嘘をつく理由もなかろう」


 ヴァシリーは拳銃をクルクルと弄びながら言った。


「カティは、あなた……お前には、殺させない」


 あんな苦痛を与えるわけにはいかない。


 友達ごっこ? 冗談じゃない。カティは私の親友だ。


 エレナはまた唇をきつく噛み締めた。


「私は、一体何なの」

「言っただろう、塑像プラスティックの人形だって。俺がその日に、お前もまた。ただ一つ、あの女をあるべき形にするという目的のためにな。俺の本当の妹は、とっくのとうにくたばっちまっていたわけだからな」

「くたばって……いた……?」

「そうさ。お前はたまたま俺の記憶の中に生き続けていた、いわば俺の記憶みたいなもんだ。それに肉体を与えて解き放っただけの話」

「……誰が」

「さぁな。。それしかわからんね」


 ヴァシリーはつまらなさそうに答え、そして銃を振った。


「さぁて、そろそろあいつらのもできた頃合いだろう。ゲームを始めようじゃないか」


 ヴァシリーは氷のような笑みを浮かべ、そう宣言した。

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